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何ができ上がるかなんて、その時は分からない18.04.02

2018年4月2日(月)

 

 気がつけば、4月になってしまいました。

 学校や会社では、いよいよ新年度…

 

 僕も最近は、ブログの毎日更新をやめて、その分、ホームページの直しや、講座の準備に時間を掛けています。

 正直、やる事が多すぎて、あっという間に時間が過ぎていきます。

 

 僕のホームページも、タロットカードが間違っていたり、段落がぐちゃぐちゃだったり、リンクが切れていたりバクっていたりで、最初は本当 悲惨な状態でしたが、今、やっと少しずつ、まともな状態に戻りつつあります。

 

 今回、リニューアルした事によって消えてしまったページのかなりの量を、自分で作り直しましたが、完全な移行までには、もう少し、時間が掛かりそうです。

 

 それにしても、思わぬ所で、我流ながらも自分のパソコンのスキルが役に立ちました。
 全く、何が幸いするか、わからないものです。

 

 ホームページの事はさておき、僕は、本当に周りの人に恵まれていて、いつも、助けられているのを感じます。

 

 何かピンチな事が起こったり、困ったなあ… と思う事があると、必ずそばにいる優しい人が助けてくれるといった感じで、どれだけ感謝してもしたらないほどです。

 

 もしも、それがなかったら、絶対にここまで来られなかったと思います。

 

 自分で言うのもなんですが、僕は、運だけは、ものすごく強いと思うのですが、それ以外、大した才能がある訳ではないですし、仕事の要領がいい訳でもないですし…

 

 たまたま自分の得意な占いというジャンルが活かされただけで、本当、人に助けてもらっていなかったら、間違いなく、今の自分はないですね。

 

 パリに行った時もそうでしたけど、本当、行き当たりばったりの人生でした。

 

 でも、思うに、未来において、計画を立てて、その計画通りに物事が全てすんなり進んでいくという事は、滅多にはないような気がします。

 

 もちろん、小さな計画だったら、そういう事もあるかも知れないですけれど、ビジョンが大きくなればなるほど、ましてや、一生モノのビジョンだったりしたら、まずは計画通りには行きません。

 

 その原因は、自分にあるという事もあれば、自分以外の人が原因の場合もあるでしょう。

 

 まあ、多くの場合、割合こそ違えども、自分にも他者にも何らかの要因があるものですが…

 

 計画通りに物事が運ばない… というのは、確かにストレスを感じるものですし、そんな時は、ついついその原因を作った誰かの事を、責めてしまいがちです。

 

 逆に、真面目な人は、その計画にのった自分自身を責めて、ずっと後悔をし続けるような事もあるでしょう。

 

 でも、僕はむしろ、「計画通りに行かない事は、当たり前だ」と考えるようにしています。

 

 計画通りに行かない事は、悪い事でも何でもないですし、必ずしも、「計画通りに行かない=失敗」とは、限らないですから…

 

 むしろ、その計画通りに行っていない所を、リカバリする事に、人生の醍醐味があるような気もします。

 

 身近な所で言えば、料理や日曜大工なんかも、そうだと思うし、芸術作品なんかは、まさにその典型だと思います。

 

 僕の場合でしたら、ちょうどこのブログやメルマガなんかが、そうなのですが、例えば、メルマガやブログを書いていて、最初に書こうした文章の内容と、出来上がった文章の内容が、まるで違ってしまうという事が、よくあります。

 

 これが、本の執筆ともなると、その傾向は顕著で、自分が想像していた本のイメージと、実際に出来上がった本は、完全に全くの別物ですね。

 

 もちろん、結果が、計画とは違って、残念なものになってしまう事もありますけど、中には、計画していたものよりも、うんと素晴らしい作品になる事だってあります。

 

 自分一人で作る作品でもそうなのですから、人とコラボしたり、協力したりして作り上げるプロジェクトや、例えば、会社を立ち上げるなんてなったら、なおさら、もう思い通りになんて行きません。

 

 もちろん、あまりにも計画と外れてしまって、維持するだけで負債がはなはだしい時には、途中で見切って断念する事も、一つの大切な選択であるとは思いますけど、ただ、出来上がったものが自分の思惑とは違う… というだけの理由で、途中でやめてしまうのは、もったいない話だと思うんですね。

 

 自分の計画や思惑通りに行かないのは、当たり前なのですから…

 

 僕が思うに、どんな作品でもプロジェクトでも、一生懸命にそれに取り組んでいると、途中から、自分の意思とは違う不思議な力が味方してくれるように思うんです。

 

 だから案外、その作品を全て自分で作っているようで、実はそうではなかったりするし、僕はむしろ、作らされているようすら、感じる事があります。

 

 ちょうど、「四柱推命完全マニュアル」と「タロット占い完全マニュアル」の2冊の本の原稿を書いていた時が、そうでした。

 

 あの本の原稿は、まぎれもなく全部、自分で書いていますが、出来上がったものを読み直してみると、到底、自分の力だけで、あれを書き上げられたと思えないと言いますか…

 

 今、もう一度、あれと同じような原稿を書けと言われても、もう、できないと思います。

 

 どちらの本も、書く前には当然、構想やビジョンは練っていますが、出来上がった本の内容は、最初に計画していたものとは、まるで別物です。

 

 僕の場合は、最初に計画していたものよりも、うんと素晴らしいものになったのですが…

 

 思うに、人生において、計画を立てる事は大切ですけど、もしも途中で計画通りに行かなくなった時には、行き当たりばったり覚悟で、冒険をしてみるのもありだと思うんです。

 

 そんな時も、無心になって、一生懸命額に汗をかきながら、真剣に取り組んでいれば、ふと湧いてきた良いアイデアや、誰かからの助けによって、窮地を乗り切る事が出来たりもします。

 

 結局、何ができ上がるかなんて、その時には分からない…

 

 だから、人生は面白いし、時には、ちょっぴり不安になりながら、どんなものが出来上がるのかを、全て天に委ねてみるのも、また一興のようにも思います。

 

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ただ、この今を淡々と生きる18.03.27

2018年3月27日(火)

 

 外はすっかりと、春らしくなりました。

 

 今日、3月27日は、村野大衡先生の誕生日なのですが、毎年、このくらいになると、すっかり冬の寒さも影をひそめて、さわやかに吹く風が気持ちいいです(^^)

 

 今年は、例年以上に花粉が飛びかっているという情報を聞いて、僕は、花粉症ではなかったのですが、今後、花粉症にならない為にも、用心の為に、外出する時はマスクをして出掛けようと、中野坂上のスーパーライフでマスクを買い込みました。

 

 

 これをつけていれば、もう花粉症に掛かる事はないだろう… と、自信満々でいたのですが、たまたま昨日、お花見に行った時、マスクをつけるのを忘れてしまいました。

 

 昨日の夕方あたりから、くしゃみや鼻水が出たり、喉か痛かったり、目がかゆかったりと、体の調子が悪くなって、最初は、昼にワインを飲み過ぎたからかなあ… とか、また風邪ひいちゃったのかなあ… と思っていたのですが、今現在も、その症状が続いております。

 

 もしかすると、もしかすると… 花粉症デビューをしてしまったかもしれません(涙)

 

 いや、数日中に症状がおさまる可能性もあるので、花粉症デビューというのは、まだ、確定という訳ではないと思うのですが…

 

 それにしても「花粉症になりたくない」と、意識をした直後にこうなるとは…

 

 本当、人生というものは、皮肉なものです(笑)

 

 ここの所、自分のホームページを手直しする為に、ずっとコンピューターの画面とにらめっこしていたのですが、昨日は久しぶりに、外に出て息抜きをしました。

 

 作業をしている時は気づかなかったのですが、大自然の中で背伸びしてみると、肩や背中が、ガチガチになっていたのが分かりました。

 

 でも、ホームページの手直しの作業をする時は、この前の反省点も含めて、淡々と無心でやっています。

 

 愚痴が出そうになった時、カウンターパンチで「こんな素敵なホームページを持っている人なんて、滅多にいないぞ。それを自分で好きなように改良できるなんて、なんて幸せなんだ」と自分に言い聞かせると、自然に、感謝の気持ちがわいてきます。

 

 確かに本当の所、どれだけ感謝してもしたらないくらいに恵まれているのに、愚痴が出ている時というのは、それを、ただ、忘れてしまっているに過ぎないんですね。

 

 その事に気づくと、もう愚痴は出てこなくなるから、ちゃんと仕事に集中できる様になるし、そういう時は、体は疲れていても、作業が楽しくなってきます。

 

 まるで、何かのスポーツ競技をやっているような感覚でしょうか…

 体は、それなりに疲れているのに、何とも言えない開放感を感じるような感じです。

 

 そして、ある程度作業が進んだ時に、そこには、仕事をやり遂げたという達成感も生まれてきます。

 

 本当、ありがたい事です。

 

 でもこの事は、仕事だけに限らず、何でもそうなのかも知れません。

 

 目前の事を、ただ淡々と虚心坦懐に行う… もっと言えば、ただ、この今を淡々と生きる…

 

 よく、禅なんかで言われる言葉ですが、このコツをつかめたなら、人生は、本当に安らかなものになります。

 

 その場その場で、本来、自分が取るべき行動も、自然と分かるようになるし、無駄に多かった人間関係のトラブルからも解放されて、物事がスムーズにいくようになります。

 

 よく、幸せというのは、自分の願い事が叶う事によって得られるものだと、考えられがちです。

 

 確かに、そういう面もあるとは思うのですが、そうやって自分の願いが叶った事によって得られた幸せは、その事が、当たり前に思えてしまった時点で、終わってしまいます。

 

 僕も、40歳の時に、これまでの長いお勤め人生が終わって、パリに旅立った時には、まるで天国に上ったように絶頂の幸福感に満たされました。日本に戻ってきた時もずっと、自分の生活があまりに自由な事に、毎日が幸せの真っ只中だったのを覚えています。

 

 でも、それがやがて、当たり前に感じるようになってしまった時には、普通になってしまいました。

 

 逆に言うと、あの幸せは、それまでの辛かったお勤めの下積み人生があったからこそ、感じられたとも言えます。

 

 自分の願いを叶える事によって、確かに、一時的に幸せになる事はできたとしても、その幸せが当たり前の事に感じるようになってしまったら、幸せはそこで終わってしまうんですね。

 

 例えばそれが、念願だった自分のなりたい職業につけたとしても、理想の異性と結婚できたとしても、憧れのマイホームを持てたとしても、そこの部分は、同じなのかも知れません。

 

 もちろん、自分の決めた目標に向かって頑張る事は、とても良い事だと思うし、そこを否定する気は、全くありません。

 

 でも、「これさえ手に入れれば、人生は変わるんだ」と、その願いが叶った後の人生に過剰に期待してみても、もしも、自分自身の考え方や価値観が変わらなければ、願いが叶った事で得られる幸福感は、一時的なものに終わってしまうでしょう。

 

 僕も、パリに旅立ったのを機に、やりたかった占い師という仕事で、オフィスを持って自立できたり、目標だった本を出版できたり、結婚をしたり、まあ、マイホームに関しては、もう少し先の話だと思いますが… 確かに、夢は次々と叶っています。

 

 それでも、毎日の日常生活が劇的に変わったのかと言えば、そういう訳でもなくて、以前と何も変わらない平凡な毎日です。

 

 でも、この淡々と過ごす、さりげない毎日の中にこそ、極上の幸せがあるという事を、やっと少し感じられるようになりました。

 

 それは、目の前で起こる事によって一喜一憂するような、軽い幸せではなくて、多少の事が起こっても揺るいだりしないような、本物の幸せとでも言ったら良いでしょうか…

 

 この幸せは、例え今の自分の状況が思わしくないものであっても、究極的には、自分の思い次第で、感じる事ができるものです。

 

 もちろん劣悪な状況でいるよりも、ある程度幸せな生活環境でいる方が、それを感じやすいのは確かですし、その為にも、自分が置かれた生活環境を幸せにする事も、大切です。

 

 その上で、この淡々とした、さりげない幸せを味わってみるのも、また人生の醍醐味です。

 

 ただ、この今を淡々と生きる…

 

 僕も偉そうな事を言えるほど、分かっている訳ではありませんし、こういうものは、そう簡単に悟れるようなものでもありませんが、その簡単にいかないのを楽しみながら、ありのままに今を生きられたらな… と思っています。

 

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目先の努力は、自分を顧みながら…18.03.23

2018年3月23日(金)

 

 一昨日の春分の日は、異様に寒かったのですが、今日はうって変わって、春らしくて気持ちが良い陽気になりました。

 

 僕もすっかり、あの寒さでは、お花見の時期もさぞ遅くなるだろうと、思い込んでいたのですが、なんと、今年はいつもよりも一週間余り早く桜の見ごろが来るとの事…

 

 予想外の早い春の到来に、心がワクワクしてきました。

 

 一昨日のブログを読み直してみたのですが、ホームページの手直しで頭がいっぱいいっぱいになっていたのと、次の予定が迫って、時間に追われていた事もあって、何が言いたいのかよくわからない文章になっています(笑)

 

 「頑張りすぎている時は危うい」とか言っても、あれでは何が危ういのか、よくわからないし、だいたい普通に考えて、頑張る事自体悪い事ではありません。

 

 もちろん、精神的に追い詰められている状態で、無理やりに自分を追い込んで頑張るのは やりすぎですし、危険ですが、当然ながら、前回のブログの趣旨は、そういったものではありません。

 

 一言でいうなら、目先の事に、なりふり構わず取り組むのはいいのですが、その時の心の状態が良くないと、ちょっと危ういですよ… みたいな事を言いたかったのですが…

 

 僕の一昨日の反省点で言えば、「何でお金を払って依頼したはずの仕事を、自分でやらなければいけないんだ…」 みたいな愚痴をこぼしながら、ずっとホームページの改良作業をしていたのですね。

 

 これは、本当に良くない事です。  反省…

 

 厳しく言えば、頑張ってはいるけれど、作業に完全に集中できていないから、こういう愚痴が出てくるのかも知れません。

 

 逆に「これを完成させて、たっぷりお金を稼いでやろう」とか「一躍有名になって、称賛を浴びよう」とか、目をギラギラさせながら頑張るのも、動機は不純ですが、人間らしくていいと思うし、努力する事を放棄して、何もやろうとしない人よりもいいでしょう。

 

 目の前の事に本当に集中できていたら、こういう雑念は消えてなくなりますから…

 

 だから、もし仮に努力をしようと思った最初の目的が、お金目当てであっても、人から注目される事が目当てであっても、そういう気持ちが出てこないくらいに集中して頑張る事ができたなら、それはそれで、とても素晴らしい事だと思います。

 

 ただ、それと同時に、「自分の性質を、少しでも善なるものに近づけよう」という努力の方も、せっかく、この世に生まれてきたのだから、忘れてはいけないな… という事が、一昨日のブログでは、つけ加えて書きたかったのです。

 

 もちろん、聖人君子を目指して、常に自分を律するべきだ… と言いたい訳ではありません。

 

 そんなものを目指して、小さく自分の殻に縮こもってしまうよりも、欠点は持ちながらも、何か大きな事を成し遂げられるぐらいの人の方が、はるかに頼もしいと思います。

 

 とはいえ、それでも、心の状態があまりにもネガティブな感情に満たされて、その勢いで頑張りすぎている時は、いろいろな問題を発生させる事があります。

 

 自分一人の問題で済むのなら、まだいいのですが、それによって周りの人を傷つけたり、負の感情の連鎖のスパイラルを生み出すリスクもありますから、ほどほどでいいので、やっぱり人格も高めていった方がいいと思うんですね。

 

 それに、一昨日僕がやっていた程度の単純作業でしたら、どんな心持ちでやっていても、大して成果は変わらないと思うのですが、目標がそこそこ大きなものであればあるほど、心の持ち方が、その結果に反映される事になります。

 

だから、本当に大きな事を成し遂げようとするのであれば、この部分は、やはり避けて通れないような気がするのですね。

 

 そういうものは、自分の努力だけでなく、天からの恩恵がなくては完成しないし、中には例外はありますけど、そういう恩恵は、基本的に、善なる性質を持っている人の方が受けやすいのは確かです。

 

 目先の努力をしつつも、自分の心の持ち方をただ放置するのではなく、時には、顧みながら反省しつつ過ごす…

 

 まあ、一度や二度反省した所で、自分の性質なんてそんなに簡単に改められるのものでもありませんが、それでも、それを繰り返していれば、いつしか変わっているものですし、自分自身、過去の自分を思い起こすと、随分と丸くなったなあ… なんて懐かしくなったりします。

 

 もちろん、性格が丸くなればいいというものでもありませんが、ふと気がつけば、周りにに感謝している自分がいるし、少なくとも、本当に幸せを感じられる人生になったという事だけは、今まさしく実感しています。

 

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頑張りすぎている時は危うい18.03.21

2018年3月21日(木)

 

 今日は、春分の日なのに、異様に寒くて、東京では雪が降っていました。

 

 ちょっとシュールな気分で雪の降るお彼岸の東京の街を、ダウンジャケットを着こんで傘を差しながら、歩いていました。

 

 この分だと、お花見の時期も少し遅くなりそうです。

 

 ここの所、ずっと、鑑定が入っていない時は、ホームページの直しに時間を割いています。

 

 少しずつ、ワードプレスの扱い方もわかってきて、だいぶ直したのですが、予想以上に不具合な所が多すぎて、まだまだ、お見苦しい点がいっぱいあると思います。

 

 どのページが、どんな風におかしな具合になっているかは、全部わかっているのですが…

 

 とはいえ、業者がやってくれていない旧ホームページの作成を優先したいし、当然、ホームページ以外にも、やる事は山ほどありますから、これは、時間との戦いですね。

 

 今、僕がやっている作業は、普通の人からしたら、かなり、気が遠くなるような作業だと思います。

 

 例えるなら、梱包の時に使うプチプチシートを、順につぶしているような感じでしょうか。

 

 う~ん、プチプチシートよりは少し複雑で、気を抜いて間違ったものをつぶしてしまうと、取り返しのつかない事になるという…

 

 こういう単純作業をしていると、いろんな事を考えてしまいますね。

 

 逆に、何も考えないでボーッと作業をしていると、眠くなってしまいますから。

 

 意外と「なんで、こんな作業やらなきゃいけないんだ」みたいに、少し腹を立てているくらいの方が、自分の中で気持ちが盛り上がって、作業がすすみます。

 

 ネガティブな感情も、使いようによっては役に立ちますし、大きな事を成し遂げた人の多くは、そのネガティブなエネルギーをうまく活用する事ができた人とも言えます。

 

 (2013/6/23 パリ・ブログ 「偉人達の隠された葛藤の日々」 参照)

 

 ただ、やっぱり体の疲れ方は半端ないですね(^^;;

 

 ネガティブな感情は、最初の起爆剤としてはいいのですが、その気持ちだけで乗り切ろうとしても長くは持ちません。

 

 それに、こういう時というのは、何か大切な事を見失っている可能性が高いです。

 

 感情の勢いのまま突っ走れば、確かに仕事は進むかもしれませんが、攻撃的な気持ちになって、自らトラブルを作り出すような事をしたり、冷静さを欠いて、全てを水の泡にしかねないような危うさがあります。

 

頑張りすぎている時は危うい…

 

こういう時は、少し仕事の手を止めて、息抜きをして、周りに対する感謝の気持ちを思い出して…

 

 少し落ち着いたら、また、作業を再開する事にします(^^)

 

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