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目に見えないつながりに支えられて18.10.07

2018年10月7日(日)

 

 時間が過ぎていくのは早いもので、いつしか10月…

 

 今年も、もう残り3ヶ月になってしまったか… と、しみじみと感じ入りながら、今、僕は、講座の準備やら、メルマガやらと、仕事に追われています。

 

 秋が深まっていく中、皆さま、いかがお過ごしでしょうか。

 

 それにしても最近思うのは、人生はいろいろとあっても、自分の良心に従って正直に生きていれば、最後は、目に見えない何かが、自分にとって一番良い方向に、ちゃんと導いてくれるという事です。

 

 ただ、その途中経過において、自分が思ってもいないような方向に行ってしまったり、とてつもなく苦しい状況になってしまうような事もあって、その時だけは、出口のないトンネルにいるような、孤独な不安を感じる事もあります。

 

 僕もこれまでの人生、幾度も幾度もそういう事はあったのですが、そんな時というのは、例え、どんなにたくさんの人が周りにいても、一人ぼっちだったりするんですね。

 

 僕の若い頃は、ずっとそんな感じでした。

 

 でも、誰もがきっと、一度や二度は、そんな経験があるんじゃないかと思います。

 

 僕も、昔そうだったから分かるのですけど、そういう時はたいがい、自分が心に壁を作っていて、周りの人が近づきにくいオーラを出していますから、周りの人も助けにくかったりするんですね。

 

 人生は可能性のかたまりですから、もしかしたら、日常のほんの些細なきっかけや、たまたま道ですれ違った人との一瞬の出会いによっても、全てが変わってしまう事だってあるかも知れません。

 

 でも「そんな事、ある訳ないよ」と心を閉ざしてしまえば、その瞬間に全ての可能性は、消えてしまうでしょう。

 

 辛い事に打ちひしがれて、心が凍てついている状態の時には、心配して近づいてきてくれる人に対しても、ついつい無意識の内に、傷つけるような態度をしてしまうものです。

 

 「どうせ、自分の気持ちなんかわからないでしょ」と拒絶してみたり、「同情するなら、金をくれ」みたいな、すさんだ気持ちになってみたり(笑)

 

 そういう態度を取ってしまう人というのは、決して、欲深い訳でも、下品な訳でもなく、ただ、その時は心が病んじゃっているだけだと思うんですよ。

 

 そんな時、きっとその人は、とてつもない巨大な不安にさいなまれながら、周りのものを全部敵に回して、孤独に戦っていたりします。

 

 僕が思うに、そんな風に追い込まれてしまった状況で、そこから立ち直って復活できるか、そうでないかの分岐点は、「自分の運命というものを信用できるか、そうでないか…」という一点に、掛かっているような気がするんです。

 

 今がどんな悲惨な状況であっても、「自分は運が強いし、何かに守られているから絶対に大丈夫」と思える人は、本当に大丈夫ですし、その後、おつりがくるくらいに、大きな幸せに、たどり着く事ができます。

 

 反対に、「なんて自分はツイないんだ。どうせ、何をやっても無駄だ」と思ってしまう人は、やっぱり本当に、そのままの状態になってしまうと思うんですね。

 

 とはいえ、そんな不幸が長い間続くと、だんだん自分の運命を信じられなくなってくるし、ヤケを起こして、悪に手を染めたくなる衝動に駆られる事もあるでしょう。

 

 いけないとは思いつつも、時には、自分をこの状況に陥れた人や、自分の運命を呪ってみたくなる事だって、あるかも知れません。

 

 でも、そんな時こそが、自分の運命を信じる事ができるかどうかの、まさに正念場だと思う…

 

 僕も今まで、人生の中で何度となく苦しくて寂しい状況になってきたのですが、気がついてみれば、こうして乗り越えていますし、誰もがきっと、そういう経験は一度や二度はしているのではないかと思いますが、それをちゃんと乗り越えて、今の人生があるはずです。

 

 昔は随分、揺らいでばかりでしたが、少なくとも今の僕は、例え、どんな状況に追い込まれても、そこだけは、もう揺るがない自信がありますね。

 

 だから、運気の立ち直りもすごく早いです(^^)

 

 何ていうか… 今では、目に見えない「つながり」みたいなものを、自然に感じるようになったんです。

 

 今まではずっと、常に自分は、自分の運命やこの宇宙の中で、それに呑みこまれないように、必死になって抗っている孤独なゴマ粒みたいな存在だと思っていたのですが…

 

 今では… まあ、自分がゴマ粒みたいな存在だという思いは変わらないのですが、自分の運命やこの宇宙とちゃんと「つながっている」という感覚があるんですね。

 

 昔は、自分の運命やこの宇宙は、限りなく強大な敵だと思っていたのですが、今は、自分の運命も宇宙も、決して力ではかなわないし、自分の思い通りにもなってくれないけど、間違いなく自分の味方だと思っています。

 

 どんな状態になろうが、必ずや目に見えない力が守ってくれているし、最終的には、絶対に悪いようにはならない… と、今は強く信じられると言いますか…

 

 その代わり、人が見ていようが見ていまいが、誰かを悲しませるような事とか、追い打ちを掛けるような事なんかも、できなくなりました。

 

 今までの僕だったら、絶対にしなかったような行動を、みんなが喜んでくれたらいいな… みたいな自然な気持ちで、人が見ている見ていないに関係なく、時々やっている事もあります。

 

 まあ、本当に時々ですけど(笑)

 

 よく、我侭な子供に「自分勝手な事ばっかりするんじゃない」などと叱ったりします。

 

 もちろん叱り方としては間違いではないのですが、この言葉は、受け止める側によっては「自分の自由に生きてはいけない」みたいな、窮屈な感じを与えてしまいかねない気がします。

 

 「社会とは、そういうものなんだから、仕方ないじゃないか」と言われたらそれまでですが、そういう意味に受け止めると、なんだか人生が、鉛みたいにズドンと重苦しくて、孤独なものに感じますね。

 

 それ以上に大切な事は、みんなが目に見えない「つながり」を、自然に心で感じられるようになる事じゃないかな… と思ったりします。

 

 そのつながりを感じる事さえできれば、例え、自分の自由に生きていたとしても、自然と、人に迷惑を掛ける事はしなくなるはずです。

 

 道路にガムを平気で捨てたり、置かれている自転車のカゴの中に、ゴミを入れたりする人も、いなくなると思いますね。

 

 人が見ていないからと言って、そういう事を平気でやっちゃう人というのは、その「つながり」というものを感じる事ができない人だと思う。

 

 きっと、もっと研ぎ澄まされてこれば、例えば、今は(意識の上で)理解し合う事ができない人であっても、その人と、もっと深い部分でつながっているのを感じられるようになるのではないかと思うし、実際に生きている人だけではなく、体を持っていないエネルギーや、この宇宙の全てのものと、共存しつつも、守られている事を実感できるようになる気がするんですね。

 

 目に見えないつながりに支えられて…

 

 ピンチな状態に追い込まれた時には、今、自分ができる事をとりあえずやったら、あとはその「つながり」を信じて、それに身を委ねて、もたれかかってみるのも良いのかも知れません。

 

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