2020.03.20西日本紀行記 ~出雲・山口への旅~<5>出雲・熊野大社の息吹と温泉宿の宴

2020年3月22日(日)

 

 気がついたら、いつしか、お彼岸を過ぎてしまいました。

 日もすっかりと長くなって、外も少しずつ暖かくなってきているのを感じます。

 

 僕は、3月12日~17日の約一週間の間、「四柱推命講座・初級編」の大阪講座をかねて、大阪と神戸の旅に行ってまいりました。

 

 素敵なお客様と会食をさせて頂いたり、伊泉龍一先生からご縁を頂き、大阪梅田の占いスクール「ベネディーレ」を運営されている、延原めぐみ先生にお会いして、お話をお聞きしたり…

(なんと、延原めぐみ先生のブログにも、紹介して頂きました)

 

 それから、日本に初めてタロット占いを広めたアレキサンドリア木星王先生にも、神戸の三宮で、お会いしてきました。

 

 あまりにも、盛りだくさんなので、また、改めて書きたいと思いますが、本当に最高に充実した一週間でした。

 

 改めて、のろまな今の自分の仕事のスピードのままでは、この仕事量はとてもこなせないと思いました。

 これからは、自分の仕事の無駄をことごとく削って、もっと大真面目に、目の前の事に取り組みたいと思います。

 

 さてさて、ブログの方ですが、相変わらず、去年の11月の旅のお話の続きです(笑)

    本当、仕事効率悪いです…

 

 玉作湯神社を後にして、ILU開運ツアーのメンバーは、この日の最後の参拝の目的地である、松江市にある熊野大社へと向かいました。

 実はここは、出雲大社に匹敵するぐらいの神社であると、言われているんです。

 

 

 電車の路線からは遠く離れているし、この熊野大社へ行こうと思ったら、車がなければ、かなり厳しいです。

 

 ちなみに「熊野大社」と呼ばれる神社は、全国にたくさんあります。

 どちらかというと、和歌山にある熊野本宮大社の事を思い浮かべる方も多いと思うのですが、熊野本宮大社の創建も、ものすごく古くてハッキリした事は不明ですが、こちらの熊野大社の創建も相当に古く、ハッキリした事はわかっていません。

 

 当時、この辺りは「熊野村」と呼ばれていて(現在は、島根県松江市八雲町熊野)、この熊野村の住人が紀伊国に移住した時に、この熊野大社の分霊を勧請したのが、和歌山にある熊野本宮大社の元である、という説もあるくらいです。

(もちろん、全く別系統の神社であるという説もあり、正直、ハッキリした事は何もわかりません)

 

 

 熊野大社の拝殿…

 この熊野大社は、出雲大社と共に「出雲国一宮」で、火の発祥の神社と言われています。

   今年と来年は「火」はあまり取りたくないです(^^;;

 

 出雲にある神社は、大きくて立派なしめ縄がすごいです。

 このしめ縄を見ると、気持ちが引き締まりますね。

 

 僕の鎮守神社(Kさんに調べて頂いた)である新宿十二社も、熊野系統なので、何気に親近感を感じます。

 

 この拝殿は、明治10年に改築されたもので、元々、この熊野大社は、ここから3kmほど離れた熊野山(現在は「天狗山」と呼ばれている)にあったのですが、後に、上の宮と下の宮に分かれて祀られ、さらに明治時代には、明治政府による「一村一社制」の方針で、上の宮の方は破棄されて、下の宮の方に合祀されました。

 つまり、現在あるこの敷地は、昔は下の宮だったという訳です。

 

 御祭神は「伊邪那伎日真名子 加夫呂伎熊野大神 櫛御気野命(イザナギノヒマナゴ カブロギクマノノオオカミ クシミケヌノミコト)」…

 

 長い名前ですが、これで一柱の神様です。

 櫛御気野命(クシミケヌノミコト)というのは、通常は素戔嗚(スサノオ)の事と考えられていて、直訳すると「伊邪那伎(イザナギ)が可愛がる御子で、神聖な熊野の祖神である素戔嗚」となります。

 伊邪那伎は、素戔嗚の父にあたる神ですが、何でこんな長ったらしい修飾語がついているのか、謎です。

 

 古事記によれば、伊邪那伎と伊邪那美(イザナミ)の夫婦神によって、素戔嗚らの神が生まれてくるのですが、伊邪那美は火の神・カグツチを出産した時に、大やけどを負って、それが原因で、亡くなってしまいます。

 

 のちに素戔嗚は、父である伊邪那伎から「大海原を治めるように…」という指示を受けたのですが、母である伊邪那美が恋しくて、母が住まう「底根(そこね)の国」に行きたいと言ってそれを拒否し、伊邪那伎の怒りをかって追放されてしまうという、悲しいエピソードがあるんです。

 

 もしかすると、この長い修飾語は、素戔嗚はちゃんと父に愛されているよ… という思いを込めて、誰かがつけたのかも知れません。

 

 

 ここが伊邪那美神社…

 今は、熊野大社の摂社という形で、本殿の隣りにあって、ここには素戔嗚の母である伊邪那美神が鎮座しています。

 

 元々は、伊邪那美神社は上の宮にあったのですが、明治政府の一村一社制によって、下の宮に遷され、結果的に母子が再開できたのですね。

 

 向こう(上の宮)に祀られていた神様を、全部こちらに持ってきているので、この伊邪那美神社には、他にも19社の神様が合祀されていて、その割に、お社は小さくてコンパクトですが、まあ仕方ないとしますか…

 

 

 こちらは、鑽火祭(きりびまつり 又は さんかさい)の舞台となる鑽火殿(さんかでん)です。

 開運ツアーの先達である、藤尾美友先生が、このお祭りの事をいろいろと教えてくださいました。

 

 このお祭りの中でも「亀太夫神事(かめだゆうしんじ)」という神事は、かなり変わっていて、ユーモアのあるものだそうです。

 

 この亀太夫神事を取り行う為に、わざわざ出雲大社の宮司が、こちらにお越しになるのですね。

 

 そして、燧臼(ひきうす)・燧杵(ひきりぎね)という、古代の人々が火をおこす際に使った道具が、熊野大社から、出雲大社の宮司に手渡されます。

 出雲大社で行う新嘗祭(にいなめさい)は、熊野大社にある燧臼と燧杵がどうしても必要なので、借りに来る… という設定のようです。

 

 その時に、出雲大社の宮司に応対するのが、熊野大社の下級神官の亀太夫さんなのです。

 

 燧臼・燧杵をお借りするお礼に、出雲大社の宮司から亀太夫さんに、餅が渡されるのですが、お決まり事として、亀太夫さんが、この餅の出来栄えについて、「色が悪い」とか「形が悪い」とか、口やかましく悪態をついて文句を言う、というシナリオになっているそうです。

 

 その後、出雲大社の宮司による「百番の舞」が舞われ、この神事が終了するのですが、わざわざ出向いて行って、毎年、熊野大社の下級神官から文句を言われるという、この宮司の役どころには、頭が下がります。

 

 亀太夫役をやる人は、代々、この熊野大社の近くに居を構える、ある家の人がやると決まっているそうで「今年はどんな悪態をついてやろうか」と、毎年楽しみにしているのだとか…

 また、過去に亀太夫神事に参加した出雲大社の神職さんが、出雲大社に戻った時に「いかに神事とは言え、つらいものがあります」と、ボソリとこぼした事があるとか(笑)

 

 本当、不思議な神事です。

 

 きっと、熊野大社側としては「うちは、出雲大社よりも格上である」という思いが強かったのだと思います。

 熊野大社の御祭神が素戔嗚神なのに対し、出雲大社の御祭神は、その娘婿に当たる大国主神(オオクニヌシノカミ)ですし、その割には、出雲大社の方がうんと目立っちゃっていますから、これくらいのストレス発散は、仕方ないのかも知れませんね。

 

 境内には他にも、稲田神社や荒神社などがありました。

 

 この後、今度は、上の宮が元々あった神社跡へと向かいました。

 普通、中々行かないような場所だと思うのですが、こういうマニアックな所が、ILU開運ツアーの魅力的な所ですね。

 

 

 確かに、ここには何にもないのですが、何かとても清々しい気が漂っているのを感じます。

 

上の宮跡には、それぞれの神社があった場所を示す石柱があります。

 

 伊邪那美神社跡、速玉神社跡、事解男神社跡、五所神社跡、八所神社跡、久米神社跡…

 

 もしかすると、この場所にはまだ、神様がいらっしゃるのかも知れません。

 

 

 大きなご神木がありました。

 何とも言えない、すごいパワーを感じます。

 

 この後、みんなで、この背後にある御笠山に登る事になりました。

 

 熊野大神は元々、熊野山の頂上に祀られていたのですが、御笠山の上には、その熊野山が見渡せる遥拝所があるとの事…

 

 ふと、自分が高所恐怖症である事を思い出したのですが、まあ、出羽三山の月山だって制覇しているのですから、大丈夫だろうと思い、登山に参加する事にしました(^^;;

 

 

 かなり急な斜面もあったのですが、月山の時の登山と比べたら、なんて事ありません(笑)     当たり前…

 

 途中、「明見水(みょうけんすい)」と呼ばれる御神水の滴る巨岩がありました。

 この水で目を洗うと眼病に効き、子供を産んだ女性がこの水を飲むと母乳が満ち足りるという、言い伝えがあるそうです。

 

 登る事、15分ぐらい…

 

 

 熊野山の遥拝所に到着しました。

 

 はるか彼方に見える熊野山…

 はるか昔、上の宮と下の宮に分かれるその前の熊野大社は、あの山の上にあったのですね。

 

 何とも感慨深いです。

 

 その後、山を下りて、また現在の熊野大社に立ち寄り、帰途につきました。

 

 

 意宇川に掛かった橋を渡って、バスの中へ…

 

 途中スーパーマーケットに降りて、みんなで買い出しをしたりして、今日の宿泊地である玉峯山荘へと向かいました。

 

 

 みんなで食べる、宿の夕食…

 旅の疲れが、一気に癒されます。

 思いっきり、出雲の地酒も堪能しました(^^)

 

 温かい温泉に入って、寝る前に、めいめいがスーパーマーケットで買ったお酒や食料を持ち寄って、直会を行いました。

 

 藤尾美友先生、藤尾先生のご主人とも、いろいろ語らい合ったりして、思い切り日本酒を飲みました。

 本当に楽しくて、最高のひと時でした。

 

 次回の旅行は、関東の東国三社のレイラインのツアーを行うとか、毎年のように、四国でお百度のツアーを行っているとか、いろいろと興味深いお話をお聞きしました。

 

 KさんもYさんも、その場にいらっしゃったのですが、調子に乗ってお酒をガブガブ飲んでいる僕を、心配してくれていました。

 翌日が仕事だったら、絶対にこの飲み方はありえないですけど、旅はまだ初日、これから始まったばかりですから(笑)

 

 宿泊部屋に帰った記憶がないくらいに飲んで、その夜はぐっすりと休みました。

 

 2日目の朝は、いよいよ出雲市入りして、素戔嗚が祀られている須佐神社から、参拝スタート…

 きっと、マニアックで稀少価値のある、すごい神社参拝巡りになる事、うけあいです。

 

 とっても、楽しみです!!

 

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