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真の占いは哲学に通じる19.03.12

2019年3月12日(火)

 

 すっかり、ブログの更新がご無沙汰してしまいました。

 本当に申し訳ありません。

 

 ここの所、本当にいろいろな事があって、時には、人の生と死について真正面から考えさせられたり、自分の未熟さを痛感したりと、深海にダイヴして、そしてようやく、自分なりに成長して、また元の場所に戻ってきました。

 

 休みを取らずに動き回っていたら、風邪をひいてしまったのか、昨日あたりからずっと喉が痛いです。

 

 いや、もしかすると、花粉症に掛かってしまったのかも知れません。なんでも噂によると、今年の花粉症は、喉が痛くて頭がボーッとするらしいとか…

 しかも、睡眠不足の人は、免疫が下がって、花粉症が悪化しやすいのだそうです。

 

 もしも花粉症であれば、この状態が春の間ずっと続くのですね…

 であれば、風邪であってほしいです(笑)

 

 この間、「十干十二支気学 ~四柱推命方位学~」の著者であり、方位学の権威である笹木龍一先生とお話をさせて頂く機会があったのですが、改めて、素敵な先生だと思いました。

 

 笹木先生と初めてお会いしたのは、今から6年前… パリから帰ってきた年の翌年の1月…

 とっても寒い日だったのを、よく覚えています。

 

 初めてお会いした時は、何があってもブレない、まっすぐに前に突き進む方だなあ… という印象を持ちました。

 

 笹木先生が「十干十二支気学」を出版されたのは、その3年後…

 

 発売当初から、この本は、アマゾンランキングで、ずっと上位を保っていました。

 

 ちなみに、僕がサロン ド シルフィーユを開店させるべく、当初住んでいた千葉から東京に移動した時期と方位は、笹木先生の「十干十二支気学」で決めたんです。

 (2014/10/15パリブログ 「究極の未来派方位術」 参照)

 

 当時のブログで、“どれだけの効果があらわれるかは、これからの僕の事を見ていればわかります”と、書いているのですが、あの頃は、生活面においても、収入面においても、不安定極まりなかったのですが、今では、すっかり安定しました。

 

 これも、笹木先生の「十干十二支気学」のお陰だと思います。

 

 占いの世界には、本当に様々な秘技があって、もちろん、この「十干十二支気学」以外にも、素晴らしい効果をあげている開運法は、たくさん存在しています。

 

 ある意味、こういった占いの開運法の世界というのは、理屈では考えられないような摩訶不思議の連続です。

 だから、中には、こういったご利益主義的な開運法に、すっかりのめり込んでしまう人もいます。

 

 実際に効果が顕れる訳ですから、伝える方の先生も「これさえやれば、大丈夫」とばかりに、自信を持って教えます。

 

 ただ、ここで落とし穴が存在します。

 

 それは、開運法にばかり目がいって、現実面における、自分がやらなければいけない努力や、人に対する気配りなどがおろそかになってしまうような事…

 つまり、最初に開運法ありきで、日常生活を送ってしまうパターンです。

 

 僕が笹木先生の事を、本当にすごいと感じたのは、「十干十二支気学」が効果を上げているからではありません。

 

 もちろん、それもすごい事なのですけど、笹木先生は、「十干十二支気学」を扱う人が、決して、こういった本末転倒な事にならないように、普通の占い師なら面倒がって避けてしまいがちな、運命の法則性というものを懇々と説かれている事です。

 

 それは、笹木先生の著書である「十干十二支気学 ~四柱推命方位学~」にも、顕著に表れていて、あの本は、第1章、第2章をかけて、ずっと運命の法則性の説明をしています。

 

 しかも、「開運法は打ち出の小槌ではない」「先ずは元を蓄える事が必須」などと、否定的な事を懇々と述べているんです。

 

 これは、売れる本の書き方としては、最悪です(笑)

 

 売れる本にする為には、通常、本の冒頭である第1章に、ものすごくインパクトのある事を書いて、読者をひきつけるようにする… というのが鉄則です。

 

 笹木先生のような本の書き方にすると、方位学に興味を持っていて、題名を見て、書店の棚で本を手に取った人は、第一章を読んで、「ただ行けば、良い事が起こって幸せになる訳ではない」とか「進歩向上や徳を積む事こそが大事」という方位効果に対するマイナスの言葉に、気持ちをくじかれて、買う気をなくしてしまいかねません。

 

 とはいえ、これこそが、笹木先生の真摯で誠実な人柄を表しているのだと思います。

 だからこそ、信頼できるんですね。

 

 摩訶不思議な世界ですけど、天の法則に反しているのに運が開く… なんて、理不尽な事はありません。

 

 占いというものは、突き詰めていくと、哲学に通じるような気がするんです。

 摩訶不思議な開運法でさえも、その哲学の上に成り立っています。

 

 例えばですけど、人生をやりたい放題に生きてきて、人の気持ちも理解出来なくて、周りに迷惑をどれだけかけても平気でいられるような、適当に生きている人が、何かしらの占いの開運法を行ったからと言って、周囲の事にも気遣いながら、真面目に一生懸命努力している人を追い抜いて、運が開いてしまうなんて事はありえません。

 もし、そんな事があったなら、世の中は何が正しいのかわからなくなってしまいます。

 

 仮に一時的にそのような状態になったとしても、長続きはしないし、その後で、何かしらの反動が来ると思って良いでしょう。

 

 もちろん、こういった開運法は、時に人生の突破口にはなります。

 だからこそ、もしも占いの開運法で効果が得られたのなら、普通の人以上に善なる生き方を心掛ける必要があるし、誰も見ていない所でも、決して感謝を忘れる事のないようにする必要があります。

 

 そうすれば、その開運効果を持続させる事もできますし、それこそが、真の占いの開運法の目的です。

 

 四柱推命の研究者の中には、この四柱推命というものを、「科学」に分類しようとする方がいらっしゃいます。

 

 気持ちはわかるのですが、僕は、四柱推命を科学と結びつけるのは無理があると思うんです。

 もちろん、四柱推命を迷信だと思っている訳ではありません。

 

 というよりも、わざわざ四柱推命を科学というものに結びつけなくたって、いいと思うんです。

 どうせ、誰かから「疑似科学」だとか「エセ科学」だとか、突っ込まれるのがオチですから…

 

 僕はむしろ、この四柱推命には「哲学」という言葉の方がふさわしいと思う…

 

 笹木先生の最新のブログには、今週の3月16日(土)に開かれる「九星気学 入門セミナー」のご案内と共に、僕が描いた稚拙な「運命の絵柄」までもが掲載して頂いているのですが、笹木先生もきっと、この意見には賛同してくださっているのではないかと思います。

 

 運命の調律師~十干十二支氣学~ 別名、四柱推命方位学とは?

 人の運命と吉方位は一幅の絵画を見るように、あるがままにありのままに観て鑑定する

 

 四柱推命だけではなく、真の占いというのは全て、哲学に通じているように思うんです。

 

 それは、一切の矛盾が存在していない世界…

 

 その魅力に取りつかれてしまうと、楽しくて楽しくて、僕もいつしか時をたつのも忘れて、この魅惑的な世界に没頭してしまいます。

 

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立春と旧正月、太陽暦と太陰暦の違い19.02.04

2019年2月4日(月)

 

 昨日は節分で、今日は立春…

 

 いつも毎年、恵方巻を食べて、ゲンを担ぐのですが、今年は余りにも忙しくて、気がついたら、恵方巻を食べる事を、すっかり忘れてしまっていました。

    今年は年干が己だから、歳徳神は東北東… 中級編・第2講座で、ちょっぴり解説します…

 

 何でも、毎年毎年スーパーやコンビニの恵方巻の廃棄処分の数が、半端ないらしいですが…

 

 さてさて、四柱推命の世界では、本日の12時15分をもって、年干支が「己亥」に替わりました。

 

 たまに地方時差を計算して、この時間を修正する人がいますが、それは間違いです。

 日本国中、北海道から沖縄まで、きっかり12時15分に「己亥」がスタートです。

※ちなみに、これは定気法を元にした計算であり、平気法(恒気法)ですと、明日2月5日の23時が干支の替わり目です。

 

 今日から年干支が替わって、四柱推命上の新しい運の流れがやってきます。

 

 つい先日、「第15期 四柱推命講座・初級編」を、ホームページのトップにだけに告知をしたのですけど、定員6名の所、もう本日までに4名の方が応募くださって、正直驚いています。

 

 メルマガでもブログでも、何も出していないし、「僕のホームページなんて、どうせ誰も見ていないだろ…」って、思っていたのですが、まさかの展開に、本当に感謝しています。(ちなみに第14期は、2名のみで開催しました)

 

 この流れが、僕にとっての己亥年の運気の流れなのかな… などと、ちょっぴり感じています。

 

 ちなみに、十干と十二支は、それぞれ10年ごと12年ごとのサイクルで、回ってきますから、今年がどんな年になるかは、今から10年前の出来事や、12年前の出来事が参考になるはずです。

 

 皆さまにとって、今から10年前、12年前はどんな年だったでしょうか…

 

 僕にとっての10年前の「己」は、占い師としての不安定だった生活が、完全に安定した年でした。

 

 それまでは、都内の占いショップで月収11万円ぐらいで働いていて、本当、食費もギリギリの貧しい生活だったのが、この年に師匠のお陰もあって、収入が3倍になったんです。

  僕にとって「己の年」は、己土濁壬という割には結構良い年になる… ちなみに最悪は「丙の年」(笑)

 

 ちなみに、今から12年前というのは、池袋の駅前に机を出して、路上鑑定をやっていた頃ですね。

 (2013/4/27パリブログ 「あの日から始まった…」 参照)

 

 12年前の僕は、路上鑑定だけでは食べて行けなくて、アルバイトと掛け持ちしながら、まるで未来が見えない状態で生きていたのですが、あの路上鑑定の経験があるからこそ、今があります。

 

 僕は占術理論に関しては、子供の頃からかなりマニアックでしたが、それまでは、ちゃんと鑑定料を頂いての実践鑑定をした事がありませんでしたから、この経験によって、理論オタクだった自分の殻を破ったとも言えます。

 

 だから今年は、この10年前と12年前の年のように、何かを突破する飛躍の年になる予感がしますね。

 去年の暮れに、身の回りのいろんな事を整理してからは、自分の体の中から、パワーが沸々と湧いてくるのを感じます。

 

 もしも皆さまにとって、10年前や12年前が、あまり思わしくない年であったとしても大丈夫です。

 

 人生はらせん階段と同じで、過去のその出来事や経験をバネにしながら、さらなる高みに上がって行く為のものですから…

 (2018/12/2ブログ 「自分の心が成長した分だけ、確実に人の運命は変わる」 参照)

 

 さてさて、立春(定気法による)は今日なのですが、旧暦のお正月である旧正月は、明日の2月5日になります。

   きっと、村野先生のブログでも、明日はカンボジア紀行を休んで、旧正月の記事を書くと思う…

 

 「えっ、立春って、旧暦のお正月じゃないの?」と思う方も中に入ると思うのですが、実は違います。

   とはいえ、平気法の立春は明日なので、平気法においては、今年の正月と立春は偶然に一致しています…

 

 ちょっと、この辺がややこしいのですが、「立春」とか、「啓蟄」とか、「夏至」とかいう呼び名は、「二十四節気」(2013/2/4パリブログ 「二十四節気」参照)と言って、昔から使われてはいますが、単体でそれを旧暦とは言いません。

 

 日本で旧暦(天保暦)と呼ばれている暦は、「太陰太陽暦」に属し、月の満ち欠けを元にして、それに二十四節気を合わせて用いて、補正しているという感じです。

 

 太陰太陽暦は月の暦ですから、旧暦の正月の日(つまり明日)は、必ず新月の日になります。

 

 ちなみに二十四節気は、我々が今使っているグレゴリオ暦と同じ「太陽暦」であり、地球が太陽の周りを回る周期を元に作られた暦です。

 おそらく、最初に「冬至」と「夏至」ができて、次にそれを均等割りした「春分」と「秋分」ができて、さらに、それを均等割して、立春・立夏・立秋・立冬ができて、さらに、その8つの区間を3分割して、二十四節気となったのでしょう。

 

 四柱推命や九星気学、算命学なんかもそうですけど、これらの占いの中の「ひと月の定義(つまり「月干支」)」は、二十四節気が2つ分です。

 一年を24分の1に分けた「二十四節気」が2つ合わさって、12分の1の月(月干支)となるのですが、そもそも二十四節気は太陽暦ですから、「月」という名で呼びつつも、実際の月の運行とは、全く関係ありません。

 

 だから、これらの占いで「一年は太陽の周りを地球が一回り、ひと月は月が地球を一回り、一日は地球が回転して一回り…」などと説明するのは、厳密に言えば、間違いという事になります。

 この場合のひと月(二十四節気2つ分)というのは、月の運行と全く関係ないですから…

 

 ちなみに、旧暦である太陰太陽暦を使う占いの代表と言えば、何と言っても、紫微斗数でしょう。

 

 太陰太陽暦においては、二十四節気は、半月とか一ヶ月とかといった一定の期間を表すものではなく、あくまでも「点」です。

 

 月の運行を最重要視する太陰太陽暦では「ひと月は月が地球を一回り」という定義が、ほぼ当てはまります。(厳密には一回り以上、回転していますが…)

 ただし、今度は「一年は太陽の周りを地球が一回り」というのは、当てはまらなくなります。一年の長さが、年によって変わりますから…

 

 旧暦のひと月は、新月から、次の新月の前日までの区間であり、月の満ち欠けの周期は29.53日ですから、ひと月は、必ず29日か30日かのどちらかになります。

 

 そして、太陰太陽暦の場合、一年は必ずしも12ヶ月とは限りません。

 

 昔も昔、大昔のイスラム圏辺りには、太陰太陽暦ではなく、純粋な「太陰暦」という暦があって、これは、きっちり一年が12ヶ月と決まっていたのですが、こうなると一年は、およそ354日となり、約365日の地球の公転周期と、毎年10日以上もズレてしまうので、全く季節と連動させられません。

 

 ちなみに、旧暦の太陽太陰暦では、一年は12ヶ月の時と13ヶ月の時が存在します。

 

 そして、その「うるう月」を決定するのに、二十四節気が存在します。

 

 二十四節気の「点」というのは、だいたい15日ごとに巡ってきます。

 

 旧暦の「ひと月」の定義である月の満ち欠けの29日間ないし30日間の間に、二十四節気の「点」は、ほとんどの場合2つ含む事になりますが、まれに、1つしか含まれなかったり、3つも含まれてしまったりする事があります。

 

 めちゃくちゃ乱暴に説明すれば、二十四節気が1つしか含まれていない月が出た時は、その月を「うるう月」として、その月が含まれる年を13ヶ月の年とするという訳です。

 

 だから、四柱推命や九星気学の「ひと月」と、紫微斗数の「ひと月」は違います。

 

 四柱推命のひと月は、月の運行とはまるで無関係の言葉の名残だけの月ですが、紫微斗数のひと月は、名実ともに月の運行のひと月です。

 

 紫微斗数などで使われる旧暦とは、月の運行をメインにした暦の事です。

 

 ロメロ・ミツエ先生のブログには、ものすごく簡潔にわかりやすく、紫微斗数と四柱推命の時差換算の方法が書いてあったりするのですが…

 

 ロメロ・ミツエ「仕合せ拍子」~正確な鑑定のための時差計算~

 http://romeromitsue.blog.fc2.com/blog-entry-272.html

 

 この記事を読んで、四柱推命では「均時差」を扱っているのに、紫微斗数では「均時差」を扱わないのだろうと、疑問を感じる方もいらっしゃるかも知れません。

 

 でも、その理由は明解です。

 四柱推命という占いは、日主の存在があくまでも主体であり、本来、日主とは、太古の昔の太陽神霊そのものでもあり、日時計の時間である視太陽時できっちりと一日を区切り、暦も「二十四節気」という太陽暦を用いていきます。

 

 ゆえに、一日の区切りは、子の刻の中間地点の午前0時(別説もあり)であって、均時差、地方時差、サマータイムを元にして、視太陽時にしっかりと補正していく必要があります。

 だから、均時差を計算していないのに、地方時差だけを計算するという事は、四柱推命ではあり得ません。

 

 でも、紫微斗数は、月の運行がメインである太陰太陽暦を用いた占いであり、主体はあくまでも月であって、紫微斗数に、日時計の時間による一日の区切りという概念は、ありません。

 

 月の運行が主体の紫微斗数には、一日の長さが変わらない平均太陽時の方が、むしろ適しています。

 一日の区切りも、きっちりと子の刻の開始の午後11時で区切って、天体のズレを補正する為に、地方時差とサマータイムは使いますが、均時差は使う必要はない(使ってはいけない)という訳です。

 

 僕は紫微斗数については、全く浅学なので、扱う暦の説明ぐらいしかできませんが…

 (紫微斗数は、村野大衡先生やそのお弟子の先生が扱う「台湾上機派」がお勧めです)

 

 さてさて、今日は立春で、明日は旧正月…

 はれて、新年の幕開けです。

 

 今年も皆さまにとって、素晴らしい一年になりますように、心よりお祈り申し上げます。

 

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おみくじよもや話19.01.06

2019年1月6日(日)

 

 お正月も、気がつけばもう一週間が過ぎて、本当に慌ただしいというか、時が過ぎていく早さを感じます。

 

 元旦は明治神宮に参拝、2日は靖国神社に参拝、そして三が日最後の3日の日は、サロン ド シルフィーユの最寄り駅の中野坂上の産土様である、中野氷川神社に参拝に行ってきました。

 

 そして、4日に仕事始めをして、昨日は今年初の四柱推命講座・初級編、そして今日6日も、たくさんのお客様を、サロン ド シルフィーユで鑑定をさせて頂きました。

   明日7日はメルマガだ~

 

 

 3日の日、中野氷川神社を参拝した後、新年初のおみくじを引いてみました(元日の明治神宮でも、2日の靖国神社でも、おみくじは引かなかった…)

 

 何となくですが、今年は引く前から、大吉が出るような予感がしていました。

 

 去年の11月ぐらいから、もやもやした霧が晴れたような澄み切って、俄然運気が良くなっている感覚なのです。

 逆に、忙しくなり過ぎて、自分のプライベートの事は、どんどん後回しにされていくのですが(笑)

 

 おみくじは、「二十四番 大吉」でした!!

 

 

 ほぼ、完全無欠な大吉です。

 ほとんど全ての項目が「叶う」になっていました(^^)

 

 でも、こうやって大吉が出た時こそ、絶対に調子に乗ってはいけないんですね。

 

 ちなみに、四柱推命講座・初級編も受講してくださったTさんから、「浅草寺のおみくじを引いたら、2年連続で大吉でした」というメールを頂きました。

 

 これも、かなりすごい事です!!

 というのは、浅草寺のおみくじというのは、凶が出る確率がかなり高いですから…

 

 僕も、3年前に浅草寺のおみくじを引いていますが、その時は、かろうじて「吉」でした。

 (2016/1/3ブログ 「浅草の観音様とパチンコとおみくじ」 参照)

 

 歴史的に言うと、日本のおみくじの元になったのは、大津の延暦寺の僧・元三大師の「観音みくじ」というおみくじで、これは「凶」が出る確率がかなり高くて、なんと、100本ある内の30本が凶なんです。

 

 そして、このおみくじを全国的に広げたのが、晩年の徳川家康の名参謀である天海僧正でした。

 

 ある時、敬愛する元三大師が、天海の夢枕に立って「生前、自分が使っていた信州戸隠山におさめてある観音みくじをもって、人々の苦しみを救え」とお告げをされたそうで、実際に戸隠に人を遣わした所、その「観音みくじ」が見つかり、そこからどんどん広まっていったとの事です。

 

 実は浅草寺では、この古来からの「観音みくじ」をそのまま使っているんです。

 

 ちなみに、成田山や川崎大師、深大寺でも、この「観音みくじ」が使われています。

 このおみくじは、五言四句の干支が書かれているのが、その特徴なんですね。

 

 また、天海僧正が祭られている川越大使・喜多院のおみくじも、当然ながら、この観音みくじです。

 この喜多院の事は、村野大衡先生も、昔ブログで書かれています。

(村野先生ブログ「ほのぼの占い師“村野大衡”小江戸川越へGo!」 参照)

 

 おみくじというのは、気持ちを込めて引かなければ、何の意味もないし、本当に“ただのおみくじ“なんですけど、素質のある人がこれを真剣に扱って、文脈の中にあるものを捉えつつも、そこから何かをキャッチできれば、神の真意のようなものを引き出すツールにもなりえます。

 

 占いで言うならば、タロットや易のような、偶然性で見ていく卜(ボク)占(雑占)が、ちょうどこれに当たります。

 

 この種の占いは、扱う占い師の裁量によって、本当にピンキリであり、もちろん実力がある占い師が扱う卜占は、とても、おみくじと一緒くたにはできません。

 卜占は、占う質問によって占い方を自在に変えられますし、そこそこ100のパターンしかないおみくじと違って、結果のバリエーションの数は比べ物になりません。

 

 とはいえ、原理原則は同じなんですね。

 

 僕は、この卜占の事を「二次元」の占いだと思っているんです。

 それで、手相とか、人相とか、実際に存在しているものの形で占う相術が「三次元」の占いで、そこに時間軸が加わる命理の占いが「四次元」の占いではないかと思うんですね。

 

 まあ、三次元の次のベクトル軸を時間軸にするべきかどうかは、論考の余地ありですけど…

 (2014/9/18パリブログ 「4次元空間を制したら…」 参照)

 

 ここで言っている「次元」というものと占いの価値とは関係なくて、四次元だから良いとか、二次元だから悪いとかいう意味ではありません。

 

 一体、何が言いたいのかというと、例えば「相術」というのは、今現実にあるのものを、ありのままに捉えて、そこから事象を推察しようとしている意味で「三次元」ですが、生年月日時などで細かく見ていく「命理」は、人生を事細かく時間軸を加えて占う事ができるので「四次元」という意味合いです。

 

 卜占(雑占)というのは、実体のない(三次元でない)偶然性の何かを頼って、そこから象意を読み解いていくので「二次元」…

 

 とはいえ、二次元がダメなのではなくて、卜占は例えるなら、長~い金太郎あめのような人生をスパッと輪切りにして、そこにある模様を顕微鏡で事細かく見ていくのに、似ています。

 

 だから、今現在における具体的な事柄や解決策を知る為には、この卜占が、一番適していると言えます。

 相術や命理だと、この分野はボンヤリした感じになったり、占い師の主観が入りやすかったりしますから…

 

 そういう意味で、僕は「おみくじ」というものの価値は認めていますし、自分自身もタロットをやるし、そこに出てくる結果というより、何かしらのメッセージに一定の信頼を置いています。

 

 その割には、本やブログの中で「おみくじ式四柱推命」に対して言っている事が、厳しすぎるんじゃないの… と思われそうですが、あれは本来、4次元で見ていかなければいけない四柱推命に対して、2次元で見ようとしているから、問題だと思うんですよ。

 

 卜占の場合、「今の状況はこうですよ」と現在の状況をピンポイントで捉えて、そこから解決策を出そうとするのですが、おみくじ式四柱推命は、その人の性格や、1年間、ひどい時は10年間という長いスパンの人生を、卜占のように平面的に捉えて決めつけるから、ちょっと僕的には許せないんです(笑)

 

 本来の四柱推命は、そこに存在したり巡っている五行の状況を多角的と捉えて、幾通りかの解決策を導き出していくものなのに、おみくじ式だとその一番重要な部分が全部削り取られてしまっているし、四柱推命そのものが、あまりにも軽く扱われているような気がしてならないんですね。

 

 ちなみに、「おみくじ式四柱推命」という名前を最初に使ったのは、僕ではありません。

 

 もう20年以上のつきあいのある僕の尊敬するある先生が、最初にそう呼んだのです。(名前を出しても怒るような先生ではないのですが、知名度も影響力も大きくなっているし、記事を読んだ人が、必ずしも好意的に受け取るとも限らないので、あえてお名前は伏せておきます…)

 

 僕がまだ28歳ぐらいで、当時の僕はまだミュージシャンを目指していたのですが、その先生はすでに、僕が占い師の方が向いている事を見切っていたのですね。

 

 「浅野君、四柱推命で占いやればいいじゃない」

 

 「いえいえ、占い師なんて僕にはとても無理ですよ。ところで、ここのお店、○○先生が四柱推命する事になったんですよね」

 

 「ああ、“おみくじ四柱推命”でしょ。ホラ、表で簡単に星出して、決めつけるヤツ」

 

 この絶妙なネーミングに、思わず吹き出しそうになってしまいました。

 

 あの日から、もう20年近くになるんですね。

 

 その先生は、当時もすごい実力を持っていましたが、今や押しも押されぬ占いの権威ですし、まさか、僕までも、この占いのお仕事にこうして携われるとは、夢にも思っていませんでした。

 

 そんな過去を思い出す度に、感謝の気持ちがこみ上げてきます。

 

 それにしても、今年は良い年になりそうです。

 

 もちろん、だからと言って調子に乗らないように、ちゃんと周りを見ながら、精一杯の力で頑張ります!!

 

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負け方が良ければ、必ず未来は開ける18.07.03

2018年7月3日(火)

 

 つい、今しがたまで、徹夜でサッカーの試合見ていました…

 

 結果だけ先に言いますと、日本はベルギーに2-3で負けてしまったのですが、後半の最初に、原口選手と乾選手がゴールを決めて、その時点では2-0で勝っていたんです。

 

 もちろん、相手がベルギーだけに、そのまま終われるかどうかは不安だったのですが、この時点では、日本は初のベスト8進出になるかもしれない… とかなり期待していました。

 

 いや、この負け方は本当に悔しいです。

 実際に夜中の3時にテレビをつけて、中継を見ていた人しか、この悔しさはわからないでしょうけど(笑)

 

 最後に入れられた1点なんて、まさかのロスタイムのカウンターで、ホイッスルが鳴って、僕の中では、24年前の「ドーハの悲劇」の記憶がよみがえりました。
(といっても、若い人は「ドーハの悲劇」知りませんね…)

 

 あんまり悔しくて、眠れそうにないので、このブログ書いてます(^^;;

 

 でも正直言うと、FIFA3位のベルギー相手に、日本チームがここまで良い試合ができるとは、最初は思っていませんでした。

 ほとんどのサッカーファンは、そう思っているんじゃないですかね…

 

 2-0になって勝てると思っていたのに、結果的に負けてしまったので、どうしても「悔しい」という気持ちが先行していますが、西野ジャパン、本当によく頑張ったと思います。

 

 今回、得点の取り方も良かったですけど、それ以上に、日本チームの「相手に1点も得点を許すまい」と、チームが必死にゴールを守っていた姿が、すごく印象的でした。

 

 ゴールキーパーの川島選手のミラクルプレーも、冴えわたっていましたし、ベルギーのエースのロメル選手なんかにぴったりと誰かが張りついて、ショートをさせない様にしていたんですね。

 

 執念というか気迫というか、確かに試合には負けてしまったんですけど、日本のサッカーチームのものすごい成長を感じました。

 

 日本が得点差をつけた所で、また、ポーランド戦の時のように、自陣でボールをゆっくり回しながら、完全に守りに徹すれば勝てたんじゃないか… という意見も出るとは思いますが、ベルギーは、そんな事が通じる相手ではありません(笑)

 

 たまたま、あのボール回し戦術が、ポーランド戦で通用したのは、あの時ポーランドがすでに1点勝っていて、無理をして追加点を入れる必要がなかったからです。

 

 それでも、これでトーナメント敗退ですし、結果だけを見れば、負けは負け… という事になるのでしょう。

 

 すみません… ワールドカップに興味のない方もいるのに、あまりに悔しくて、熱く語ってしまいました。

 

 「いつやるか… 今でしょ」の林修先生が、予備校の生徒にしていた話の中で、すごく共感した話があって、僕も四柱推命講座の中で、時々使わせて頂いているものがあります。

 

 林先生は、受験に取り組む姿勢と結果には、4つのパターンに分類できるというんですね。

 

 1つ目は「一生懸命取り組んで、その結果、合格した」

 2つ目は「一生懸命取り組んだけれど、残念ながら、不合格だった」

 3つ目は「適当にやっていたけれど、合格した」

 4つ目は「適当にやっていて、不合格だった」

 

 この分類法は、受験だけに限らず、人生における全ての事に当てはまると思います。

 

 結果だけを見てしまえば、1つ目と3つ目は合格できたのだからラッキーだし、2つ目と4つ目は不合格だったのだからアンラッキーだ… と普通の人は考えます。

 

 中でも、2つ目の「一生懸命取り組んだけれど、不合格だった」なんていうのは、「骨折り損のくたびれもうけ」で、最悪のパターンだ… と考える人もいるでしょう。

 

 でも、林修先生は、「本当に問題なのは、3つ目と4つ目のパターンです」と言い切ります。

 

 3つ目の「適当にやっていたけれど、合格した」というパターンで、例え運良く志望校に合格できたとしても、それまでに、何かを本当に一生懸命取り組んだ経験をしないまま先に進んだ人は、その後で頭打ちになってしまう…

 

 逆に、2つ目のパターンの人は、確かにその時は不合格になった打撃で言えば、4つ目の「適当にやっていて、不合格だった」の人よりも、うんと悔しい思いをする事になるのですが、もう一度、受験にリベンジするしないに関係なく、一生懸命物事に取り組んだ経験が、その後の人生を開く事になる…

 

 僕は、この林修先生の意見に全く同感です。

 

 だから、「大殺界の時期は、何をやってもダメな時期なので、悪い事が起こらない様に、3年間なるべく何もせずにじっとしていてください…」 という類いの近視眼的なアドバイスは、その人の未来の可能性を食いつぶしてしまう事になりかねないんですね。

 その3年間が死んでしまいますから…

      By 大殺界の時期に、プロとしての占い活動を開始した、一人の人間より…

 

 今回の日本×ベルギー戦は、ワールドカップのサッカーの事を良く知っている人は、ほとんどの人がベルギーの勝ちを予測していたと思うし、確かに試合が終わって結果だけ見れば、その通りになってしまいました。

 

 もしも、未来というものが、完全100%に決まってしまっているのであれば、サポーターが試合を応援する事さえも、全く無意味だという事になってしまいます。

 

 でも、未来というものは、いつ何時も変えられる可能性に満ちているし、むしろ人生は、その未来を変えようとする努力に意味があると思う…

 

 結果だけに執着しすぎると、結果が出せなかった時に、何もかもが虚しく思えてくるし、それまでの努力が全て無意味のように思えてきますが、長期的なビジョンで見たら、決してそんな事はありません。

 

 西野ジャパンのメンバーに比べたら、ゴマ粒みたいな僕の人生ですが、また例によって、例えに出せば、僕の人生で、30歳直前までずっとミュージシャンを目指して、空回りしながら頑張っていた事は、結果としては、何も生み出せなかったし、確かに不毛の時期でした。

 

 でも、あの不毛の苦しい時期がなかったら、今の僕は100%存在していなかったと思います。

 

 ある意味で、自分の中で明確な期限を決めてやっていた事が、良かったような気もしますが…

(2013/7/2ブログ 「夢を夢で終わらせない為に…」 参照)

 

 別に今、音楽に関する仕事をしている訳じゃないんだから、ミュージシャンになろうと頑張った事なんて、何も活かされていないんじゃないか… と思われる人もいるかも知れませんが、もしも、あの時の報われなかった悔しい思いがなかったら、きっと今のこの人生を築く事はできなかったと思います。

 

 占い師としての観点から、林先生の話に少しつけ加えるなら、2つ目の「一生懸命取り組んだけれど、結果が出せなかった」というパターンは、この4つのパターンのうちで唯一、強烈に運気を貯め込む作用をする事になります。

 

 1つ目の「一生懸命取り組んで、結果を出した」というのは、頑張った結果が出ているので、努力の度合いにもよりますが、運気はそれほど貯め込まれません。

 

 3つ目の「適当にやっていたけれど、結果が出ちゃった」というのは、もう最悪で、この世的にはラッキーに見えますが、ただ、自分がこれまでに貯め込んでいた運気を外に放出しているだけです。

 

 だから、林先生のおっしゃるように、このまま自分のスタイルを変えないで、適当に生きていたら、後は下っていくしかないんですね。

 

 これと比べれば、4つ目の「適当にやっていて、結果は出なかった」の方が、運気を外に放出する事もない分、まだマシです。

 

 今朝の試合で、一生懸命戦ったのに残念ながら結果につながらなかった日本のサッカーチームは、また一段と運気をため込んでいると思うし、それは必ず4年後の未来につながっていくでしょう。

 

 負け方が良ければ、必ず未来は開ける…

 

 今期の西野ジャパンは、もう少しでベスト16の壁を超えられそうだったものの、結果的には超えらえませんでしたし、前回のポーランド戦での戦い方になんかに関しては、確かに批判を受けても仕方ない部分もあると思います。

 

 でも、そういった部分もひっくるめた上で、やっぱり同じ日本国民として頑張っている西野ジャパンを応援したいと思ったし、実際の所、強豪のコロンビアやセネガル相手に、互角以上に良く戦ってきました。

 

 どんな厳しい状況であっても、どこかに勝機はあるし、それを信じて全力で一生懸命取り組む…

 

 今朝の西野ジャパンの試合には、その意気込みが本当にひしひしと感じられたし、頑張ってくれた日本代表メンバーに、心からエールを送りたい気持ちでいっぱいです!!

    あまりに眠いので、少し寝ます(つ∀-)

 

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