占い暦390 今年初めての書のレッスン

丙申年 辛丑月 辛亥日 晴れ 「棒の8・逆位置」

 

今日は、今年初めての月一回の書のレッスンの日…

 

いつものように、板橋区十条にある野尻泰煌先生の書の教室で、書のレッスンを受けました。

 

そして、高天麗舟先生浅草とんぼ玉工房の主催者で、とんぼ玉の第一人者である黒澤忍さん、そして世界で活躍する経営者であり風流人の草さんと共に、野尻先生の芸術のエッセンスを学びました。

 

今日は年始めという事で、野尻先生から直筆の色紙を、全員にプレゼントして頂きました。

 

 

これは本当にプレミアムものの色紙です!!

 

野尻先生の書のレッスンは、その人の個性の良さを引きだしていくような形で進んでいきます。

 

それ故に、野尻先生が書いてくださる書のお手本は、よく見ると、相手に合わせて微妙に変化しているんですね。

 

僕は、楷書を書くのが嫌いで、書こうとすると時間ばかりが掛かって、全く苦手意識が抜けないのですが、その事を話したら、僕だけ特別に、楷書のお手本はたった5枚だけにしてくださいました。

 

代わりに、僕が苦痛に感じない、草書や禅語、象形文字などを、お手本に選んでくださるのです。

 

普通、こんな我がままは聞いてもらえないと思うのですが、本当に優しい先生です。

 

そして僕は、毎回のレッスンで、野尻先生の素敵なお話を聞けるのが、とても楽しみなのです。

 

今日は、「無為」というものについての話を聞きました。

 

野尻先生から頂いた今年の年賀状に、大きく「無為」と書かれていて、その話の流れで、無為とはどういう事かという話題になったのですが、この話がものすごく興味深いと言いますか…

 

これは、老子の道徳経の中にもある話なのですが、野尻先生は、その内容を、丁寧に噛み砕いて説明してくださるので、とても内容がわかりやすいのです。

 

結論を言うと、無為というものが最も上徳で、これは、立派な行いをしているという意識もなく、自然と一体となって生きているような人で、まさにこの生き方こそが本物という事になります。

 

その下に、下徳の人というのがいて、「立派な生き方をしなければ…」という意識があって、これだと、いかにも立派な人である、というのがわかってしまうのですが、やっぱり上徳の人には遠く及ばない。

野尻先生はよく、この事を、「いかにも味噌臭いような味噌は、最高の味噌ではない」と例えられます。

 

で、その下に「仁愛」というものがあって、仁愛の人というのは、かなり人目につくも、全く計算なく人に優しくできる人の事を言います。

 

さらに、その下に「道義」というものがあって、道義の人というのは、立派な行ないをしつつも、どこかで見返りを求めているような意識の人を言います。

 

さらにその下には、「礼儀」というものがあって、礼儀で生きている人は、自分も立派な生き方をする代わりに、人にも、その立派な生き方を強要するようになります。

こうなってくると、表では立派な行いをしつつも、見えない所では、人の悪口ばかり言っているという事になってしまうようです。

 

で、その下に「智」というのがあって、智の人というのは、利己的で、自分の利益の為にいろいろ考えて、立派に見える行動しているという訳です。

 

その下となってしまうと、もう無秩序で、奪い合いの世界となってしまいます。

 

野尻先生のお話を聞いて、本当になるほど… と思いました。

 

やっぱり、相手に見返りを求めて行動しているようでは、まだまだで、立派な行動をしているというのが見え透いてしまう内は、まだ完璧とは言えない…

 

今日も、たくさん勉強させて頂きました。

 

一朝一夕にはいかないと思いますが、しっかり心に刻んでおこうと思います。

 

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2017年1月24日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : futoshi