2019.10.22京都はんなり日記 その9 ~船岡山と上賀茂神社~

2019年10月22日(祝)

 

 今年の秋は、ずっと夏のように暑くて、このまま寒くならないのかな… ぐらいに感じてしまったのですが、ここ最近になって、急に肌寒くなってきました。

 

 気がつけば、今日は新天皇陛下の即位式…

 今年も、残す所もう、あと2ヶ月と少しです。

 

 本当に、時間が過ぎさっていくのが、速く感じています。

 

 何かに夢中になって生きていると、時間の経つのが本当に早いと言いますが、京都にいた時も、本当にそうでした。

 

 3週間弱、滞在した京都の思い出を、こうして今、まとめてみると、思った以上に、あちこちの場所に、出掛けている事に気づかされます。

 

 前回の平安神宮のブログの中で、京都の街は「四神相応(しじんそうおう)」と言って、風水で出てくる青龍・朱雀・白虎・玄武の4つが、ちゃんと配置されているというお話をしました。

 

 これら四神(青龍・朱雀・白虎・玄武)と呼ばれる伝説上の霊獣は、それぞれ、特定の地形に当てはめられます。

 

 このブログを読んでくださる方の中には、ご存知の方も多いとは思いますが、一応説明すると…

 

 まずは、青龍と呼ばれる鱗のある青い龍ですが、これは龍の鱗から連想されるように、川を意味します。

(より細かい事を説明すると、青龍を川に当てはめるのは「山川道澤(さんせんどうたく)説」を取り入れた日本式風水で、元々の中国風水では「砂」といって、玄武のそれよりも、やや低い丘や山脈を、青龍に当てはめていました。ちなみに、山川道澤説とは、北の玄武に「山」、東の青龍に「川」、西の白虎に「道」、南の朱雀に「澤」を当てはめるという説です)

 

 山川道澤説ですと、鴨川が青龍に相当します。

 まさに鴨川は、京都の東側を滔々(とうとう)と流れている川ですから…

 

 次に、朱雀というのは、鳳凰のような神格を持った鳥の霊獣ですが、地形で言うと、池や沼などを表します。

 京都の地形で言うならば、干拓されてなくなってしまった巨椋池(おぐらいけ)が、これに当たります。

 今や、巨椋池が干されてしまっているので、京都は実際の所、もう四神相応ではありません。

 

 その次に、白虎というのは、細長い体つきをした白い虎の事を表していて、これは地形で言うと、広い道になります。(中国風水では、白虎も本来「砂」を当てはめます)

 京都の地形だと、山陽道がこれに当てはまります。

 

 最後に、玄武ですが、蛇が巻き付いた亀のような姿をした北の守護神で、地形としては、高い丘陵や山を表しています。

 そして、これが京都市内の小山である、船岡山に相当します。

 

 ちなみに「京都五社めぐり」というのがあるのですけど、これは、四神にそれぞれ、京都市内の神社が配当されているのです。

 

 すなわち、東の青龍が、四条通りの東の突き当りの八坂神社であり、南の朱雀が城南宮、西の白虎が松尾大社となり、北の玄武は上賀茂神社となります。

 これに、中央の平安神宮を足して、京都五社めぐりとなるという訳です。

 

 北の玄武の水気を補いたかった僕は、Iさんにお願いして、船岡山と上賀茂神社に案内して頂く事になりました。

 

 

 これが、船岡山の玄関口…

 船岡山の標高は、わずか111.7mです。

 

 実は今回、ここに来る2週間ほど前に、僕は、石川県白山市にある舟岡山にも登っているのです。

(2018/12/9 ブログ 「3泊4日加賀旅行記<前編>」 参照)

 

 白山の舟岡山の標高は178mですから、2つの山を比べると、この京都の船岡山は67mも低いです。

 山というよりも、小高い丘という表現の方が、船岡山には合っているように感じます。

 

 京都の船岡山は、石の階段がしっかりと敷き詰められていますし、日頃、体をちゃんと動かしている人には、そんなにキツくないはずですね。

 でも、日頃から運動不足の僕は、たかだか111mの丘なのに、少し息が切れてしまいました(笑)

 

 思い返せば、2週間ほど前、本気で2702.14mある白山登山を、一人で決行しようと、息巻いていたのですから、本当に恐ろしいです。

   止めてくださった上級編の受講生の皆さん、本当にありがとうございました(^^;;

 

 さて、この船岡山に登りたかった理由は、もう一つあって、ここには、織田信長を祭っている建勲神社(けんくんじんじゃ)という神社があるのです。

 

 先日たまたま、京都七条を歩いていて、豊臣秀吉を祀った豊国神社に参拝する機会を頂きはんなり日記・その7参照)、大好きな徳川家康に関しては、栃木県の日光東照宮占い暦「日光東照宮への旅」参照)など、あちこち参拝しています。

 

 でも、織田信長を祀った神社は、僕はこれまで、一度も参拝した事がありません。

 正直、織田信長がそんなに好きな訳でもないし…

(2012/7/28 ブログ 「三英傑の話」 参照)

 

 というか…「織田信長を祀った神社なんて存在するの?」と、つい最近まで思っていたほどでした。       なんて失礼な…

 

 ところが、桜井識子さんの「京都でひっそりスピリチャル」という本を読んで、京都の船岡山にあるという「建勲神社」という織田信長を祀った神社がある事を、つい先日、知ったのです。

 

 

 息をゼーゼーさせながら、必死なって、Iさんの健脚な歩みについていき、船岡山の頂上にたどり着くと、そこは船岡山公園になっていて、公園のベンチに腰を下ろしたら、しばらく動けなくなってしまいました(笑)

 

 夏場の船岡山は、やぶ蚊が多いですね。

 かなり食われてしまいましたが、この後、気を取り直して、建勲神社へと向かいました。

 

 建勲神社の主祭神は、織田信長公と、信長の長男である織田信忠公…

 

 どちらかというと、僕はこの二人なら、息子の織田信忠の方が好きですね。

 あんまり知名度は、ないですけど…

 

 よく、織田信忠は、信長とは似ても似つかない、凡庸な武将のように評される事がありますが、決してそうではありません。

 織田信長の命で殺された徳川家康の長男・松平信康と比較されて、大した理由もなく、凡庸という事に、されてしまっているだけです。

 

 本当に凡庸なのは、信長の次男の信雄と、三男の信孝の方です(笑)

 この二人は、お家の事情で、三男の信孝の方が、次男の信孝よりも、早く生まれていたりするのですが、日頃から仲が悪く、その反目を豊臣秀吉に付け込まれて、天下を横取りされてしまいました。

 

 それに比べると、長男の織田信忠は、信長の後継者としての器は十分でしたし、父ほどの天才ではないにしろ、逆に、父のような残忍性もありませんでしたから、生き延びていれば、十分に織田政権は維持できたはずです。

 

 本能寺の変が起こった時、父の援護をしようと京都にいた信忠は、安土城への脱出を試みる事もなく、いさぎよくその場で自害してしまいました(涙)

 

 

 建勲神社は、正式には「たけいさおじんじゃ」と読むのですが、一般的には「けんくんじんじゃ」で通っています。

 明治天皇の「日本が外国に侵略されなかったのは、織田信長が一早く戦国時代を終結させてくれたからである」というお考えから、明治2年に創建された神社です。

 

 なんで、この船岡山が神社の場所に選ばれたかというと、豊臣秀吉が、この船岡山を「信長公の廟所」という風に決めたからです。

 

 そして、その12年後、信長の長男である織田信忠も、合祀される事となりました。

 

 信忠は、信長の後継者という親のレールが完全にひかれていたのにもかかわらず、結局、それは叶いませんでした。

 やっぱり、全ては運の導きなのかなあ… と、馬鹿正直にいさぎよい織田信忠に、思いを馳せてみました。

 

 あんまり織田信長の方には、気持ちが行きませんでしたね(笑)

 

 山を下りる時も、ずっと人間の運というものについて、思いを募らせていました。

 

 運と言う意味では、織田信長という人の運は、やはり人並外れて強かった…

 

 あの時代において、性格はどうあれ、絶対的に天があの天才を必要としていた事は間違いないと思うし、長男の信忠の方は、もしも信長の息子でなかったら、正直、名前すら世に出ていなかった人だと思う…

 

 それでも、天下を最後まで掌中にする事なく、二人共、世を去ってしまいました。

 

 明智光秀の本能寺の変というのは、最初から天のシナリオに組み込まれていたのだろうか…  正直、僕にも良くわかりません。

 

 北の玄武の船岡山の気を十分に浴びて、また後日、今度は北の玄武に対応させられた神社である上賀茂神社に、Iさんに案内して頂きました。

 

 

 上賀茂神社と言えば、下鴨神社…

 

 なんで、上賀茂は「加茂」なのに、下鴨は「鴨」なのだろうと、ずっと疑問に思っていたのですが、思いのほか早く、その疑問は解消しました。

 

 

 

 上賀茂神社は、京都市の北に位置する神社…

 

 特に縁結びの神様として知られていて、紫式部の時代から、有名な神社でした。

 だから、結婚式場としても使われていますし、そういう意味では最強の神社だと思います。

 

 本当に穏やかで、すがすがしい神社です。

 

 上賀茂神社は、正式名称を「賀茂別雷(かもわけいかづち)神社」と言って、京都で最も古い社であるとされ、その起源は、はるか2600年以上前にさかのぼる事ができます。

 

 太古の昔、山城の地(京都の事)に移り住んだ賀茂一族の姫・賀茂玉依比売命(かもたまよりひめのみこと)が、川で身を清めていると、上流から丹塗矢(にぬりのや)が流れてきて、それを家に持ち帰って、床に祀って休んだら、御子を授かりました。   なんでやねん…

 

 やがて、その御子が元服し、一族の長で、御子の祖父に当たる(つまり、玉依比売命の父)である賀茂建角身命(かもたけつねみのみこと)が、その御子に「なんじの父と思う神に、盃を捧げよ」と言った所、その御子は「わが父は天津神なり」と答えて、雷と共にそのまま天に昇ってしまったというお話が、賀茂神話にあります。

 

 この御子神こそが、賀茂別雷大神であり、この上賀茂神社の御祭神です。

 

 そして、御子神の母である玉依比売命と、一族の長である建角身命が御祭神になっている神社が、下鴨神社であり、下鴨神社の正式名称は「賀茂御祖(かもみおや)神社」となっています。

 

 つまり、親子関係で言うと、上賀茂神社の御祭神は、下鴨神社の御祭神の(玉依比売命にとって)息子であり、(建角身命にとって)孫である、という事になるんですね。

 

 

 この拝殿の前に置かれている二つの砂山は「神山」を象ったものと言われていて、陰と陽の一対になっているそうです。

 

 まさに、縁結びの神様という感じです。

 

 Iさんの勧めもあって、特別拝観に申し込む事にしました。

 特別拝観と言っても、たった500円しか掛からなくて、直会殿(なおらいでん)の畳の部屋に通して頂き、ここでお祓いを受け、内庭と高倉殿(たかくらでん)に、案内して頂けます。

 

 

 まだ、直会殿の部屋に誰もいなかったので、ちょっと遊んでみました(笑)

   鞍馬山で買った天狗のお面…

 

 もしも、こんなお面をかぶった怪しい参拝客が座っていたら、神主の方は、どんな対応をするのでしょう!!

 

 もちろん、神主の方が入ってくる前に、ちゃんと面は取りましたけど…

 

 そして、この時の神主の方のお話で、なぜ上賀茂神社は「加茂」と書くのに、下鴨神社は「鴨」の字を使うのか… という疑問が氷解しました。

 

 結論を言えば、どちらでも同じという事でした。

 どちらの神社も、賀茂一族の神社であって、どうやら元々一つの神社だったそうです。

 

 どうして、下鴨神社が「鴨」になってしまったかというと、どうやら、上賀茂と混同するのを避ける為らしいです。

 

 朝廷の位階には「正一位(しょういちい)」とか「従三位(じゅうさんみ)」みたいに、色々あって、基本、正と従があって、正の方が上なのですが、これが四位以下になると、さらに上と下に分けられて、同じ四位でも「正四位上(しょうしい の じょう)」「正四位下(しょうしい の げ)」「従四位上(じゅうしい の じょう)」「従四位下(じゅうしい の げ)に分かれます。

 

 それでもって、官職と名前の前に、これを持ってくるのですね。

 

 例えば「正二位 内大臣 徳川家康」とか「従四位下 侍従 浅野長政」みたいな感じです。

 

 ちなみに、明治時代以前は、神社の神様にも、神階というのがあって、人の位階と同じように「正二位」とか「従四位下」みたいに、位があったのです。

 

 進階は、公卿の会議で議論されて、天皇陛下に奏上されて、決定がなされるのですが、神社の神様は人間と違って寿命がないので、どんどんと進階されてしまって、最高位の正一位の神様も、ザラにいらっしゃいます。

 

 それでもって、神社名の前に、この神階を持ってくるのですね。

 

 そうすると、文字で「従四位下上賀茂」とか「従五位上下賀茂」とか書かれたら、もうややこしくて、どっちがどっちだか分からなくなるので、「賀茂」と「鴨」に字を使い分けて、賀茂といえば「賀茂別雷神社(上賀茂神社)」、鴨といえば「賀茂御祖神社(下鴨神社)」にしたという訳です。

 

 ちなみに、上賀茂神社の賀茂別雷神も、下鴨神社の賀茂御祖神も、どんどん進階して、今では神階は、最高位の「正一位」まで賜っております。

 

 参考までに、熊野本宮大社の熊野坐神は「従二位」、月山神社の月山神も同じく「従二位」、白山比咩神社の白山比女神は、その一つ下の「正三位」です。

 

 正直、こんなの全然、気にしなくていいと思います(笑)

 

 上賀茂神社は、式年遷宮を終えたばかり…

 

 直会殿の畳の部屋で神主の方のお話を拝聴した後、今度は、内庭の方に案内して頂きました。

 ここの気は、本当にすがすがしくて、もう最高です。

 

 上賀茂神社の特別拝殿は、絶対にお勧めですね。

 

 その後、高倉殿の宝物を拝観して、うっとりとした気持ちになって、上賀茂神社を後にしました。

 

 京の北のみずみずしい玄武の水の気を、しっかりと体内に取り込んだせいか、ものすごく元気になりました(^^)

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)