パラレル

すっかり、このブログも更新が滞ってしまっていますが、浅野太志は元気にやってます(^^)

パリで起こった事件の事で、落ち込んでいるんじゃないか… と心配して、励ましメールを送ってくれた皆さま、本当にありがとうございました。

本当、世の中、悲しい事件が起こるものです。
パリでお世話になった人の無事は、ちゃんと確かめられたのですが、パリは僕にとって、やっぱり故郷みたいに感じている場所だから、気分がふさいでいない… と言ったら、ウソになります。

憤りを越えると、まるで心臓を彫刻刀でえぐられるような、訳のわからない悲しみに変わっていく… と言いますか。
前の時もそうでしたけど…

これが自然災害であったのなら、悲しみそのものは変わらないでしょうけど、憤りというものを感じなくて済む分、少しはマシかも知れません。

人というのは、人の悪意を目の当たりにする事で、心がまいってしまうのかも知れません。

でも、僕も少しずつ成長してきています。

理不尽な事件に対して、怒りを覚える事ができるのは、きっと優しい人だと思う。
愛情は裏がえると、強い憎しみになると思うから…

でもこういう時に、怒りを覚える事以上に、もっと大事な事があるのかも知れません。

ケン・ウィルバーの「無境界」という本にも書いてありましたけど、全ての悪というものを、この世から完全に駆逐しようとする発想そのものに、無理があります。

善や悪は、相対的なものであって、一方を完全に排除しようとする事自体が、争いの発端にもなりかねない…
だいたい、過激派は、自分達の事を善だと思っているだろうし…

それにこの前、少し学んだんです。

認めたくはないけど、自分の心の中にも、ああいう悪につながる部分は存在していると…
だからきっと、気持ちがこんなにも乱されるのだと思います。
     心理学で「シャドー」という…

もちろん間違っても、そんなものに負けて、人に悲しい思いをさせる真似はしませんけど…

理不尽な事件に怒りや憤りを感じる人は、優しい人だと思うけど、怒りや憤りの先には何もない…

人生では時々、理不尽なものを目の当たりにさせられる事があるけど、その時に必要なのは、怒りや憤りではなくて、もっと冷静な判断力かも知れません。

最近の僕は、やりきれない事が起こった時に、憤りを感じている自分と同時に、そんな自分の事をものすごく冷静な目で見つめている、もう一人の自分を感じる事があります。

禅僧の悟りを開いた人の境地ほどには、及ばないかもしれませんけど…

だから割と、嫌な事や気にいらない事があっても、冷静にいられたりするし、それからというもの、人生の勝負にも、ずい分と強くなったような気がします。

ふとし

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