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一年を振り返って思う事18.12.29

2018年12月29日(土)

 

 いよいよ2018年も、残す所あと2日…

 

 いろいろと慌ただしく過ごしている内に、随分と間隔が開いてしまいましたが、おそらくこれが、本年最後のブログになりそうです。

 

 それにしても、今年の年始めには、「このブログは、可能な限り、毎日書く」とか言っておきながら、たった1週間で風邪をひいてダウンして、結局その後は、「やさしい風のように」のごとく、週1回のペースになってしまいました。

 

 本当、一体何なんでしょう。

 

 きっと、この「可能な限り…」という言葉が、クセモノなんですね。

 可能か、可能でないかというのは、本人(つまり僕)の主観で、自由に決められますから。

     …などと、言い訳してみる(^^;;

 

 でも、もしも、年初めに「絶対に毎日書く」と誓っていたとしたら、おそらくちゃんと毎日書いていたと思います。

 

 ただ、それだと、例え風邪をひいて熱があっても、書かなければ行けなくなるし、その日に本当に大事な何かがあっても、毎日のブログを優先する事によって、本末転倒になってしまいかねないですから、「絶対書く」と宣言してしまうのも、一概に良いとは言えないのかも知れません。

 

 パリブログを書いていた時が、まさにそうで、今、振り返れば、よくあのボリュームのブログを1,000回も続けたなあ… と思うのですが、いつも「今日のブログ、どうしよう」というのが常にあって、毎日がそわそわして落ち着きませんでした。

 

 まあ、これは臨機応変に行動できない僕の性格にも、問題があるのでしょうが…

 

 皆様にとって、2018年は、どんな年だったでしょうか。

 

 僕にとっては、あらゆる意味で、2018年は転機の年でした。

 

 この新しいホームページにリニューアルしたのも、このブログをスタートさせたのも、今年の元旦…

 

 2018年の前半は、常にホームページの事でいろいろな問題が起きていて、本当に手掛けたい仕事は進められないまま、時間が過ぎていきました。

 

 そして、年の後半はあらゆる意味で、僕にとって、人生の方向転換を迫られたような年でした。

 

 昔の僕だったら、「ああ、今年は最悪の年だった」と言ってしまいかねない所ですが、実は今、本心から、「今年は、ものすごく実りの多かった年だった」と思うんです。

 

 と言うのは、いろいろな事が整理された事によって、本当に僕がやりたい事がハッキリしたから…

 

 ホームページのリニューアルでは、予想外に自分の時間を取られる事になったし、今でもまだ、完璧なサイトにはなっていないのですが、少しずつ直していけば、いつかは完成します。

 

 年の後半には、滋賀、京都、奈良、そして伊勢神宮を巡る近畿への旅も、できたし、白山比咩神社や永平寺を巡った北陸への旅も、できました。

 

 どちらの旅も、ただの観光だけではなくて、何気に将来の自分のビジョンに必要な目的を兼ねているものです。

 

 それにしても、本当に今年の1月2日の朝に見た、「京都に行く」という初夢が実現する事になるとは、思ってもいませんでした。

 (2018/1/2ブログ 「夢からのメッセージ」 参照)

 

 あとは、山本印店で作った実印や銀行印を、ちゃんと役所や銀行に登録する事もできたし、聖蹟桜ヶ丘の先生にも会いに行く事ができたし…

 

 おそらく、この内のどれも、自分が方向転換を迫られなかったら、やらなかったと思うんです。

 

 特に年末の「お宝期間」と言われる期間は、本当に忙しくて、寝る時間もないくらいでしたけど、これは確実に、来年以降の人生につながっていくような気がします。

 

 そんな風に考えると、一見、自分の思惑と反して、人生が思い通りに行かないように思える事が起きたとしても、必ずしも、悲しむ必要はないのかも知れません。

 

 その方向転換を迫られた時に、やる気を失くして現状を放置したり、ヤケになって、でたらめな行動を取るから、本当にツイていない年になってしまうのだと思います。

 

 ちょうど、僕にとっては、2年前の2016年がそういう年だったのですが、あの時もクールに方向転換をしていたなら、そんなに悪い年にはならなかったような気がします。

 

 前にも書きましたが、2016年と今年の2018年は、僕にとって、非常によく似た事が起こっているのです。

 ただ、それに対する僕の受け止め方と行動が、全く違っていて、その結果、2016年は、かなり苦しかった一年だったのですが、2018年は僕にとって、実りが多くて充実した一年になりました。

 

 考えてみれば、絶対に悪い事が起こる年とか、ツイていない年なんて存在する訳はないし、例え、その年に思惑と反する事が起こったとしても、当人の受け止め方が変われば、最終的には、実りの多い年になると思うんですね。

 

 だって、人生の一年一年は、学びの為にあるのですから…

 

 僕が思うに、何か意図しない事が起きて、苦しかったり、辛かったり感じるのは、もちろん、きっかけは、その何かの出来事である事は間違いないと思うのですが、それ以上に、自分の中にある、それを受け入れられない気持ちによる所の影響が大きいと思うんですね。

 「何で、こんな目に遭わされるんだ」みたいな…

 

 これは、僕が30歳を迎えた時に、ものすごく実感した事です。

 

 30歳の誕生日を迎えた時、何か嫌な事が起きたかと言ったら、別に何も起きていません。

 

 あの時は、たいして貯金はありませんでしたけど、生活も苦しかったわけではないし、体もいたって健康でした。

 

 でも、20代には必ずミュージシャンとして成功する… などと、訳のわからない事を自分にも周囲にも宣言していた当時の僕にとって、30歳の誕生日を迎えて、何もできていない自分を受け入れる事ができませんでした。

 

 あの時は「何で、こんなに頑張ってきたのに…」とか、「何で、大して頑張っていないアイツが成功しているんだ」とか、「何で、よりによって自分がこんな惨めな目に遭わされるんだ」とか、今思えば「何で」を連発して、現実から目をそらして、自分で闇を作り出していたんですね。

 

 客観的に、他の誰かから見たら、別に惨めでもなんでもないでしょうけど…

 

 結局、自分の気持ち一つで、今がどんなに平和な状態であっても、真っ暗な闇ができてしまいます。

 

 逆に、全ての状況において逆境であったとしても…

 例えば、経済的に困窮していて、健康状態も最悪で、今がにっちもさっちも行かないような状態であったとしても、素直な心で、現状を受け入れる事さえできれば、今、やらなければならない事をやりつつ、冷静に方向転換ができるし、それを全てやりきったなら、後は天を信じて、ゆったり時を待つ余裕もできるようになります。

 

 状況は急には良くならなくても、どんどんと自分を高みに上げていけるし、いつしかそれが実りに結びつく事は、間違いありません。

 

 一年を、自ら辛くて苦しい年にしてしまうのは、何かが起きた時に、落ち込んで、何もする気をなくしてしまったり、焦って、でたらめな行動に出たりするからだと思う…

 

 よく、人生で落ち目になった人の事を「坂道を転がり落ちていくように転落した」などと言ったりしますが、今の時代、本当にそんな風になってしまう事は、極めてまれですし、もしもそういう人がいたら、それは、やけっぱちになって踏みとどまる努力を放棄した人です。

 

 もしも実際の坂道を転がり落ちたとしたら、それはもう、自分の力では止められませんが、人生上の坂道であれば、冷静に我に返って、正しい方向転換さえすれば、ちゃんと踏みとどまれるし、ちゃんとまた、上にだって登って行けます。

 

 例え、今年は結果が出せなくたって、来年があるし、まだまだその先には、長い未来があります。

 

 僕が思うに、結局の所、「未来を信じられるかどうか」という一点で、もっと言えば「天を信じられるか」という一点で、随分と人の人生は違ってきてしまう気がするんですね。

 

 今年も、もう間もなく終わり…

 

 来年の2019年も、皆さまにとって素晴らしい一年になります事を、心よりお祈り申し上げます。

 

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全体が見えるようになったら、ありのままの自分を受け入れてみる18.12.19

2018年12月19日(水)

 

 今年も、あと10日余りで終わり…

 冬至も3日後にせまり、寒さがいよいよ厳しくなってまいりましたが、皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

 今年は日本全体で見ると、やたらと災害が多かった一年だった気がします。

 

 僕にとっても、本当にいろいろな事があった年でした。

 皆様にとっては、いかがだったでしょうか。

 

 「運命は、その人の物の考え方や性格が作り出したもの」などと、よく言いますが、まさに、本当の事だと思います。

 

 その時その時に自分が取る行動も、決断を迫られて岐路に立たされた時の選択も、無意識な内にする言動や、何気なく人に見せる表情でさえも、自分の考え方や性格が作り出した産物ですし、それらが、自分の運命を紡いでいく事になりますから…

 

 つまり、理屈の上では「自分のものの考え方や性格を変えれば、自分の運命は、どれだけでも変えられる」という事になります。

 

 とはいえ、誰もが、その自分の考え方のオリから抜け出せなくて、苦しんでいる訳ですし、やっぱり、性格なんて、そう簡単に変えられるものでもないから、結果的に「運命は、ある程度まで決まってしまっている」というのも、また真実です。

 

 今年に下した僕の決断も、結果的に招いた現実も、良きにしろ悪しきにしろ、僕の考え方や性格の延長線上のものでしかないし、これはきっと、誰の人生でも同じだと思います。

 

 中には、天災とか、避けられないような突発的事故によって、自分の考え方や性格とは無関係な所で変わってしまう未来もありますが、それは超レアケースです。

 また、仮にそういう事が起こったとしても、その後の運命の展開は、その人の考え方や性格によって、色濃く影響を受ける事になるでしょう。

 

 まあ、天からの役割とでもいうか、そういう特殊なものによる影響が、その人の性格や考え方の中に及んでいれば、そういった天災や事故から守られたりもしますが…

 

 運命というものは、占いで割り出せる命運も含めて、複雑な要素が絡まって出来ているものだと思うし、本来であれば、自分の努力で、どれだけでも良くする事ができるものです。

 

 僕が思うに、運気が一向に良くならない人の典型的なパターンは、往々にして「誰も見ていない所で、良からぬ事ばかり繰り返している人」ですね(笑)

 

 もちろん、よっぽどできた人でもない限り、人から見られている自分と、誰にも見られていない時の自分は、違っていて当たり前ですし、人に見られていない所でホッと一息つく事ができなければ、心が休まりません。

 

 だから、多少の事は構わないのですが、この生き方のスタイルの何が問題になってくるかというと、「人知れず、自分の事を省みて自分を向上させていこう…」というような発想に極めてたどり着きにくい所です。

 

 つまり、この生き方の延長線では、人の目は気になっていても、自分の物の考え方や性格は変わりようがないですから、ひいては、運命も変えられないという事になってしまいます。

 

 そうは言っても、これとは逆に、自分を省み過ぎて、「あんな事やっちゃいけない」「こんな事やっちゃいけない」と、自分を律し過ぎるのも、また苦しいものです。

 

 自分の運命を変えようと、無理やりに行動パターンを変えて、勢いだけで一時的にポジティブな行動を取ってみても、なかなか後が続きませんし、逆にその反動が来て、どっと疲れてしまう事もあるでしょう。

 

 そこで「そうか、やっぱり自分の考え方や性格から変えなくてはダメなんだ」と気づいて、「こんな事を考えちゃいけない」「あんな事を考えちゃいけない」と、四六時中、心の中で悶々とやっていても、一向にそこから抜けられないし、これでは窮屈で生きづらいです。

 

 僕も、若い頃はそんな事ばかりやって過ごしていましたが、何にも変わりませんでした。

 

 そんな時ふと、心の内側に籠って、自分の内面を見つめてみると、ポジティブでやる気に満ちたカッコいい自分もいれば、人に知られたら恥ずかしいような自分もいたりします。

 

 若い頃の僕は、「こんな恥ずかしい自分は、早く、心の中から追い出してしまわなくてはいけない」と、必死になって、その自分を否定しながら、ストイックな行動をしていた時期もありました。

 

 そのお陰で、本当、20代の僕の人生は、全く楽しくありませんでした(笑)

 

 それで、心の中に、人に知られたら恥ずかしい自分が顔を出すと、「こんな事を考えているのが、人に知られたらどうしよう」と不安になったり、そんな自分が嫌で劣等感にさいなまれながら、苦しんでいたものです。

 

 きっと、この頃の僕と同じように、心の中で悶々と苦しい思いをしている人も、たくさんいるのではないでしょうか。

 

 でも、こういうタイプの人は、自分の運命を変える事ができる素質を持った人と言えるでしょう。

 ただし、その苦しみにつぶされてしまわなければの話ですが…

 

 あの頃の自分を振り返って、今、思うのは「本当、器のちっちゃな人間だったな…」という事…

 

 とは言っても、そこに自己嫌悪とか劣等感なんかは一切なくて、「何とも懐かしい」というか、「自分ながらにいとおしい」というか、そんな感覚でしょうか(笑)

 

 あの頃は、器が小さくて、客観的に全体が見わたせなかったから、いつも自分の事で汲々としていて、本当に苦しかった…

 

 でも今、それなりに器が広がって、少なからず物事の全体像が見えてくると、そんな事は、それほど重要ではないという事に気づけるんですね。

 

 あの頃は「自分の心の中が、人に知られたらどうしよう」と怯えるほどに恥ずかしいと思っていた事さえ、今では人前で吐露する事さえも、できるようになっていたりします。

 

 面白い事に、それは他の人も感じていた事だったりして、飲み会の時にそんな話で盛り上がったりもします。

 

 あの頃の僕は、恥ずかしくてふしだらな自分を心の中で発見すると、それを否定したり、心の中から追い出そうとしていたのですが、本当に大切な事は、それをありのまま受け入れる事なのかも知れません。

 

 時には、臨機応変に、その自分の衝動に正直に行動するのも、悪い事ではありません。

 

 だからと言って、人を傷つけてしまうような事や、人に迷惑を掛けるような事は、極力慎むべきですが、そうでなければ、時にはふしだらな自分の欲求を満たす行動だって、人生には有効な事もあったりします。

 

 大切なのは、そういう小さな所でストイックを貫こうとする事ではなくて、自分の器を広げて、より全体が見えるようにしていくかという事だったりします。

 

 自分の器が小さいままの状態なら、そういう、ふしだらな自分の欲求のままに生きる事は、人生を台無しにしてしまいかねないのですが、自分の器が広がっていけば、それは相対的に、本当にどっちでもいい事になってしまう…

 

 昔の僕は、例えば「本気で自分の目標にたどり着きたいのなら、恋愛なんかにうつつをぬかすな」というような体育会系の言葉を、真剣に信じていたような所がありました。

 

 でも、肉体に負荷が掛かるアスリートでもない限り、自分の器を大きくしていけば、将来の目標と恋愛は、両立させる事だってできるはずです。

 

 もちろん、器が小さいままの状態の時は、恋愛にうつつを抜かしたりすれば、自分の目標は叶わないでしょう。

 低次元の恋愛の情欲に、ただ呑み込まれてしまうだけです。

 

 でも、器がある程度大きく広がっていけば、もう、そういうものに呑み込まれる心配もありません。

 

 僕は、今までずっと、心の中にいる情けなくてふしだらな自分を、さっさと追い出そう追い出そうとして頑張ってきたのですけど、気がつくと、やっぱり、そのて情けなくてふしだらな自分は、相変わらず心の中にいるんですね。

 

 でも、今はそれを恐れる事もありません。

 なぜなら、その衝動に完全に心が占領されてしまう事はないと、良くわかっているから…

 

 今ではもう、相変わらず心に存在する、そんな情けなくてふしだらな自分が、可愛くも思えたりします。

 

 年齢を得て、人生で起こりうる多少の事には、あまり振り回されなくなっても、心の中には今でも、幼い子供の自分がいます。

 

 全体が見えるようになったら、ありのままの自分を受け入れてみる…

 

 自分を受け入れられれば、人の事も受け入れられるようになるし、人様にアドバイスをして、幸せに導くような役割がしたいと思うのなら、少なくとも、自分が幸せになって、その人の事をしっかり受け止めた上でなければならない…

 

 最近、そんな風に思えるようになりました。

 

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過去の時間へのいざない ~北陸への旅<5>「岐阜への帰省」~18.12.12

    2018年12月12日(水)

     

     いよいよ、本格的な冬がやってまいりました。

     これからいよいよ、毎日、こんな風に寒い日が続くのですね。

     今から、春が来るのが、待ち遠しいです(笑)

     

     今日はサロン ド シルフィーユはお休みにして、聖蹟桜ヶ丘に、素敵な先生を訪ねて行ったのですが、まるで、懐かしい過去にタイムスリップしたかのような、とても充実した良い一日でした。

     

     さて、いよいよこの「北陸への旅シリーズ」も、これが最終章です。

     

     福井のホテルで一泊して、駅前にある海鮮問屋福井で「うにいくら丼」を食べて、実家の父へのおみやげの日本酒を買い込むと、特急しらさぎに乗って、一路、生まれ故郷の岐阜へと向かいました。

     

     いつも、岐阜へ帰省する時は、東京から西へ一直線で移動するのですが、こんな風に、福井から逆の方向で移動すると、また別の趣がありますね。

     

     途中、関ケ原という駅があったりして、窓から外を眺めてみると、そこには関ヶ原古戦場という大きな看板が掲げられ、東軍の総大将の徳川家康と西軍の総大将の石田三成の名前が書かれていました。

     

     まあ、西軍の総大将は、本当は毛利輝元なんですけど…     歴史オタクのこだわり…

     (2012/11/8パリブログ 「周りの人に流されない」 参照)

     

     今度、こっちに来た時は、この関ヶ原古戦場も観光したいです。

     

     福井から電車に乗って、約2時間余りで、岐阜駅に到着しました。

     

     

     岐阜駅前にある、金箔で彩られた織田信長像…

     どうしても、スターウォーズのC3POに見えてしまうのですが(笑)

     

     ここから浅野家のお墓に行くには、駅前のタクシー乗り場のタクシーを使えば5分ぐらい、歩くと30分ぐらい掛かるのですが、せっかくなので、過去に幼い頃の自分の過ごした景色を楽しみながら、ゆっくり歩いていく事にしました。

     

     とはいえ、僕が生まれ育った実家はとっくに解体されて、その場所はガレージにされてしまっていますが…

     (2012/4/10パリブログ 「過去からのメッセージ」 参照)

     

     お墓へ向かって歩いていきながら、学校に通っていた時の通学路に立ち寄ってみました。

     

     僕が小学校に通っている時からある、竹ひご屋さんのミッキーマウス(だと思う…)です。

     

     

     つまり、もう確実に30年以上もここに、このミッキーマウスは居続けています。

     色は、何度も塗り直されているようですが…

     

     あと、このミッキーマウスの隣には、ものすごく微妙な感じのドラえもんもあります。

     (2013/5/28パリブログ 「ゆるやかな時の流れの中で」 参照)

     

     街を歩いていると、すっかり古びてしまって、色が褪せてしまった看板なんかが、点々とあったりします。

     

     どんな物であっても、昔と変わらないままの状態で保存するには、常に誰かが手入れしていなければ難しい…

     

     人が住んでいる家は、中に住んでいる人が掃除をしたり手入れをしていますから、長く持ちますが、人が住んでいない家というのは劣化が激しく、時間と共にどんどん古びていきます。

     

     それと同じで、人間の建造物なんて、自然に任せれば、たちどころに風化していってしまいます。

     

     歩く事、30分足らずで、目的の墓所に到着…

     少し時間を掛けて、お墓をきれいに掃除をして、その後、参拝してきました。

     

     お墓に飾る花を買う為に立ち寄ったスーパーマーケットで、思わず見つけた懐かしいもの…

     

     

     ロバのパン!!

     

     僕が幼かった頃は、昔は、本物のロバが車を引いて、おじさんがパンを売っていたんです。

     

     いつしか、車での販売になってしまいましたけど…

     

     今でもかすかに、母親にロバのパンを買ってもらった記憶があります。

     

     ロバのパンの車は、「パン売りのロバさん」という曲を流しながら、ゆっくりと進んでくるので、子供たちはいつもそこに集まってきました。

     

     あの頃は、今みたいに、テレビゲームも、携帯電話もない時代ですから、ただロバがいるだけで、物珍しかったんですね。

     

     懐かしくて思わず、2つも、ロバのパンを買ってしまいました。

     う~ん、なにか微妙にあの頃のパンと形が違うような気もするのですが、美味しいです。

     

     あの頃は、もう40年も前…

     そう考えると、自分がかなり年を取った事を、妙に実感させられました。

     

     とはいえ、年を取って、心が何か変わったかといえば、何も変わっていないような気もします。

     

     年を取る事で、たくさんの経験をする事で、心も広がりができて、多少の事があっても、動じないようになったし、幸せになるにはどうしたらいいかも、分かるようになりました。

     

     とはいえ、だから、大人がえらいという訳でもないし、心の奥の何かを感じとる部分は、どれだけ大人になっても、幼い子供の頃と何も変わらない…

     

     ただ、物事の捉え方が、変わっただけです。

     

     スーパーで手を引かれながら、母親に連れ添って歩いている小さな子供も、すっかりおじさんと呼ばれる年になってしまったこの僕も、そこに関しては、全く同じだと思います。

     

     悲しい事は悲しいし、寂しい事は寂しい…

     もちろん、大人は子供と違って、感情をあまり顔には出しませんし、心のピュアな部分は、照れくさくて隠してしまいますけど…

     

     石川から福井、そして最終目的地の岐阜にこうして到着したのですが、何となく今回の旅は僕にとって、過去の時間へのいざないの旅のようにも思えてきました。

     

     僕らはどこからともなく、この世界にやってきて、どこへという事なくこの世界から消えていく…

     

     でも、僕らが住むこの世界は、僕らが生まれるうんと前から存在するし、僕らが死んでも、ずっとずっと永遠にここにあり続けるでしょう。

     

     地球が滅亡するその日が来るまでは…

     

     だから、この先の人生、死ぬ寸前まで、心だけは純真な子供のままで、この世界が少しでも良くなるように、思いっきりベストを尽くしたいと思います。

     

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永平寺巡り ~北陸への旅<4>「福井県の旅」~18.12.11

2018年12月11日(火)

 

 今日の東京は雨…

 

 日に日に、冬の冷え込みが増している気がします。

 皆さま、お風邪などひかないように、暖かくしてお過ごしください。

 

 さてさて、石川県金沢市の浅野神社を参拝して、ビジネスホテル ナカダに戻った僕は、急いで旅支度をして、次の目的地である福井へと向かいました。

 

 これから、四柱推命講座の受講生でもあるKさんが勧めてくれた永平寺というお寺へ向かいます。

 

 悲しいかな、仏閣の事をあまり知らない僕には、永平寺というと「行く年くる年」の除夜の鐘のイメージしか、浮かんでこないのですが…

 

 金沢から福井まで、JR特急サンダーバードで、40分ぐらいで着いてしまいます。

 

 そして、無事に福井に到着…

 この駅には、生まれて初めて下車します。

 

 よくよく思い起こすと、僕が福井県に足を踏み入れるのは、初めてのような気がします。

 隣接した県の岐阜県に生まれながら、どういう訳か、この県には、まだ足を踏み入れた事がありませんでした。

 お隣の滋賀県や石川県、京都府は何度も行っているのですが…

 

 早速、福井駅の改札を出ると、衝撃的なものが…

 

 

 これ、恐竜ですよね…

 恐竜がベンチに掛けています。

 

 駅の外に出てみると、でっかい恐竜がいました!!

 

 

 なぜ福井に恐竜のオブジェが飾られるかというと、福井県にある手取郡層から、多くの恐竜の骨が出土しているからだそうです。

 

 とはいえ、それは平成になってからの事で、県が積極的に恐竜の化石の発掘作業を行っている成果です。

 

 それにしても… という感じですが、まあ、僕の生まれ故郷の岐阜では、金ピカの織田信長が何の意味もなく岐阜駅前に飾られていますし、こういうのもアリだと思います(笑)

 

 ここから、えちぜん鉄道を使って、永平寺口に行き、さらにそこからバスに乗って、永平寺へと向かいます。

 

 えちぜん鉄道の発車時刻まで、まだ少し時間があるようです。

 

 そこで、電車を待っている間、スマホからネットを調べて、ちゃんと、福井で今夜宿泊するホテルを予約しておく事にしました。

 

 今回、金沢では運よく最高に条件の良いホテルを、行き当たりばったりで見つけましたが、いつもこんなにうまく行くとは限りませんし、もし万一の事があれば、この寒い冬に駅のベンチで野宿です。

 

 でも、いざ電話をしてみると、中々良い条件のホテルはなくて、仕方なく、僕としては、少し値段が高いと思うホテルで妥協しました。

 

 今朝泊まったビジネスホテル ナカダに巡り合えたのは、すごい奇跡だったのだ… と、身をもって知りました。

 改めて、感謝です。

 

 えちぜん鉄道の電車とバスを乗り継いで、永平寺門前へ到着…

 

 道沿いには、永平寺を開山した道元禅師の句の石碑がありました。

 

 

 守るとも 思わずながら 小山田の いたずらならぬ かかしなりけり

 

 山田の中のかかしなんて、本当にカラスから畑を守っているとは思えないが、とはいえ、意味もなくそこに立っている訳ではない。

 

 我々も、このかかしと同じで、何となく過ぎていく平凡な一日が、もっと深い所では、実はものすごく意味を持っていたりする…

 

 道元禅師らしい、実に味のある句です。

 

 

 そして、ついに永平寺に到着!!

 

 バスの関係で、拝観時間の30分前に到着してしまったのですが、じっと外で待っていたら、案内の人に声を掛けて頂いて、特別に少し早めに中に入れて頂ける事になりました。

 

 

 永平寺の拝観料は、たった500円…

 

 先ずは、吉祥閣から入って、お寺全体を回る事ができます。

 

 

 中は、ものすごく広いです。

 

 これだけ広いと、普通なら迷子になってしまいますが、参拝経路と参拝帰路が矢印で示されている看板が随所にあるので、その心配はありません。

 

 

 ものすごく広い法堂…

 

 まるで、学校の体育館なみです。

 

 

 きれいに拭き清められた廊下…

 

 修行僧の人達が、ここを雑巾がけしている様子が、脳裏に浮かんできます。

 

 

 見事なまでの仏殿に圧巻…

 自然と思わず、手を合わせてしまいました。

 

 

 外を見ると、見事な山門がそこにありました。

 なんともいえない美しい世界です。

 

 

 そしてこれは鐘楼堂…

 

 あの大みそかの紅白歌合戦の後の「行く年くる年」で、毎年映し出されている、あの除夜の鐘です。

 

 ついに、本物を見ました!!

 

 

 こちらは、舎利殿…

 この風情が、たまらないです。

 

 僕は今まで、神社はかなり好きだったものの、あまり仏閣には興味がありませんでした。

 

 でも、こうして永平寺を巡ってみて、仏閣というのも、また、いいものだなあ… と思えてきました。

 

 そもそも、日本を神仏習合の国ですから、僕の祖父が、先ず神棚にお参りして、それから仏壇に手を合わせていたように、両方拝んだって構わないと思うし、むしろ、それがこの国らしさのようにも思えてきます。

 

 僕も、若い頃は、そういう抹香臭い事が大嫌いだったのですが、今この年になってみると、神社とか仏閣を巡ると、なんか妙に心が落ち着くんですね。

 

 当然ながら、そこに神様とか仏様に何かをおねだりしようなんて気持ちはないし、もちろん若い人達に、そんな年寄りくさい趣味を勧めるつもりも、毛頭ありませんが…

 

 さて、これから生まれ故郷の岐阜に帰って、実家で素敵なお客様をお出迎えして、その後、お墓参りをしつつ、生まれ育った町を久しぶりに巡ってみたいと思います。

 

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