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未来は無限の可能性があるのに、過去の苦い経験だけが人を臆病にさせる18.09.30

2018年9月30日(日)

 

 いよいよ、9月も今日で終わり…

 

 台風24号が、日本に上陸して、嫌味なくらいに、ピンポイントで日本列島の真上を通過しています。

 このブログを書いている最中も、窓の外は、ものすごい風の音がビュービューとなっています。

 

 今年は、なぜこうも台風が日本を直撃するのだろうと、ため息が出そうになりますが、とにもかくにも、台風が近くにやってきた時には、くれぐれも気を引き締めて、安全最優先で行動してください

 

 僕も8月半ばぐらいから、本当に身辺がゴチャゴチャしていたのですが、やっと少しずつ落ち着きつつあります。

 今は、今度の10月6日から、朝日カルチャーセンター・立川で行う「かんたんタロット占い 小アルカナ56枚を読み解く」の準備に、全力を傾けています。

 

 前回のブログでは、「人生というのは、苦しい事や辛い事を乗り越える事こそ人生の醍醐味だし、それがあるから人生は豊かになる」などと、ちょっぴり格好つけて書いてみたのですが、とはいえ、辛かった事とか、うまく行かなかったりした過去の苦い経験が、人生に悪影響を与えてしまう事だって、あるでしょう。

 

 時に、そういう自分にとって思わしくない経験は、恐れという感情を引き起こして、人を臆病にして、何事に対しても消極的にさせてしまいます。

 

 もちろん、恐れの感情が、全て悪い働きをする訳ではなく、恐れる事により、人は自重して、慎重に行動できるようにもなるし、その結果、失敗を回避する事もできます。

 

 だから、時には強力な武器となる事もあります。

 

 僕が尊敬している徳川家康は、知れば知るほどに、いつも恐れという感情につき動かされて、行動をしていたような人だと思うのですが、結果的に、群雄割拠の戦国時代を制して、天下を取ってしまいました。

 

 まあ、あの人は、いろいろと恐れながらも、時々、開き直りとしか思えないような大胆な行動ができた人なので、特別なケースと言えるでしょう。

 

 ただし、恐れというものは、悪く作用すれば、ただ不快な感情を呼び込むだけではなく、人の持っている本来の行動力や発展性さえも奪ってしまいます。

 

 恐れる事によって、その恐れている内容を、現実的に引き寄せてしまう事もあるし、その恐れの感情や、過去の嫌な記憶から抜けだす為に、まるで、しいられたように、不合理な行動を取らなくてはいけなくなるような事もあります。

 強迫性障害(OCD)などは、まさにそれが極端になった事例でしょう。

 

 例えば、結婚で失敗をした事がある人は、また、次も同じような事が起こるのではないかと、結婚そのものに臆病になってしまうという事は、よく聞く話です。

 

 不思議な事に、結婚でうまく行かない人の多くは、子供時代に、両親が仲が悪くて、喧嘩ばかりしていたとか、そういう辛い思い出を持っている事も多いものです。

 

 子供時代の不仲な両親を見ていて、「結婚とは、不幸なものだ」という思い込みや恐れに、支配されてしまうのかも知れません。

 

 また、子供時代に、母親から虐待を受けたり、冷たい仕打ちをされたりして、愛情を感じる事ができなかった女性は、子育てに対して、非常に不安を抱えやすいと言います。

 

 自分が母親にされた事と同じ事を、我が子に繰り返してしまうのではないかと恐れる事もあれば、本当に、親から自分にされた仕打ちを、そのまま自分が我が子にやってしまっているというケースもあります。

 

 また、その恐れが、子供を愛せない事に悩み苦しんだり、育児ノイローゼになる事もあれば、その不安が、潜在的な不妊の要因になっていたりする事もあると言います。

 

 もっと日常的な出来事で言えば、例えば、何かに挑戦して、一生懸命頑張ったのにもかかわらず、結果が思わしくない形になってしまった時、また、同じ事にもう一度、挑戦しようとするのは、非常に勇気がいります。

 

 若い時なら、「一度失敗したら、その悔しさをバネにして、もう一回挑戦する」みたいな事もあるかも知れません。

 でも、その失敗が二回目ともなれば、かなり打ちのめされますし、さらに、三回目ともなれば、ほとんどの人は、心をくじかれてしまうでしょう。

 

 もちろん、たいして真剣に取り組んでいない事であったなら、この限りではありませんが、自分がその目標に全身全霊で取り組んでいて、しかも最後の最後のもう少しの所でくつがえされて、うまく行かなかったような場合には、どんなに強い人でも、ポキッと心が折れるものです。

 

 それが、些細なミスによるものだったり、ましてや自分以外の人が原因になって、そうなった場合には、なおさらです。

 

 つまらない事例でお恥ずかしいのですが、僕が6年前パリで、ブログの更新に3度も失敗して、その度に、一生懸命作った全ての文章が消えてしまった時には、完全に心が折れました。

(2014/10/23パリブログ 「今ならあの時の失敗が話せる」 参照)

 

 まあ、今振り返れば、ブログを始めて3回目の記事で、あんなおバカな記事を書くのは、いろいろな意味で、やめておいて正解だったと思うし、あれは何かに守られて、更新できなかったのではないかとさえ思えるのですが(笑)

 

 まあ、こんな風に、中には無理してリベンジしなくたって良い事だってあります。

 

 失敗した事を、再度挑戦するのは、すごく気が重いのもわかるし、「また、失敗したらどうしよう」という気持ちになるのもわかりますが、冷静に考えれば、別に、また次も失敗するとは限りません。

 

 普通に考えたなら、一回挑戦して、経験をしている分、次は失敗をしにくくなるというのが道理です。

 

 それでも、何度も繰り返して失敗しているとしたら、そこには何かしらの原因がある訳で、よっぽど不可能な事を挑戦しているのでもない限り、その原因を特定して、そこの部分を改善すれば、次こそ成功する確率はうんと上がるはずです。

 

 とはいえ、失敗する事を過度に恐れてしまうの最大の原因は、多分、物事を「成功」と「失敗」という結果だけで、全てを二元的に考えてしまう所に、あるのではないかという気がするんですね。

 

 そこに至る努力のプロセスの中にこそ、大切な学びがあるのであって、そういったものを結果だけで相対的に決めつけて、それ以外の全てを否定してしまうのは、本当にばかげていますし、少し前、ワールドカップのトーナメント戦を見た後に書いたブログでは、そんな事を熱く語ってしまいました。

(2018/7/3ブログ 「負け方が良ければ、必ず未来は開ける」 参照)

 

 まあ、そうは言った所で、誰だって、失敗するよりは成功した方が良いと思うのが人情ですし、当たり前な事です。

 

 だからこそ、物事の結果を恐れるし、つい臆病になって二の足を踏んでしまう気持ちも、すごく良く分かります。

 

 おそらく、過去世というものの影響だって、あるんじゃないかなあ… という気がしますね。

 

 僕は高所恐怖症で、とにかく高い所が怖くて怖くてしょうがないのですが、多分、過去世で高い所から落ちているか、飛び降り自殺をしているような気がします(笑)

 もちろん、これは単なる想像ですが…

 

 サイキックの人が、いろいろな人の過去世を見てみると、どういう訳か、その人が現在行き詰まっている問題とそっくりなシチュエーションの過去世というのがあって、それが何度も繰り返されていると言います。

 

 例えば、兄弟で比較をされて、親に見捨てられたという前世を持っていたなら、今の現実の人生も、やっぱり同じようなシチュエーションになってしまうという感じです。

 

 これ、何となくわかる気がします。

 一つの連続した人生であっても、こんな風に皮肉な感じに、似たようなシチュエーションが何度も繰り返されたりしますから…

 

 前世も今世も共通しているのは、親に対してとても恨んでいたり、強烈な悲しみの感情を持っている事で、このネガティブな思いが要因になって、人生上で、何度も同じような事が繰り返されてしまう…

 

 そのリフレーンを止めるには、自分自身がその感情から解放されて、そんな状況であっても、自分で自分の事を幸せにできるかどうかに掛かっている、という事なのかも知れません。

 

 もしも、自分が不幸な状態にいるのを、全て他人のせいにして、恨みの気持ちから抜け出せなかったなら、永遠にそこから抜け出る事はできない気がします。

 

 結局の所、大切なのは、目の前に繰り広げられる現実以上に、自分の心の持ち方にあるのかも知れません。

 

 心の持ち方が変われば、例え、目の前の現実が何一つ変わらなくて、同じ状況に置かれていたとしても、感じ方は、まるで天国と地獄です。

 

 そして、結果的に、その心の状態が現実に反映されるので、その後の人生には、天と地ほどの開きが出るでしょう。

 

 だからこそ、過去の辛い記憶に、必要以上に振り回される事はありません。

 

 もちろん、これは感情の問題ですから、無理やり自分に言い聞かせるのではなくて、あくまでも自分の無理のない範囲で取り組んでいく事が大切ですが…

 

 未来は無限の可能性があるのに、過去の苦い経験だけが人を臆病にさせる…

 

 この先につながっている未来は、例え紆余曲折はあっても、最終的には間違いなく、全ての人が本物の幸せにたどり着く為に、存在しているはずです。

 

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