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人の価値は死にざまで決まる18.07.11

2018年7月11日(水)

 

 今朝のフランスがベルギーに1-0で勝ったというサッカーの速報を見て、少し驚いています。

 あの勢いがあるベルギーには、正直、フランスでも勝てないと思ったのですが…

 やっぱり僕は、フランスに思い入れがあるだけに、嬉しいですね。

 

 しかしながら、西日本では、大雨による被害を受けて、それどころでなくなってしまっているのが現状…

 

 犠牲になられた方のご冥福をお祈りするとともに、一刻も早く事態が収拾して、被害に見舞われた皆様に平穏な生活が戻ります事を、祈念しております。

 

 ここの所、いろいろ事件や出来事がたて続けに起こっていますが、「今現在も、救助が受けられずに、被災地で孤立している人が何万人もいる」という現実が、我々の一番最初に考えなければいけない課題である事は、間違いありません。

 

 それにしても思うのは、人の命というのは本当に儚いものだという事です。

 いつ、人生の最後の日がやってくるのかなんて、誰にも予測できません。

 

 前にも書きましたけど、いくら生年月日時がわかったからと言って、人の寿命を正確にみる事など、できません。

(2018/1/12ブログ 「生年月日時の運命よりも上位にあるもの」 参照)

 

 でも、仮に自分の寿命がわかってしまったとしたら、それは、メリットよりも弊害の方がはるかに多いでしょう。

 だから、自分の寿命なんてものは、病気になって死期が近づく寸前までは、わからない方が良いのだとも思います。

 

 「死」というものは、誰にとっても未知の世界ですし、それゆえに恐ろしいものです。

 

 でも、逆の発想をすれば、人はたった一回しか、死ぬ事ができません。

 まあ、当たり前の話ですが…

 

 であったなら、僕は、その時を迎えたら、できる限り、粋で幸せな死に方をしたいなあ… などと思ったりもします。

 

 体が疲れて、布団で眠る時のように横たわって、笑顔でさよならを言って、ただ、その後は、二度と起きる事がないというだけの違い…

 そんな、自然な感じが良いですね。

 

 とはいえ、本当に辛いのは、死んでいくその人よりも、その人と二度と会えないという悲しみに打ちひしがれた、残された人達の方かも知れません。

 

 だから、死んでいく方は、なるべく幸せそうに、ホロッと感動させるような粋な死に方が出来たら、いいなあと思うんですね。

 もちろん、死に際なんて、そんなに自分の思い通りに行くものではありませんし、体の激痛や呼吸の苦しみで、それどころではないかも知れませんが…

 

 そんな思いをここ最近感じるようになったのは、落語家の桂歌丸さんが亡くなったというニュースを聞いてからです。

 

 僕も、「笑点」は結構好きで、必ず毎週見ていたという訳ではありませんが、子供の頃から、日曜の夕方になると、よくテレビをつけていました。

 

 あれは、僕が生まれる前から存在していた長寿番組で、僕の子供の頃の古い記憶では、故・三波伸介さんが大喜利の司会をやっていたりしたのですが、その頃から歌丸さんは、ずっと緑の着物を着て、参加されていましたね。

 緑色の衣装が、歌丸師匠のトレードマークのようになっていました。

 

 三遊亭円楽さんは、襲名する前は、三遊亭楽太郎さんといったのですが、この頃から、あのさわやかな語り口で、歌丸さんと絶妙な掛け合いをしていました。

 

 だから、三遊亭円楽さんの「最後に一言言わせてください。じじい、早すぎるんだよ!」と叫んだあのセリフは、何とも感慨深く感じました。

 

 三波伸介さんが司会の頃は、今から40年以上前ですから、当時は、歌丸さんも円楽さんも20代30代だった訳で、歌丸師匠も、全然「じじい」ではなかったはずですが、いつしかあれから、長い年月が過ぎているのですね。

 

 歌丸さんの葬儀の報道の中で、本当に粋だなあと思ったのが、棺桶に納められた歌丸師匠のご遺体の装束が、普通の白装束ではなくて、笑点のあの緑色の装束だったという事…

 

 これは、歌丸師匠の遺言なのか、それとも親族の方の思い入れからそうなったのかは、よくわかりませんが…

 

 そして、その棺桶の中に、釣りが大好きな歌丸さんが愛用していた釣り竿と、いつも使っている手ぬぐいと扇子が、一緒に納められたという話です。

 

 歌丸師匠も粋な方でしたけど、本当に粋な葬儀だなあと思いました。

 

 これなら、あの世に旅立ってからも、歌丸師匠も大好きな釣りができますし、何とも心にジンと来る話です。

 

 よく、「人の価値は死にざまで決まる」と言います。

 

 歌丸師匠は、その3ヵ月前まで、鼻に酸素チューブをつけながらも、高座に上がって、それをネタにして笑わせていたというほどに、壮絶な生き方をした方ですし、落語に対する思い入れは半端ないものでした。

 

 その芸事の教えは、本人が死した今でも、なお受け継がれて、語られているほどです。

 

 おそらくこれからも、歌丸師匠の熱い魂は、これからを担っていく芸人さんの心の中で、ずっと生き続けると思うんですね。

 

 人の死にざまなんて、自分の思い通りにはならないものですが、いつかその時が来たなら、なるべく安らかに幸せそうに、できれば粋に、逝きたいものだと思います。

 

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