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過去の人生における「瞬間のIf」は、存在しない18.08.19

2018年8月19日(日)

 

 お盆も過ぎて、「酷暑」という表現がふさわしかった、この夏の暑さもおさまり、少しずつ過ごしやすくなってきました。

 

 いつも毎年、「今年の夏こそは、海に行って泳ぐぞ」と誓いを立てるのですが、今年も、それが叶えられないまま、終わってしまいそうです。

 

 もう、20年以上、夏が来るたびに、そんな事を言っていますね。

 

 大して難しい事でもなさそうなのに、どういう訳か、毎年、予定が思うように合わなかったり、行こうと思っていた日の天候が悪くなったりして、結局、断念するという…

 

 よっぽど、海と相性が悪いのかも知れません(笑)

 

 でも、夏の時期に、海には行けていないのですが、2015年の12月に、S君夫妻とサイパンの海に入っているので、考えてみれば、20年間、全く海に入っていないという訳でも、ないんですね。

 

 あのサイパンの旅から、もう3年が経ちます。( 「サイパン・ブログ」 参照)

 

 本当に早いものです。

 

 ここ最近、かなり身の回りの環境が変化していて、時間に追われながら、あわただしく動きまわっています。

 

 昔の僕は、過去のある瞬間を振り返って、「あの時、ああしていたら、良かったのに…」などと、後悔にふける事が多かったんです。

 

 まあ、ああいうのは、暇だからできる事であって、こんな風に忙しいと、正直、そんな事を考えている時間もありませんね。

 

 それに、例え過去のその時に「こうすれば良かった」と思う事ができたとしても、どの道、最後は、今と同じような結果に導かれてしまうんじゃないかな… って、最近では、思うようになったんです。

 

 だから、そんな風に過去の事を後悔してみても、あんまり意味がないし、時間の無駄だから、今では、やらなくなりました(笑)

 

 とはいえ、もちろん僕は、「人生の筋書きなんて、全部決まっている」といった宿命論を信じている訳ではありません。

 

 それでも、たった一人の人間のたった一度の気まぐれな決断で、全体の未来が大きく変わってしまうほど、我々の生きているこの世界は、ヤワではないとも思うんです。

 

 たいがい、こういう後悔をする時のパターンというのは、何かのトラブルに巻き込まれた時とか、今までうまく行っていた人間関係がうまく行かなくなってしまった時なんかが、多いですね。

 

 そのトラブルが起きるきっかけになった自分の選択や、人間関係がうまく行かなくなる原因を作った自分の言動に対して、悶々と後悔して、食欲も無くして、ふさぎこんだりするアレです(笑)

 

 誰でも、こういう経験は、一度や二度はあるのではないでしょうか。

 

 その選択や言動というのは、自分では、その瞬間に何気なくしたつもりでも、よくよく考えると、自分の心の中には、そこにたどり着く為の伏線や道筋が、しっかりとできていたりするものです。

 

 だから、仮にその時に別の選択をして、一時的に難を逃れたとしても、結局はまた、同じシチュエーションがやってきて、遅かれ早かれ、やっぱり同じような結果に導かれてしまうような気がするんですね。

 

 トラブルが起こったり、人間関係が崩れるのは、先延ばしになったとしても、自分の心の中に、その選択にたどり着いた導線の「芽」が残っている限りは、やっぱり、同じような事になってしまう…

 

 ちょっと、究極な例ですけど、墜落した飛行機に乗っていた人が、チェックインの前に「飛行機を変える」という選択をしたなら、理屈の上では、その人の運命は全く別のものになるはずです。

 

 でも、普通は、そんな選択はしません。

 もし仮に、その過去の時点にタイムトリップして戻れたとしても、その時には、飛行機は墜落していなかった訳ですから、結局、同じ選択をしてしまうはずです。

 

 だから、急にチェックインの前で飛行機を変えたりして、命拾いした人というのは、やっぱり最初から、守られていたと思うんです。

 時間軸を超えた、何か不思議なエネルギーに…

(2014/9/16ブログ 「目の前に起こる事は、偶然のようで偶然ではない」 参照)

 

 では、結局、我々には、未来の運命を変えるすべはないのか… と言ったら、もちろん、そんな事はないでしょう。

 

 とはいえ、本当に運命を変えようと思ったら、目の前にある選択といった表面的な所ではなく、もっと深い部分を見ていかなければ、ならないでしょう。

 

 例えば、何かをやらかしてしまって、職場をリストラされてしまったとします。

 

 その時に、「あんな事を、やらかさなければ良かった」というふうに、その一瞬の決断を後悔してみても、あんまり意味はないんですね。

 

 それをやらかしてしまった原因となる、考え方の伏線や道筋が、心の中にあるのですから、そこを変えない限り、例え、その時は失敗をまぬがれて、リストラが先延ばしになったとしても、いつかはまた、同じような事になります。

 

 その失敗の原因は、自分の集中力の欠如のせいかも知れませんし、仕事に関する知識が足りなかったせいもあるでしょうし、単に油断していた、というのもあるでしょう。

 

 でも、より深く掘り下げてみると、その遠因は、自分の仕事に対するモチベーションだったり、さらに言えば、自分自身の心の状態そのものかも知れません。

 

 もし、仕事に対して、高いモチベーションで取り組んでいて、心の中に不平不満や愚痴のようなものも無くて、日々感謝するような生き方をしていたなら、きっと、周りの人も助けてくれるし、例え、少しぐらい何かやらかしてしまったとしても、即リストラされる事は、ないでしょう。

 

 例えば、目の前の人間関係が、自分のちょっとした言動が原因で、うまく行かなくなってしまったとして…

 

 その時に「あんな一言を言わなければ良かった」とか「あんな事をしなければ良かった」と、そのたった一つの言動を、後悔してみても、あまり意味はありません。

 

 その言動は、自分が意識しようと意識しまいと、自分の心の中の相手に対する気持ちから出たものなのですから、例えその時、我慢して言わなかったとしても、いつかは口に出てしまうでしょうし、言葉に出さなかったとしても、そういう気持ちは、いつしか伝わってしまうでしょう。

 

 むしろ、言いたい事を我慢し続けて、関係を無理やり維持するよりも、早い内に、うまく行かなくなってしまった方が、もしかしたら良いのかも知れません。

 

 そんなに親しい関係でなく、単に取引先の人とかであれば、我慢してやり過ごすのもありでしょうが、親しい関係で、長いつきあいになりそうな相手であればあるほど、なおさらです。

 

 いつかは、ぶつかる時が来るでしょうし、それを避ける為に、死ぬまでずっと我慢するなんて、苦痛そのものです。

 

 本気で、その人との人間関係をうまく行かせようと思うなら、心の中で、ついつい口にしてしまいたくなってしまう自分の衝動以上に、相手の事を理解して、相手を大切にしたいという思いが強くなければなりません。

 

 結局の所、過去の一刹那の言動で、今ある状態が決まった訳ではなく、やっぱり、常日頃からの自分の心の状態が、今のこの状態を作り出している…

 

 よって結論からすると、過去の人生における「瞬間のIf」というのは、やっぱり、存在しないと思うんですね。

 

 その「If」というものがあるとすれば、それは、「もしも、自分がこんな風に考えられるようになったら…」というような、自分の心の状態に関するものでなくては、ならないでしょう。

 

 そういったものは、たやすくは変えられないものですが、逆に、それさえ変えられたなら(自分の心の器が、広げられたなら)、人生は、どんな風にだって変えていけるし、未来を良くして行ける…

 

 過去にしてしまった選択を後悔する必要はないし、そんな時間があるなら、今の自分の器を広げて、未来の運命の可能性を探る方がいい…

 

 昔は、いつもいつも後悔してばかりの僕でしたが、ここ最近は、そんな風に思うようになりました。

 

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