ブログ

立春と旧正月、太陽暦と太陰暦の違い19.02.04

2019年2月4日(月)

 

 昨日は節分で、今日は立春…

 

 いつも毎年、恵方巻を食べて、ゲンを担ぐのですが、今年は余りにも忙しくて、気がついたら、恵方巻を食べる事を、すっかり忘れてしまっていました。

    今年は年干が己だから、歳徳神は東北東… 中級編・第2講座で、ちょっぴり解説します…

 

 何でも、毎年毎年スーパーやコンビニの恵方巻の廃棄処分の数が、半端ないらしいですが…

 

 さてさて、四柱推命の世界では、本日の12時15分をもって、年干支が「己亥」に替わりました。

 

 たまに地方時差を計算して、この時間を修正する人がいますが、それは間違いです。

 日本国中、北海道から沖縄まで、きっかり12時15分に「己亥」がスタートです。

※ちなみに、これは定気法を元にした計算であり、平気法(恒気法)ですと、明日2月5日の23時が干支の替わり目です。

 

 今日から年干支が替わって、四柱推命上の新しい運の流れがやってきます。

 

 つい先日、「第15期 四柱推命講座・初級編」を、ホームページのトップにだけに告知をしたのですけど、定員6名の所、もう本日までに4名の方が応募くださって、正直驚いています。

 

 メルマガでもブログでも、何も出していないし、「僕のホームページなんて、どうせ誰も見ていないだろ…」って、思っていたのですが、まさかの展開に、本当に感謝しています。(ちなみに第14期は、2名のみで開催しました)

 

 この流れが、僕にとっての己亥年の運気の流れなのかな… などと、ちょっぴり感じています。

 

 ちなみに、十干と十二支は、それぞれ10年ごと12年ごとのサイクルで、回ってきますから、今年がどんな年になるかは、今から10年前の出来事や、12年前の出来事が参考になるはずです。

 

 皆さまにとって、今から10年前、12年前はどんな年だったでしょうか…

 

 僕にとっての10年前の「己」は、占い師としての不安定だった生活が、完全に安定した年でした。

 

 それまでは、都内の占いショップで月収11万円ぐらいで働いていて、本当、食費もギリギリの貧しい生活だったのが、この年に師匠のお陰もあって、収入が3倍になったんです。

  僕にとって「己の年」は、己土濁壬という割には結構良い年になる… ちなみに最悪は「丙の年」(笑)

 

 ちなみに、今から12年前というのは、池袋の駅前に机を出して、路上鑑定をやっていた頃ですね。

 (2013/4/27パリブログ 「あの日から始まった…」 参照)

 

 12年前の僕は、路上鑑定だけでは食べて行けなくて、アルバイトと掛け持ちしながら、まるで未来が見えない状態で生きていたのですが、あの路上鑑定の経験があるからこそ、今があります。

 

 僕は占術理論に関しては、子供の頃からかなりマニアックでしたが、それまでは、ちゃんと鑑定料を頂いての実践鑑定をした事がありませんでしたから、この経験によって、理論オタクだった自分の殻を破ったとも言えます。

 

 だから今年は、この10年前と12年前の年のように、何かを突破する飛躍の年になる予感がしますね。

 去年の暮れに、身の回りのいろんな事を整理してからは、自分の体の中から、パワーが沸々と湧いてくるのを感じます。

 

 もしも皆さまにとって、10年前や12年前が、あまり思わしくない年であったとしても大丈夫です。

 

 人生はらせん階段と同じで、過去のその出来事や経験をバネにしながら、さらなる高みに上がって行く為のものですから…

 (2018/12/2ブログ 「自分の心が成長した分だけ、確実に人の運命は変わる」 参照)

 

 さてさて、立春(定気法による)は今日なのですが、旧暦のお正月である旧正月は、明日の2月5日になります。

   きっと、村野先生のブログでも、明日はカンボジア紀行を休んで、旧正月の記事を書くと思う…

 

 「えっ、立春って、旧暦のお正月じゃないの?」と思う方も中に入ると思うのですが、実は違います。

   とはいえ、平気法の立春は明日なので、平気法においては、今年の正月と立春は偶然に一致しています…

 

 ちょっと、この辺がややこしいのですが、「立春」とか、「啓蟄」とか、「夏至」とかいう呼び名は、「二十四節気」(2013/2/4パリブログ 「二十四節気」参照)と言って、昔から使われてはいますが、単体でそれを旧暦とは言いません。

 

 日本で旧暦(天保暦)と呼ばれている暦は、「太陰太陽暦」に属し、月の満ち欠けを元にして、それに二十四節気を合わせて用いて、補正しているという感じです。

 

 太陰太陽暦は月の暦ですから、旧暦の正月の日(つまり明日)は、必ず新月の日になります。

 

 ちなみに二十四節気は、我々が今使っているグレゴリオ暦と同じ「太陽暦」であり、地球が太陽の周りを回る周期を元に作られた暦です。

 おそらく、最初に「冬至」と「夏至」ができて、次にそれを均等割りした「春分」と「秋分」ができて、さらに、それを均等割して、立春・立夏・立秋・立冬ができて、さらに、その8つの区間を3分割して、二十四節気となったのでしょう。

 

 四柱推命や九星気学、算命学なんかもそうですけど、これらの占いの中の「ひと月の定義(つまり「月干支」)」は、二十四節気が2つ分です。

 一年を24分の1に分けた「二十四節気」が2つ合わさって、12分の1の月(月干支)となるのですが、そもそも二十四節気は太陽暦ですから、「月」という名で呼びつつも、実際の月の運行とは、全く関係ありません。

 

 だから、これらの占いで「一年は太陽の周りを地球が一回り、ひと月は月が地球を一回り、一日は地球が回転して一回り…」などと説明するのは、厳密に言えば、間違いという事になります。

 この場合のひと月(二十四節気2つ分)というのは、月の運行と全く関係ないですから…

 

 ちなみに、旧暦である太陰太陽暦を使う占いの代表と言えば、何と言っても、紫微斗数でしょう。

 

 太陰太陽暦においては、二十四節気は、半月とか一ヶ月とかといった一定の期間を表すものではなく、あくまでも「点」です。

 

 月の運行を最重要視する太陰太陽暦では「ひと月は月が地球を一回り」という定義が、ほぼ当てはまります。(厳密には一回り以上、回転していますが…)

 ただし、今度は「一年は太陽の周りを地球が一回り」というのは、当てはまらなくなります。一年の長さが、年によって変わりますから…

 

 旧暦のひと月は、新月から、次の新月の前日までの区間であり、月の満ち欠けの周期は29.53日ですから、ひと月は、必ず29日か30日かのどちらかになります。

 

 そして、太陰太陽暦の場合、一年は必ずしも12ヶ月とは限りません。

 

 昔も昔、大昔のイスラム圏辺りには、太陰太陽暦ではなく、純粋な「太陰暦」という暦があって、これは、きっちり一年が12ヶ月と決まっていたのですが、こうなると一年は、およそ354日となり、約365日の地球の公転周期と、毎年10日以上もズレてしまうので、全く季節と連動させられません。

 

 ちなみに、旧暦の太陽太陰暦では、一年は12ヶ月の時と13ヶ月の時が存在します。

 

 そして、その「うるう月」を決定するのに、二十四節気が存在します。

 

 二十四節気の「点」というのは、だいたい15日ごとに巡ってきます。

 

 旧暦の「ひと月」の定義である月の満ち欠けの29日間ないし30日間の間に、二十四節気の「点」は、ほとんどの場合2つ含む事になりますが、まれに、1つしか含まれなかったり、3つも含まれてしまったりする事があります。

 

 めちゃくちゃ乱暴に説明すれば、二十四節気が1つしか含まれていない月が出た時は、その月を「うるう月」として、その月が含まれる年を13ヶ月の年とするという訳です。

 

 だから、四柱推命や九星気学の「ひと月」と、紫微斗数の「ひと月」は違います。

 

 四柱推命のひと月は、月の運行とはまるで無関係の言葉の名残だけの月ですが、紫微斗数のひと月は、名実ともに月の運行のひと月です。

 

 紫微斗数などで使われる旧暦とは、月の運行をメインにした暦の事です。

 

 ロメロ・ミツエ先生のブログには、ものすごく簡潔にわかりやすく、紫微斗数と四柱推命の時差換算の方法が書いてあったりするのですが…

 

 ロメロ・ミツエ「仕合せ拍子」~正確な鑑定のための時差計算~

 http://romeromitsue.blog.fc2.com/blog-entry-272.html

 

 この記事を読んで、四柱推命では「均時差」を扱っているのに、紫微斗数では「均時差」を扱わないのだろうと、疑問を感じる方もいらっしゃるかも知れません。

 

 でも、その理由は明解です。

 四柱推命という占いは、日主の存在があくまでも主体であり、本来、日主とは、太古の昔の太陽神霊そのものでもあり、日時計の時間である視太陽時できっちりと一日を区切り、暦も「二十四節気」という太陽暦を用いていきます。

 

 ゆえに、一日の区切りは、子の刻の中間地点の午前0時(別説もあり)であって、均時差、地方時差、サマータイムを元にして、視太陽時にしっかりと補正していく必要があります。

 だから、均時差を計算していないのに、地方時差だけを計算するという事は、四柱推命ではあり得ません。

 

 でも、紫微斗数は、月の運行がメインである太陰太陽暦を用いた占いであり、主体はあくまでも月であって、紫微斗数に、日時計の時間による一日の区切りという概念は、ありません。

 

 月の運行が主体の紫微斗数には、一日の長さが変わらない平均太陽時の方が、むしろ適しています。

 一日の区切りも、きっちりと子の刻の開始の午後11時で区切って、天体のズレを補正する為に、地方時差とサマータイムは使いますが、均時差は使う必要はない(使ってはいけない)という訳です。

 

 僕は紫微斗数については、全く浅学なので、扱う暦の説明ぐらいしかできませんが…

 (紫微斗数は、村野大衡先生やそのお弟子の先生が扱う「台湾上機派」がお勧めです)

 

 さてさて、今日は立春で、明日は旧正月…

 はれて、新年の幕開けです。

 

 今年も皆さまにとって、素晴らしい一年になりますように、心よりお祈り申し上げます。

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)

天の流れに身をゆだねれば、必ず幸せにたどり着く19.01.28

2019年1月28日(月)

 

 早いもので、お正月もいつしか過ぎて、もう間もなく1月も終わり…

 そして、いよいよ一年で一番寒い2月がやって来ます。

    寒いの嫌い…

 

 どちらにしても、あと一週間ほどで、干支の切り替わりですね。

 まあ、これは来週のブログのネタにするとしまして(笑)

 

 先日ふらっと、世田谷代田にある「白髭のシュークリーム工房」に行ってきたんです。

 

 

 お世話になっている人へのおみやげと、僕自身も、甘いものが欲しいのもかねて、トトロのシュークリームをたくさん買い込みました(^^)

 

 ちなみに、トトロの頭にくっついているチョコレートのアクセサリーは、シュークリームの味を表しています。

 

 

 緑の葉っぱがカスタードで、桜の花がストロベリー、青の帽子がチョコレートで、黄色の帽子がキャラメル味…

 

 食べる時は、トトロの頭からガブリつくのですが、どのシュークリームもクリームたっぷりで、すごく美味しいです。

 

 

 それにしても、最近、人との出会いというものは、つくづく不思議なものだなあ… と思います。

 結局の所、それによって、人生が決まってしまうようにも感じます。

 

 これは、誰の人生でも言える事だと思うのですが、自分自身が大した才能が無くても、すごい才能を持っている人が自分のサポートをしてくれたら、一人では叶えられそうにない夢だって、叶ってしまいます。

 

 例えば、漫画家さんでも、元々すごい実力を持った漫画家さんもいれば、自分自身は大した事ないのに、すごい才能のある担当がついて、その助言を受けながら漫画を描いて、成功する例だってあります。

 

 こういった事は、どういう分野の職業でも、多少なりとも、ありえる事ですし、職業だけに限らず、人生そのものがそういうものだとも言えます。

 

 素敵な人が自分の味方についてくれれば、それだけで人生は素晴らしいものになる…

 もちろん、その為には、ある程度は自分も立派になっていないといけないのですが…

 

 僕の場合、ここ最近特に、これまでになく、すごい実力を持った人とのご縁がつながっていって、本当にありがたい事に、そういうすごい方からの協力が得られたりします。

 

 これまでの僕は、本当に甘え下手で、何でも自分一人でやろうとして空回りしてきたのですが、これからは甘えられる所は甘えて、その分、自分でできる事を精いっぱい頑張って、恩返ししていこうと、考えられるようになりました。

 

 思い起こせば、去年の後半に、京都と奈良への旅、そして、伊勢神宮と白山比咩神社に参拝して、あと、捨てられなかったある一つの執着を手放したら、あっという間に、周りの環境がガラッと変わってしまいました。

 

 昔から僕は、(とはいってもおそらく、この性格は20代後半ぐらいから身に着き始めたと思うのですが…)自分が「絶対にゆずれない」と思う事以外は、あまり自分の主張はしないで、流れに任せるような人間でした。

 

 くだらない話ですけど、例えば、回転ずしなんかでは、何一つ自分の食べたいものが回っていない時は別として、ほとんど自分からオーダーしないで、流れてくる皿の中で好みに合うものを取って、それで済ましてしまういう感じです。

 

 でも、これは悪く言うと、「自分の意志がない」とか「自分で決められない」というような所にも、つながっていて、昔はよく「もっと自分の意見を持ちなさい」とか、「ちゃんと言うべき事は言いなさい」と、目上の人から注意される事も多かったですね。

 

 でも僕は案外、主張するべき時には主張するし、一旦、ゆずれないと思ったら、テコでもゆずらなかったりするんですけど、案外、周りからはそんな風には見えないみたいです(笑)

 

 う~ん、やっぱり、自分の主張を貫き通さなくてはいけない時というのは、あると思います。

 

 でも、自分の意見を強く主張してしまいたくなる時って、たいがいは自分の感情やプライドで譲れなくなってしまうような場合が、ほとんどのような気がします。

 

 だいたいは、どっちの意見も大して違いはなかったりするし、自分の意見を引っ込める事で、みんなが穏やかにまとまるのなら、僕はあえて意見を言わない事も多いですね。

 

 相手の意見の方が正しいという可能性だって、あるかも知れない訳で、あえて成り行きに任せるというのも、僕は一つの立派な選択だと思うんです。

 

 でも、その意見が、自分達に都合ばっかり考えて、周りの人に迷惑を掛けるものだったりとか、とにかく、絶対に良くない事だと思ったら、僕は、迷う事なくそれに反対します。

 

 まあ、そういうおかしな事を考える人は、もう僕の周りにはいないので、今では、自分の主張をする事はほとんど無く、流れに従って生きていますが…

 

 人生には、時に、ずっとそこにあると思っていたものが、スッと消えてなくなってしまうような事もあります。

 

 それは、ずっとそばに寄り添ってくれた人かも知れないし、これまで当たり前に思っていた自分の立場やポジションかも知れないし、いつも思い描いていた未来の可能性かも知れませんし…

 

 それが何であったとしても、自分の予想に反して、大切なものが消えてしまう事は、やっぱり悲しいものです。

 

 でも、これは、仕方がない事だとも思うんです。

 それによって、また新たなものが生まれてくるのだとも思うし…

 

 そんな時、僕は冷静に、そうなった原因が、自分の落ち度によるものなのか、そうではなく、ある意味、何かの大きな流れなのかを見極める事にしています。

 

 もしも、自分に落ち度がないとすれば、それは天の計らいである可能性だってあります。

 

 もしも、自分に落ち度があって、そういう結果に結びついたのなら、その時はしっかりと反省して、最大限、その失敗を取り返す努力をすべきでしょう。

 

 でも、自分に落ち度があったというよりは、何かしらの流れでそうなってしまった時は、無理やりそこにしがみつくのではなく、それは一旦捨てて、次の手段を冷静に考えられる人が、人生の道が開ける人だと思うんですね。

 

 目の前に起こったその変化は、もしかしたら、天の計らいかも知れませんから…

 

 例えそれが一見すると思わしくない事でも、あくまでも現状を維持させる事だけにしがみついてしまうと、せっかくの天がくれた大きな運の流れを、つかみ損ねてしまう事になります。

 

 そんな時は、天を信じて、その変化に身を任せながら、冷静に次の手段を講じるのが良いでしょう。

 

 ただし、天の流れに身を委ねて、自分自身も幸せにたどり着きたいと思うならば、人が見ていても人が見ていなくても、ちゃんと、天が味方してくれるような日頃の行いをしている事が必要でしょう。

 

 これは、立派だと言われる生き方を、堅苦しく自分に強いなければいけないという意味ではなく、自分で自分の心をきちんと直視した上で、自分にやましいと感じる部分がなければ、とりあえずはそれでいいと思います。

 

 あとは、自分の目の前に立ちはだかった問題に目をそらす事なく、全力で取り組んでいくだけです。

 

 例えば、そうですね…

 

 戦国時代で言えば、六文銭の旗印で有名な猛将・真田幸村の兄に、真田信幸(信之)という人がいて、この人は、すごく地味なんですけど、戦国時代の大名としては最高齢の92才まで生きた人です。

 

 信幸は、徳川家康の配下の名将、本多忠勝の娘(小松姫)を嫁にしていた事もあり、常に徳川方の旗印の下で、戦国時代を戦ってきました。

 

 関ケ原の合戦の時、弟・真田幸村は、石田三成の盟友で、西軍についた大谷刑部吉継(2014/1/5パリブログ 「カッコよく恩に応えたい」参照)の娘を嫁に迎えていた事もあり、父・昌幸と共に西軍についてしまうのですが、信幸は、本多忠勝との義理を大切にして、父や弟と袂を分かち、徳川方の東軍として戦う事になります。

 

 信幸としては、苦渋の選択だったと思います。

 

 でも、この時代の価値観においては、おろらく信幸も幸村もこの選択しかなかったでしょう。

 

 真田一家が東軍・西軍どっちかでまとまろうとすれば、片方に不義理になってしまいますから…

 

 まあ、東軍・西軍どっちが勝っても、真田家が生き延びられるようにという目論見もあったかも知れませんが、その結果、心が通った肉親同士で戦わなければいけなくなってしまいました。

 

 でも、結果は、これで良かったのかも知れません。

 

 兄の信幸が、自分の恩賞と引き換えに、父と弟の助命嘆願をし、その結果、死罪が流罪となって、三人とも無事に生きながらえる事となったんです。(幸村は、のちの大坂夏の陣で討死)

 

 結局の所、ちゃんとした生き方をしていれば、最後はなるようになっていくんですね。

 

 天の流れに身をゆだねれば、必ず幸せにたどり着く…

 

 例えどんな事が起ころうと、自分勝手な思惑や私心を捨て、目の前の事にベストを尽くしていれば、最後は必ず、幸せな結果にたどり着くはずです。

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)

人生は可能性のるつぼ19.01.20

2019年1月20日(日)

 

 気がつけば、七草粥も、成人の日も、どんと焼きも終わり…

 1月もいつの間にか、3分の2が終わってしまいました。

 

 年を取れば取るほどに、時間が速く進むと言いますが、こんなに時間が速く感じるのは、僕も年を取ったという事なのでしょうか…

 

 あんまり、認めたくはないのですが(笑)

 

 NHKの番組のチコちゃん(声:木村祐一さん)が「大人になると、あっという間に1年が過ぎるのは、人生にトキメキがなくなったから…」と、言っていました。

 

 あれは厳密には、心理学者の一川誠教授の説で、一川教授によると そのように感じるのは、加齢による身体機能の低下により動作や判断が緩慢になる事と、日常で心を動かされる事や楽しみな事が少なくなって「待ち遠しい」という時間が長く感じる機会が少なくなるから… というのが、原因なのだそうです。

 

 う~ん、僕は今年は特に、結構、楽しみで、待ち遠しい事だらけなのですけど…

 

 まあ、僕の場合は、人と比べて体力がある方ではないので、それによる身体機能の低下が、原因なのかも知れません(笑)

 

 でも、何かこれ以外にも、時間が速く感じられる原因がある気がするんですよね。

 

 これは、手相家の西谷泰人先生の「年を取るほど時間は速く進む」という本にも書いてあるのですが、手相の流年法を見ていく場合、若い頃の一年の長さは、幅を広く、年齢が進めば進むほど、幅をせまく取っていきます。

 

 どちらにしても、年を取れば取るほど、時間というものが短く感じられる事だけは、間違いないようです。

 

 それはともかく、人生には時折、大きな選択を迫られる事があって、生まれた時には、無限の選択肢が用意されているけれど、年を取るにしたがって、その選択肢が減っていき、最後の最後には、生きるか死ぬかの選択しかできなくなる… などと言います。

 

 なるほど、確かに、人生の選択をしていくごとに、可能性の選択肢はどんどんと削ぎ落されていって、結局、最後は何もなくなっていくんだね~… なんて、妙に達観した気持ちになれる言葉です。

 

 フランスの哲学者・サルトルは、「人間は、自由という刑に処せられている」と言っていたし、選択肢がなくなれば、悩みも減って、諦観の悟りに近づいて行くかも知れませんし…

 (2013/12/20パリブログ 「悩みの原因は、選択の自由にある」 参照)

 

 確かに、人生の一面において、これは見事に言い当てているでしょう。

 

 でも、僕は、別の一面を見れば、人生はいくつになっても、無限の選択肢と可能性に満ちているように思います。

 

 さっきの「可能性の選択肢をどんどん削ぎ落していく」というのは、あくまでも、生まれ持った自分の性格や考え方のスタンスが、あまり変わらなかった時の場合だけです。

 

 まあ普通、生まれ持った性格は、そうたやすく変えられませんから、ほとんどの人はそうなっていくでしょうし、命理学を宿命論的にとらえた場合の考え方も、これに当てはまります。

 

 でも、生まれ持った性格や考え方だって、絶対に変えられない事はないと思うんですね。

 むしろ、人生はそれを変える為にあるような気がします。

 

 そしてこれは、年を取れば取るほど、いろいろな経験を積んでいる訳ですから、変えやすくなります。

 

 いや、年を取れば取るほど、頑固に凝り固まってくるんだから、性格は変えにくくなるんだ… と言われそうですけど、それは、自分を変える事をあきらめた人と、最初から変える気がない人だけに言える事です(笑)

 

 僕も、自分以外の人、特に自分が影響を及ぼす事ができない人に関しては、性格を変えるなんて、とっくにあきらめていますけど、こと自分自身に関しては、性格も考え方も、いくらでも変えられると思っています。

 

 かと言って、急に無理やり、自分の考え方を変えようとか、気持ちが乗らない事を、あえて性格を変える為にやろうとか… 最近は、そういう事はやらなくなりました。

 

 どうせ、後から反動が押しよせて、無理が来る事は経験済みですから…

 

 「自分を変えよう、変えよう」と、いくら頑張ったって、自分の想念の堂々巡りの渦の中から抜け出せないのですが、例えば、誰かの為に、自分の中の何かのこだわりを捨てる必要性に迫られたりした時に、ふっと自分が軽くなって、何かが変わるような気がするんですね。

 

 とはいっても、不平不満を抱えながら、義務感だけで、無理やり何かを捨てた時はダメです。

 この場合は、やっぱり後で反動が来ますね(笑)

 

 どちらにしても、性格や考え方と言うのは、そのこだわりや執着を「捨てる」事でしか、変えられないのではないかという気がします。

 

 人生というのは、捨てる事によって、その空いたスペースに宝物が入ってくるものです。(言いかえると、捨てた分だけ天とつながりやすくなる… と言えます)

 

 その捨てるコツさえつかめれば、焦って「この性格を変えなければ…」などと力まなくても、自然に性格や考え方は変わってきます。

 

 その為にきっと、人との出会いというものが、あると思うんですね。

 

 余談ですが、僕は去年、白山比咩神社に行ってから、信じられないくらいに次々と、新たな不思議な出会いにたぐり寄せられています。

 (2018/12/8ブログ 「白山菊理姫に会いに ~北陸への旅<1>「白山比咩神社へ」~」 参照)

 

 性格や考え方が、自然に良い方向へ変わっていくと、今までだったら、怒りや恐れといったネガティブな感情に囚われてしまう場面を、ものすごく冷静にクールな目で分析できるようになるし、今までの自分よりも高い視点で、長期的なビジョンで、物事を考えられるようになります。

 

 こうなってくると、当然、自分を運命も変わってしまいます。

 

 だから、人生というのは、いつだってたくさんの選択肢と可能性が存在していると思うんですね。

 

 この場合の選択肢というのは、目の前に決断を迫られている選択肢だけではなく、自分が変って視界が広がる事によって、新たに見えてくる選択肢を含めています。

 

 いつだって、人生は可能性のるつぼ…

 

 一見、目の前の状況が完全に閉ざされてしまったように見えても、あきらめる事さえなければ、必ず道が開けていくはずです。

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)

夢を叶える為の作業は、いたってシンプル19.01.13

2019年1月13日(日)

 

 ここの所、寒い毎日が続いています。

 

 ふと、気がつくと、もう1月も半ば…

 いつの間にか、今年も24分の1が過ぎてしまっているのですね。

 

 この分だと、来年のお正月だって、あっという間にやってくるかも知れません。

     そんな訳ない…

 

 昨日は、四柱推命講座・初級編 第14期の最終講座を終えて、次は3日後に予定されている「朝日カルチャーセンター立川教室/かんたんタロット占い」に向けて、鑑定の合間の時間を使って、準備を始めています。

 

 それにしても、パリから帰ってきて3年余りの間は、毎日ブログを更新していましたが、最近は本当、更新のペースが落ちました。

 

 あの頃は、自分で言うのも何ですが、人並外れたパワーがありました。

 

 おそらくそれは、自分の理想も夢も叶っていなくて、何につけても必死だったからだと思います。

 (2013/12/17パリブログ 「生意気でもいい… 大志を抱いて」 参照)

 

 あっ、決して、今の僕がパワーが無くなったという意味ではありませんよ(笑)

 

 今は、自分の夢や理想も、ある程度まで叶って、落ち着いたというか、いろいろな事を客観的に冷静に見られるようになったという感じです。

 

 夢や目標に向かって、いつも前のめりになっていた頃は、気合いは半端なかったし、勢いもすごかったですけど、常に暴走気味で、間違いや人とのトラブルも多かったですね。

 

 とはいえ、若い頃というのは それでいいと思います。

 

 そんな時に必要なのは、「人生の悟りを得て、達観する事で、夢や目標がどうでも良くなってしまう方法」…とかではなくて、やっぱり、その夢を叶える為に、あらゆる挑戦をする事だと思うんですよ。

 

 もちろん、夢が必ず叶うなんて、保障はどこにもありませんけど、それに向かって頑張る事で得られる経験や学びは一生の宝物です。

 

 それで、この時に、自分の夢や理想が比較的すんなり叶う人と、いつまで経っても夢が叶わない人の差が出てきます。

 

 僕の場合、「ミュージシャンになりたい」という東京に出てきてからの第一の夢は、見事に叶いませんでした。

 今では、その原因がハッキリと分かるので、こんなお話ができるのですけど(笑)

 

 夢や理想が叶う人と言うのは、純粋に一直線に行動します。

 そして、当たり前のように、それが叶います。

 

 分かりやすく例えを出せば、ある時、どういう訳か無性にショートケーキが食べたくなったとしましょう。

 そしたら、近所のスーパーにショートケーキを買いに行って、食べればいい…

 

 当たり前の話ですけど、本当そんな風に、夢を叶える為の作業は、とてもシンプルです。

 

 いや、近所のスーパーのショートケーキではなくて、銀座千疋屋(せんびきや)のショートケーキでなければ嫌だ… という人は、ちょっと時間は掛かっても、千疋屋までケーキを買いに行くしかありません。

 でも、そうすれば、ちゃんと千疋屋のケーキが食べられます。

 

 いや、オレは伝説のパティシエである、ピエール・エルメが直接作ったショートケーキが食べたいんだ… という人は(笑)

 

 そうですね… この夢は、ちょっと厄介ですけど、フランスのパリまで行って、ピエール・エルメに自分のショートケーキを作ってくれるように、頼み込むしかありません。

 

 まあ、すんなり作ってもらえるかどうかは分かりませんが、シンプルに考えれば、そういう事になります。

 

 そうやって直線的に考えてみた上で、「とはいえ、見ず知らずの自分が直接会いに行っても、ショートケーキを作ってもらえる確率は低いし、住所を調べて待ち構えていても、ストーカーとして警察に捕まるだけかも知れないな… じゃあ、どうしよう」と、自分の頭で考えるのが、すごく大切になってくる気がします。

 

 こうやって、自分の頭で、目的を叶えるにはどうしたら良いかを考えられる人は、時間は掛かっても、やがてその目的を叶える事になります。

 

 ところが、自分でこの作業をしない人は、何かのハウツー本を読みあさって、そこから答えを探したり、どうしたら良いかを、周りの人に聞きまくったりするようになります。

 

 まあ、そこまでは構わないのですが、そうやって目的を叶える為の手段を簡単に手に入れると、その手段を実践する事だけで満足して、当初の目的がどこかに追いやられてしまいます。

 

 こうなると、夢は叶いにくくなります。

 

 例えば、誰かから「そんなに、ピエール・エルメに会いたかったら、ピエール・エルメの日本のお店で働いたらいいんだよ」などとアドバイスされたとしたら、自分では意識しない内に、そのお店で働けさえすれば、目的が叶うような錯覚に陥ります。

 

 もちろん、その方法自体は悪くないのですが、例えうまく、どこかの百貨店のピエール・エルメのスイート・ショップで働けたとしても、そこにピエール・エルメが直接やって来る確率はかなり低いですし、幸運の女神のいたずらで、ピエール・エルメに運良く会えたとしても、普通に考えて、ショップの従業員が「自分の為にケーキを作ってほしい」なんて頼めないし、頼んだとしても断られるのがオチです。

 

 つまり、ピエール・エルメのお店で働くだけでは、絶対にこの目的は達成できません。

 

 自分の頭で、この作戦を考えついたのなら、最初からこの事は分かると思います。

 その後に次々と、新たな手段を講じない限り、ピエール・エルメが直々作ったショートケーキを食べるのは無理です。

 

 まあ、そこまでして、そんな夢を叶えたい人はいないと思いますし、普通の人だったら、そこまで考えて、その夢は潔くあきらめますが…

 

 ところが、手段に囚われてしまうと、ピエール・エルメのお店で働いているだけで、もっとひどい時には、ピエール・エルメの店舗のアルバイト募集を探しているだけで、自分としては、あたかも夢に向かって走り出しているような気分になってしまうんですね。

 

 そして、数年後、もしくはもっと長い年月が過ぎた後で「こんなはずじゃなかった」と嘆く…

 

 はい。お恥ずかしい話、ミュージシャンを目指していた頃の僕は、いつもこんな感じでした(笑)

 

 なんで、あの頃はそんなだったんだろう…

 

 多分、本当に夢を叶える為に何をしなければいけないか… を現実を直視して考えた時、そのハードルの高さに心がまいってしまうのを、自分が恐れていたのだと思います。

 

 かと言って、その夢は、根底にある劣等感やコンプレックスによって成り立っているから、そこまでして、ミュージシャンになりたい訳でもないのに、それを撤回する訳にもいかなかった…

 

 振り返れば、あの頃は辛い思い出しかないけれど、それでも本当に貴重な経験をしました。

 

 世の中には、「夢を叶えるにはどうしたらいいか」みたいなハウツー本や、その夢を支援する為の専門学校や養成所が、山のようにあります。

 

 僕の20代の頃は、ほぼ毎日、ミュージックスクールや俳優養成所に通いづめでした。

 そこに通い続ける事によって、いつしか自分の夢が叶うような錯覚に陥っていたから…

 

 あと、自作の曲のデモテープも一生懸命時間を掛けて作成して、定期的にレコード会社やオーディションに送っていました。

 何かの本に「しっかりしたデモテープを作成して、売り込みに行きましょう」と書いてあったから…

 

 いつも手段に囚われて、何一つ、自分の頭で、どうしたら良いかを考えてこなかったですね。

 

 これと同じように、片っぱしからコンパに出まくったからと言って、理想の恋人ができるとは限らないし、営業で玄関先に訪れた証券マンの言うままに投資を始めた所で、手持ちのお金が増えるとは限りません。

 むしろ、損失になる場合の方が多いでしょう。

 

 本気でその夢を叶えるにはどうしたらいいかを、ちゃんと自分の頭で考えると、自分が本気でそれをやりたいかどうかも、分かるようになります。

 

 そして、本当に大切な事は、「その夢が叶うかどうか」ではなくて、「その夢が叶った後に、自分は何をしたいのか」である、という事に気づいたりする…

 

 夢を叶える為の作業は、いたってシンプル…

 

 本当の自分の心に目を背けないで、シンプルに考えた時、今の人生の全ての意味が、明確になっていくかも知れません。

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)