占い暦614 結果はやがて忘れられても、自分の成長は心に残る

丁酉年 戊申月 乙未日 曇り 「棒の10・正位置」

 

昨日は一日、鷺宮の自宅でゆっくりと過ごしました。

 

これから、サロン ド シルフィーユで素敵なお客様を鑑定させて頂いたり、また、お仕事を頑張ります。

 

これは、全ての人の人生において、多分共通して言える事なのではないかと思うのですが…

 

学業でも仕事でも、目の前の事に対して、「一生懸命頑張る」という選択肢もあれば、「ほどほどに頑張る」という選択肢もあれば、「頑張らないで適当にすます」という選択をする事も、できると思うんです。

 

どの選択をするのも、その人の自由だと思います。

 

だいたい、何かを一生懸命頑張ったからと言って、それが物事の結果に結びつく保障なんて全くないですし、仮に、首尾よく、何かの結果というものを残せたとしても、人間の寿命なんて100年あるかどうかですから、少なくとも、今から百年後以降に「あの時頑張っておいてよかった…」などと、しみじみと思いを巡らしているという可能性も、計算上ありえません。

 

もちろん、自分の残した結果が、老後の人生において、自分の身を守ってくれたり、安定した生活を保障してくれると言った事はあるでしょうが…

 

ただ、やみくもに結果だけを追い求めて、自分のキャパシティー以上に自分自身を追い込むのは、危険があります。

 

それだと、もしも、一生懸命に努力したにもかかわらず、結果が出なかったり、人から認めてもらえなかったりした時には、人生に裏切られたような気持ちになって、何もやる気が起こらなくなってしまいます。

 

どちらにしたって、人が残した結果なんて、時がたてば、やがて風化して忘れ去られていくものですし、過去の栄光にしがみついて生きるのにも、限界があります。

 

それじゃあ、人は頑張らない生き方の方が楽で、頑張った分だけ損をするのか… といったら、そんな事は絶対にないと思うんですね。

 

結果を残せたとか、結果が残せなかったとか、あんまり関係なくて、人は頑張った分だけ、自分自身を成長させる事ができるからです。

 

面白いもので、一旦、一生懸命頑張るというスタイルが当たり前になると、次から、一生懸命やるという事があんまり苦痛でなくなります。

 

前に積んだ経験やスキルによって、自分が成長した分、同じような努力をするにしても、それに掛かる時間や、精神的な負担をを大いに軽減されますし、それが多少、業種や形態が違うような内容であったとしても、その経験が役に立つ事は、案外多いものです。

 

これがいいんだと思うんですね。

 

だから、一度や二度、頑張った分の結果が出せない事があっても、このスタイルを繰り返している内に、最終的には、十中八九結果が出せる事になるだろうし、夢中になっていると、結果が出たとか出ないとか関係なく、人生そのものが楽しい…

 

一方、一生懸命頑張るという習慣がついてなくて、今までに一生懸命頑張ったという経験もない人は、何をやっても苦しくて辛いし、人生も面白くないし、当然ながら結果も出ない…

 

「一生懸命頑張る」という選択肢を選ぶか、「頑張らないで適当にすます」という選択を選ぶかの結果で違ってくるのは、確実な所でいえば、ただ、これだけだと思います。

 

でも、これがものすごく大きな事のような気もします。

 

結果はやがて忘れられても、自分の成長は心に残る…

 

そして、これは想像ですけど、そういう経験やスキルというのは、おそらく死んでから、あの世にお持ち帰りできるような気もするんですね。

 

P.S.
メルマガ「シルフィーユ通信」9月号は、明後日9月7日(木)の発行です。

 

お題は「自分の欠点は、自分が取り柄だと思っている所に隠されている」…

今回は、ここ最近、ふと自分の事を振り返って感じた事を、忘備録のつもりで書いてみたいと思います。

 

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2017年9月5日 | カテゴリー : 未分類 | 投稿者 : futoshi