占い暦117 体当たりでつかんだものこそが、本当の知恵になる

丙申年 壬辰月 戊寅日 晴れ 「棒のキング・正位置」

 

今日は、野尻泰煌先生の書のレッスン…

 

1ヵ月ぶりに、十条にある野尻先生のお稽古場に行って、野尻先生と一緒に書を学んでいるクラスメートの皆さまとお会いしました。

 

1ヵ月前に開かれた、前回のレッスンの時には、まだ僕は結婚をしていませんでしたから、そのご報告もさせて頂きながら、今回も野尻先生から、たくさん内容の濃いお話を聞かせて頂きました。

 

野尻先生は、書家というジャンルの芸術を極めた、世界の第一人者ですから、やっぱりお話にも含蓄があります。

 

今回、野尻先生がおっしゃったのは、「専門職というのは、どうしても偏りやすいから、その技術の部分を究める為には、全体を究めないと大きくなっていかない」という事…

 

つまり、専門職は、この世界の事象のたった一つの部分だけを注目してしまうので、他の全体の部分が抜け落ちてしまって、その結果、偏った一面的なものになってしまいやすいという事なのでしょう。

 

これは、この世の中にあふれている様々な知識というものに関しても、言える事なのかも知れません。

 

知識を学ぼうとすれば、それは「部分認識の拡大視」になってしまう。

 

そうではなくて、むしろ人生の実体験の中で悟入(ごにゅう)して、培っていかなければならない…

 

その為には、先入観をなくして、すいも甘いも、目の前のものを全て、飲みこむような心構えで生きる事が、芸術家には必要になってくる…

 

そんな風に野尻先生はおっしゃいました。

 

僕はそれを聞いて、なるほどなあと思いました。

 

もちろん、外から取り入れた知識や学びというものも、人生を有意義にしてくれる手助けをしてくれるはずです。

 

とはいえ、そこに全ての答えを見つけようとするのではなく、あくまでも、自分が答えを見つける為の一つのヒントとして、それを活用すべきだという事なのでしょう。

 

人間は誰でも多かれ少なかれ、過去の経験やトラウマによって、目の前の事物に対して、自分の思い込みの壁を作って、知らず知らずそのフィルターで見てしまっているのかも知れません。

 

その壁を全てとっぱらって、すいも甘いも全部飲みこんで、体当たりでつかんだものこそが、本当の知恵になる…

 

探し求めた答えは、人生の中でふとした時に遭遇する、言葉では言いあらわせないような心が震える体験の中に、隠されているのかも知れません。

 

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2016年4月26日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : futoshi