理趣経

書の師匠から、「密教の 理趣経 という経典の教えを調べてみるといい」 というアドバイスを頂いて、早速そのお経をネットで調べてみた。

今の僕に足りない部分を、補ってくれるかもしれない、との事。

その中に 「十七清浄句」 というのがあるんだけど、これがすごい。


男女交合の妙なる恍惚は、清浄なる菩薩の境地である

異性を愛し、かたく抱き合うのも、清浄なる菩薩の境地である

男女交合して、悦なる快感を味わうことも、清浄なる菩薩の境地である


最初これを読んだ時、男女の性行為をも謳歌しようとする、なんて人間らしい懐の深いお経なんだ、と思った。

でも、そんな趣旨じゃないよね。

それだと、弘法大師のキャラとちょっと合わないし…
   一休禅師なら、アリかもしれないけど(笑)

中にはこれを、「男女の性交のエクスタシーの中にこそ、悟りの境地がある」 という意味に、とっちゃう人もいるらしい。

弘法大師も、きっとあの世で、ため息をついてるだろうね…

想像だけど、これは、自分も含めた この世の衆生の生活の営み全てを 崇敬するような意味の、お経なのかも知れない。

自分だけの小さな枠にとらわれることがなければ、人間の物質的な欲望もそれ自体、それはそれで美しいのかな…

また、一つ学べた気がする。

ふとし

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それだけで幸せⅡ

外を吹き抜ける湿った風がすごく気持ちよくて…

それだけで幸せ。

そういえば一年前の今日も、同じことを感じていた気がする。

幸せを感じる理由なんて、何でもいいんだ。

むしろ、幸せを感じる事ができる、心のアンテナこそが宝物かもね。

地位も名誉もありあまるお金も、大いに結構だけど、

そんなものだけに心がとらわれて、当たり前の幸せを感じられなくなってしまうのだけは、まっぴらごめんだよ。

ふとし

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学び

一昨日は、伊泉龍一先生の講座に参加して、昨日は、習った事をノートにまとめて、何度も復習していた。

学びって楽しい。

新しい事を吸収する度に、心も豊かになっていく。

少し前までの自分が、本当に恥ずかしくなるよ。

待っててね。
もっともっと成長して、でっかくなるからね(^^)

ふとし

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テスト

人生には常にいろいろな事が起こる。

自分にとって本当に大切な事に、夢中になっている時は、時が経つのも忘れてしまう。

かと思うと、不本意な出来事や、心を惑わされるような事に、感情が乱されてしまう事もある。

こういう時は、わずかな時間がとても長く感じる。

でもね… こういう時は、人生のテストの時なんだ。

このテストに合格すると、人生がワンランクアップするんだよ。

意外だけど、その時に目の前で起こっている現実そのものは、そんなに重要なポイントじゃない。

そこで、自分の心がどういう反応を示すかが、重要なポイントなんだ。

思い通りにならない事があると、それがほんの些細な事でも、怒り狂ったり、動揺して不安になったり、自分を責めたりしてしまう人もいる。

中には、人を犠牲にして、自分だけうまく難から逃れようとする人も、いるみたいだけど、これは論外。

そうかと思うと、どんな事に大変な事が起こっても、悠然と構えていられる人だっている。
こういう人は、何が起こっても、冷静に対応できるし、乗り越えていける。

もちろん、怒る事や、動揺したり不安になる事が、必ずしも悪い事じゃない。
感受性が豊かな分、いろんなものが理解できるし、それが原動力になって、産み出せるものだってあるんだから…

どんなに怒ったって、動揺したって、不安になったって構わないんだ。

だって、人生のテストの結果は、たった今、この一瞬のこの瞬間にあるんだから…

どんなに心が遠くに旅に出てしまっても、さっと本来のポジションに戻ってこられれば、テストは合格する。

うわべの義務感からじゃなく、心がいつも、感謝と幸せに満たされていて、自然と人にやさしくできる、本来の心のポジションに…

それにしても、キリストって人は、偉いと思うな。

別に僕は、キリスト教徒じゃないけどね。

十字架にかけられて、ヤリで刺されているのに、心のポジションが揺るがないんだから、すごいよ。

別にキリスト像を拝みたいとまでは思わないけど、自分が死ぬまでに、あんなでっかい器になれていたらいいな。
      多分、無理だろうけど(笑)

ふとし

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時間は宝物

時間は宝物…

1秒1秒が、きっと宝石よりも価値がある。

だから、なるべく有意義に使おう。

いつも、忙しく時間に追いかけられて過ごすのも悪くないけど、たまにはぐっすりと眠るのも、思いっきり遊ぶのもいいと思う。

自分にとって悔いのない、充実した時間を過ごせれば、それで構わないんだ。

人生に与えられている時間は限られている。

ちゃんと取捨選択をしないと、本当にやりたかった事ができないまま、人生が終わっちゃう。

ふとし

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書の誠

書を習いはじめて、4ヵ月…

鑑定が入っていない時間は、だいたい書の練習をやっています。

最近、書の師匠から、楷書(かいしょ)を教わり始めました。

草書というのは、ヘタな字を書いても、案外それっぽく見えたりするから、相手が書家でもないかぎり、結構ごまかしがきいたりします。

でも、楷書というのは、そういうごまかしが一切きかないから、辛いですね…

これでも、練習を重ねて、だいぶマシな字になったんですけどね。

見る人が見れば、中身が空っぽの字である事を見破られます(笑)

書道をやると、確かに字がうまくなるけど、真の書道の目的というのは、決して、字をうまく書くためにあるわけではない… という意味が、少しだけ、わかるようになりました。

別に、きれいな字が書かれた作品に価値があるわけではなくて、むしろ、字の中に素朴な良さが出ている作品にこそ、価値がある。

書は心の表れ…

自分が書いた字は、自分の心の鏡そのもの…

最初は何の事だかさっぱり意味がわからなかったけど、毎日書いていると、おぼろげにそれがわかってきました。

自分の心の中にあるものが、全部そこにさらけ出されてしまうというか…

例えば、線をただまっ直ぐ書こうとしても、自分の心の中に変な欲があると、微妙に力が入って曲がってしまう。

じゃあ、何も心に思い浮かばないように、頭をボーッとさせて書けばいいかというと、今度はまるで気が抜けたような、生気のない字になっちゃうし…

そして今、改めてこう思います。

書というものは、字をうまく書く為にやるものではなくて、心の修養の為にやるものなんだと…

だから、書の修練は、自分が書いた字をじっと見て、師匠の手本とよく見比べて、観察する事にこそ意味がある。

究極、字をうまく書きたいという思いも、自分を良く見せたいという虚栄心だから、それも捨てなければならない。

どうせ本物の書家には、全て見抜かれてしまうでしょうし…

自分の心のあり方が正されて、その結果、書が良いものになっていくのが、理想なのでしょう。

自分の心のあり方が変える事ができれば、書も変わるし、運命だって変えられる。

でも、それがそんなに簡単な事でないというのは、わかっている。

だから、ただ己を虚心坦懐にして、師のお手本を見ながら、誠をこめて書く。

そして、ありのまま、自分の書いた字も、自分の今の心も、一旦全部受けいれて、あとは天に任せるしかない。

改めて自分の字を見て思う事…

まだまだ虚栄心に満たされていて、とてもこんなブログで偉そうな事を語れるようなレベルではないと…

それが今の自分の限界… でも、できる範囲でやるしかない。

ありのままの自分を受けいれて、いつかその壁を越えられる事を願って、全てを天に任せよう。

ふとし

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断水の後

人生はよこしまな気持ちを抱かないで、誠実な気持ちで頑張れば、その分だけ確実によい事がある。

でも、心を決めて決意したのに、どういう訳か最初は、なかなか思ったように行かない事もある。

その時は、辛抱するしかない。

ほら、断水の後、水道の蛇口をねじると、しばらくの間、赤錆びの汚い水が出るようなものだよ。

あれと同じで、最初に自分の中の汚れを洗い流しているんだ。

めげないで、しばらく頑張りつづければ、綺麗な水がたくさんあふれ出すんだ。

ふとし

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今日の朝は、小雨がパラついていた。

窓を開けると、少し湿った涼しい風が部屋に入ってきて、それだけで幸せな気持ちになった。

案外、雨の日も わるくないかも…

人生こまごまとした不都合はいろいろあっても、きっと、この星に生きているってだけで、本当はめちゃくちゃ幸せなんだね。

ふとし

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紆余曲折

短絡的に正しい答えだけを求めても、ダメなんだ。

その答えにいたった紆余曲折のプロセスが、すごく大事だったりする。

何かをせまられた時に、全く同じ決断をしたとしても、それまでの紆余曲折で学べたものによって、結果は全く違ってしまう。

だから人生は、一見遠回りにみえても、自分の足で前に進む事に意味があるんだと思う。

先は長い。 焦らないで一歩一歩 進んで行く事にするよ。

ふとし

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吸収

どんなに素晴らしい内容の教えでも、言葉としてとらえた瞬間に、ただの観念になっちゃう…

本気で吸収しようと思ったら、やっぱり体当たりでぶつかっていくしかないのかな。

ふとし

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