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2019年 ヨーロッパ紀行 第13話 ~いざ、芸術の都・ウィーンへ~19.06.12

2019年6月12日(水)

 

 (In Vienna Austriay Date  14 May 2019)

 

 ハンガリーのブダベストから、ウィーン行きのレギオジェット(Regiojet)のバスに乗り事、2時間あまり…

 

 ある地点を越えた所で、いきなり僕の携帯に、KDDIからの海外通信のメッセージが数件入りました。

 

 それは、国境を越えて、今、オーストリア国内に入ったというメッセージ…

 

 という事は、ウィーン到着も、もうすぐです。

 

 

 例えば、うちの実家の父のように、あんまり海外に詳しくない人に、「オーストリアに行ってきた」などと言おうものなら、おそらく、こんな返事が返ってくると思います。

 

「あんな南の国に行って来たのか。カンガルーやコアラはいたか…」

 

 それは、オーストラリア(笑)

 

 

 前の記事にも書きましたが(ヨーロッパ紀行 第5話 「ハンガリーの隠れ家」 参照)、東西冷戦時代には、ハンガリーは東側諸国(社会主義)に取り込まれ、オーストリアは西側諸国(資本主義)に取り込まれた事から、国境の間には、鉄条網が張り巡らされていました。

 

 いわゆる、戦争にはなっていないものの、オーストリアとハンガリーは敵対関係で、自由に行き来もできなかったんです。

 

 それが今では、こんな風にバスで通過できてしまう… それを思うと、冷戦が終わって、本当に良かったと思います。

 

 しばらくすると、バスが止まって、目的地に到着した事がわかりました。

 

 バスの荷台に預けたスーツケースを受け取って、周りを見渡すと、そこは芸術の街・ウィーン…

 

 

 初めてのウィーンに感動です!!

 

 僕が、子供の頃「ウィーン」という都市の名前を覚えるきっかけになったのは、「世界一周双六ゲーム」というテレビのクイズ番組でしたね。

 

 よく、ウィーンは、豪華賞品がもらえるラッキー都市に選ばれていました(笑)

    懐かしすぎて、誰も知らない…

 

 

 ウィーンは、音楽の街とか、芸術の街とか、いろいろな呼び名で呼ばれます。

 ところが意外と、ウィーンとオーストリアの首都とが、結びつかない人もいるかも知れません。

 

 オーストリアという国が生んだ著名人で、良い意味でも悪い意味でも世界で最も有名な男が、アドロフ・ヒトラーです。

 

 ヒトラーは、オーストリアのブラウナウ生まれで、元々ドイツ人ではなく、オーストリア人でした。

 

 まあ、あの人はかなりのひねくれもので、オーストリアに生まれながらも、オーストリアなんてドイツの一部だ(大ドイツ主義)と考えるような人でしたから、結果的にヒトラーによって、オーストリアはナチス・ドイツに併合されてしまいます。

 

 ヒトラーがそんな考え方に染まるようになったきっかけは、自分が大嫌いな父親が、生粋のオーストリア人で「大ドイツ主義」を毛嫌いしていたからです。

 

 ヒトラーの父・アロイスは、ヒトラーに何か気にいらない行動があると、すぐに平手打ちを食らわせるような人でした。

 

 意外かも知れませんが、ヒトラーの青年期は、政治家になろうなどという野望は全くなくて、画家を目指していたんです。

 

 1907年には、ウィーン美術アカデミーを受験したのですが、結果は残念ながら不合格…

 

 それをずっと根に持っていたヒトラーは、やがてドイツの政治家になってオーストリアを併合すると、ウィーン美術アカデミーを「退廃芸術」として、徹底的に弾圧しました。

    ヒトラー、執念深すぎ…

 

 

 それにしても、街の雰囲気が、ブダベストとはまるで違いますね。

 

 都会化しているというか、洗練されているというか…

 

 松里さんが「ヨーロッパ諸国などと呼んで、ヨーロッパの全ての国を、同じように考えてしまうのは、ありえない事だし、ましてや『欧米』なんて呼んで、アメリカとヨーロッパをの全てをひとくくりにするなんて、乱暴すぎる… と言っていた人がいたけど、本当だと思いました」と言っていました。

 

 これは、すごく的を射た意見だと思います。

 

 もしも、どこか遠くの地域の国の人から、日本と韓国と中国と北朝鮮を「東アジア諸国」とかいう名称でひとくくりにされたら、あんまり気分が良くないのと同じですね。

 

 ハンガリーは、の物価がかなり安くて、買い物をしてもすごくお買い得だと思ったのですが、さっき、通りがかりの花屋さんの花の値札を見たら、めちゃくちゃ高いので、びっくりしました。

 

 さて、今、我々が向かっているのは、ウィーンのアパルトマンではなく、ある美術館です。

 

 何とそこには、オーストリアが誇る画家、かのクリムトの有名な作品が、多数収蔵されているとの事…

 

 芸術の都ウィーンの美術館、とっても楽しみです。

 

 <旅の教訓13>

 同じヨーロッパ諸国であっても、全ての国々にそれぞれの文化があるし、全くの別物である。

 

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2019年 ヨーロッパ紀行 第12話 ~想いは国境を越えて~19.06.11

2019年6月11日(火)

 

 (In Budapest Hungary Date  14 May 2019)

 

 ブダペストを離れる、出発の朝…

 

 いよいよ、このハンガリーの国を発って、次の目的地である、オーストリアのウィーンへと向かいます。

 

 そもそも、今回の旅の目的は、オーストリアのサンクトポルテンで開かれている泰永会の「第30回 泰永書展」のレセプションに参加するためのもの…

 

 その本拠地に、いよいよ本日、乗り込みます。

 

 ハンガリーの最後の朝となった今日も、みんな早起きで、朝の5時半ぐらいから、野尻泰煌先生相模泰生先生と僕と、今朝はキッチンではなく、高天麗舟先生の部屋のベッドにみんなで腰かけて、4人で、昨日の王宮の丘に登った時の事や、残りの旅行で、どれだけ羽目を外そうか… みたいな事を、話し合いました。

 

 冗談で「僕も、草さんに付き添ってもらって、チェコではプラハの夜に繰り出してみようと思います」と言ったら…

 

 「せっかくなんだから、一緒に行って、楽しんでおいでよ」と、高天麗舟先生は勧めてくださいました。

 

 でも、野尻先生は「いや、浅野さんは(草さんとは、タイプが違うんだから)それは、やらない方がいいと思う」と止められました(笑)

 

 まあ、僕も本気で、プラハで夜遊びをしようと考えていた訳ではないんですけど、このメンバーには、こういう冗談も言えるから、楽しい…

 

 ちなみに、オーストリアのウィーンには、高速バスで向かいます。

 

 最初に、それを聞いた時には、「バスに乗ったまま、国境を越えられるの?」 と、疑問に思ったのですが、ハンガリーもオーストリアも、どちらもEU加盟国…

 どうやら、大丈夫みたいです。

 

 出発前のわずかな時間に、草さんと一緒に、換金所に出掛けて、余ったフォリント(ハンガリー通貨)を、オーストリアで使えるユーロに換金したり、スーパーマーケットで、シャンプーや洗濯石鹸を買ったりしました。

 

 

 ちなみに、ハンガリーのスーパーはレジ袋をもらえませんから、バックを持っていないと、はだかで商品を、持ち帰らなければいけなくなります。

 逆に、頼んでもいないのに、使い捨てのレジ袋が渡される日本のスーパーの方が、特殊なのかも知れません。

 

 外出から戻ってくると、みんな、もうすでに、大方の出発の準備は、できあがっているようでした。

 

 AM10:00にアパルトマンのチェックアウトです。

 

 慌てて、荷物を旅行カバンに詰めて、3日間泊まったこのアパルトマン(メープル ツリー ブダペスト)を、後にしました。

 

 

 改めて、ブダベストは美しい街だと思いました。

 

 スーツケースを転がしながら、トラム(路面電車)と地下鉄をうまく乗り継ぎ、バス停のあるセント ゲーレト テンプロム(Szent Gellért templom)へと向かいました。

 

 

 バスの停留所付近の葉っぱに、貼りついていた巨大エスカルゴ…

 

 今日のブダベストは、まるで真冬並みの寒さで、毛糸の服とダウンジャケットを重ね着していても、震えが来ます。

 

 まだ、バスは到着していないようですので、とにかく建物の中に入ろうと、近くのファーストフードの店で、ドリンクを飲んで時間を潰しました。

 

 

 草さんと、ツーショットを撮りました(^^)

 

 これでもう、ハンガリーとはお別れなのか… と思うと、少し寂しいのですが、まだ、旅は始まったばかり…

 

 みんな、本当に笑顔で楽しそうです。

 

 

 いよいよ、ウィーン行きのバスが到着したようです。

 

 みんなでパスポートを準備して、車中に乗り込み、バスは無事に発車しました。

 

 この後、2時間45分後には、我々は、芸術の都ウィーンに着いている予定です。

 

 僕は、泰生先生の横の座席に座ったのですが、朝早く起き過ぎたせいか、少し、ウトウトし始めました。

 

 それでふと、草さんの方を見たら、真面目に本を読んでいます。

 

 その本は、例の鏡リュウジさんの「タロットの秘密」のようでした。

 

 「草さんは、いつもふざけているように見えるけど、本当に真面目な人だなあ」と思いながら、また、ウトウトし始めると、若い女性のバスガイドさんが草さんに、何か英語で話しかけていました。

 

 何を話しかけられたのか、草さんに聞いてみると、バスガイドさんは、草さんが読んでいる本が縦に書かれている事に、驚いていたのだそうです。

 

 その後、草さんは、何やら忙しそうに、携帯電話を操作していました。

 

 それから10分ぐらい経った頃でしょうか…

 

 草さんが、「ツイッターに投稿したら、鏡リュウジさんかリツイートされました」と、教えてくれました。

 

 リツイートって、何だっけ… 聞いた事あるけど… SNSオンチで即座に意味ができない僕に、草さんは、ツィッターの画面を見せてくれました。

 

 あの短い時間に、草さんは、チョコチョコッとこんな記事を投稿をして、その後10分も経っていないのに、鏡リュウジさんが「リツイート」という機能を使って、鏡さんのツイッターを登録している人全員に、草さんの今の投稿が流れた…

 

 即座に理解できなかったのですが、そういう事みたいです。

 

 

 縦向きに読む本に驚いたヨーロッパ人のバスガイドさんの想いが、人種を越えて、草さんに伝わり、その記事を投稿した草さんの想いは、世界中に拡散して、国境を越えて、日本にいる鏡リュウジさんに伝わる。

 しかも、10分足らずで(笑)

 

 想いは国境を越えて、どこまでも伝わっていく…

 

 こんなインターネットが普及した時代だからこそ、国境や言語の枠を超えて、どんどん情報が伝わっていくのでしょう。

 

 でも、自分の想いが、あっという間に世界に伝わるというのは、感じられるか感じられないかはあるにしろ、はるか昔から今に至るまで、それは全く変わらないのかも知れません。

 

 どちらにしても、できる事なら、なるべく良い想いを心に抱いて、少しでもこの世界を良くしていきたい…

 ふと、そんな事を思いました。

 

 <旅の教訓12>

 人の想いは、あっという間に世界に拡散する。

 

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2019年 ヨーロッパ紀行 第11話 ~スパゲティーの誓い~19.06.10

2019年6月10日(月)

 

 (In Budapest Hungary Date  13 May 2019)

 

 世界遺産でもある、ブダ王宮のマーチャーシュ聖堂を後にして、ふいに空を見上げると、どんよりとした曇り空…

 

 まるで、雨の降りそうな気配です。

 

 みんなで、国立美術館の近くにあるおみやげ屋さんに立ち寄って、ハンブルグのおみやげを買って外に出てみると、いつしか、小雨が降り出していました。

 

 でも、全員、そこの部分は準備万端です。

 みんな折りたたみ傘を持っているので、誰一人、いきなりの雨に焦る人はいませんでした。

 

 僕の場合、どんなに良い天気でも、いつもカバンの中にいつも折りたたみ傘が入っているので、今日の天気予報をちゃんと調べて、前もって用心した訳では、ないのですが…

 

 4人で折りたたみ傘を差しながら、雨が小ぶりの内にアパルトマンに帰ろうと、家路を急ぎました。

 

 セーチェーニ鎖橋からドナウ川を越えて、元来た道を戻って、アパルトマンのあるペスト地区へと、駆け抜けて行きます。。

 

 ここハンガリーのブダペストの目玉的な観光名所の多くは、ブダ地区に揃っていますが、アミューズメントや便利なものは、むしろペスト地区に多いです。

 そもそも、ブダベストを占める面積の割合にしても、ブダ地区より、ペスト地区の方がうんと広いです。

 

 時間を見たら、お昼過ぎ…

 みんな。朝はパンを一切れぐらいしか食べていないので、お腹が空いています。

 

 どこのレストランに行こうか… という事になったのですが、うっかり冒険をして、美味しくない割に高いものを食べるよりも、確実に美味しいものを食べた方がいい… という事で、昨日フォワグラを食べた「ツコリー エッテレム」に行く事にしました。

 

 少し急ぎ足で、歩いていたのですが、気がつくと、雨はすっかり上がって、青空になっていました。

 ハンガリーの天気のあまりの変わりやすさに、驚きました。

 

 

 ツコリー エッテレムに向かう途中、たまたま見つけた超有名な観光名所「聖イシュトヴァーン大聖堂」…

 

 聖イシュトヴァーン大聖堂は、ブダベストで最も高い建物で、展示されている聖遺物箱には、西暦1,000にハンガリー王国を建てた、あのイシュトヴァーン1世の右手のミイラがあると言います。

 

 結構たくさんの人で、賑わっていましたが、大聖堂の中には入らず、レストランに急ぎました。

 

 

 1日ぶりのツコリー エッテレム…

 

 みんな、店自慢のスープと、各自、好きなメインディッシュを注文しました。

 

 僕は何となく、久しぶりにスパゲティーが食べたい気分だったので、写真付きのメニューの中で、スパゲティーっぽいものを注文しました。

 

 “Hagymás rostélyos petrezselymes burgonyával”と、ハンガリー語で書いてあって、値段は2870フリント(大体千円ぐらい)なのですが、当然、なんて書いてあるか、読めません。

 

 仕方ないので、そのスパゲティーらしき写真を指差して、注文をしました。

 

 このお店は、美味しいだけではなく、とっても落ち着く空間です。

 

 しかも、日本人にも大人気らしく、隣りの席から、聞こえてきたカップルの会話は、懐かしい日本語でした。

 

 僕が注文した食事が、来たようです。

 

 

 写真ではスパゲティーのように見えていたので、スパゲティーかと思って注文したのですが、スパゲティーではありませんでした。

 

 “Hagymás rostélyos petrezselymes burgonyával”をネットの翻訳サイトで訳してみると、「オニオンローストとパセリのポテト添え」との事…

 

 これ、スパゲティー麺ではなくて、タマネギだったのですね(^^;;

 

 失敗したと思いましたが、食べるしかありません。

 

 一口食べてみると…

 

 これ、すごく美味しいです!!

 

 タマネギがやわらかく揚げらあって、味的には、モスバーガーのオニオンスライスがやわらかくなった感じですかね。

 

 昼食を終えると、みんなで、みやげ物の置いてあるお店に立ち寄ったりして、時間を掛けて回り道をしながら、アパルトマンに帰りました。

 

 アパルトマンに戻ると、草さんと、松里さんと、ヒデ君も戻ってきていました。

 

 明日はもう、このハンガリーを出国する予定になっています。

 

 かの、オーストリア=ハンガリー帝国の皇后であるエリザベートは、このブダベストを、心安らぐ最高の場所とし、いつも、窮屈なウィーンの宮殿から逃げるようにして、晩年期を過ごしたと言います。

 

 エリザベートは、ハンガリーをこよなく愛し、本来、勉強が大嫌いだったにもかかわらず、短期間でハンガリー語を習得し、通訳までできるほどになったとの事…

 

 今回、このハンガリー・ブダベストの滞在は2日間だけでしたが、本当に素敵な思い出ばかりです。

 

 高天麗舟先生から、「今日の夕食は、キッチンで作る手料理でいいですか…」と聞かれ、二つ返事でうなづきました。

 

 何か手伝う事はないかと聞いてみたのですが、「何もないです」と言われました(笑)

 

 草さんは、一人でハンガリーの街を歩き回りながら、念願のタロットを見つけたという事で、それを見せて頂きました。

 

 

 どちらも、日本では見た事がないし、おそらく買う事も出来ない貴重なタロットです。

 

 何も情報が無い中で、運に任せて、タロットが置いてありそうなお店を探し、これらを見つけたそうです。

 

 本当、草さんの行動力のすごさには、脱帽させられます。

 

 草さんは、「昨日送った動画より、もっと刺激的なストーリーがあるので、それを3部作にしてアドレスに送ります」と、言ってくれました。

 

 正直、草さんがチョイスする動画は、かなり刺激が強いので、前回送って頂いた動画も、まだ、出だしの部分しか見ていないのです。

 

 最初はやんわりとお断りしたのですが、「この動画を見て、ぜひ新しい境地を勉強してください」と言われ、一応、後学の為に動画を送って頂く事にしました。

 

 とはいえ、その動画は、次に向かったオーストリアの国のネット規制にひっかかったようで、結局、送ってもらえずじまいになりました(笑)

   きっと、あまりに刺激が強すぎたからだ…

 

 僕は、なにげに映画なんかは、大好きで、今でこそ忙しくて、中々見られないのですが、レンタルビデオで借りたり、本当に面白そうなものは、映画館まで行って、見たりもします。

 

 でも、そんな中で、ホラー映画だけは、意識的に避けるようにしています。

 

 確かに、心臓がドキドキして、面白いと言えば面白いのですが、どうも後々まで刺激が強すぎる場面が心に残ってしまうというか、心のフィルターに衝撃的な映像が引っ掛かって、外せなくなってしまうのが嫌なんです。

 

 草さんから動画の話を聞いた時に、少しだけ見てしまった、最初の動画の映像が浮かんで、そわそわと落ち着かなくなってしまったので、しばらくの間、ベランダに行って、大きく深呼吸してきました(笑)

 

 30分ぐらい、一人でベランダにいて、キッチンに戻ってくると、高天麗舟先生と、相模泰生先生と、ヒデ君の3人で、力を合わせて作ってくれた美味しい夕食が出来上がっていました!!

 

 

 なんと、僕が食べたかった念願のスパゲティー… しかも、サラダ付きです。

 

 一口食べてみて、心から美味しいと感じました!!

 

 野尻泰煌先生も、「これ、うまいねえ」と、おっしゃっていました。

 

 ツコリー エッテレムのフォワグラも、もちろん高級で美味しいのですが、そういう美味しさとはまた違った美味しさです。

 

 心がこもっているというか、愛情があるというか…  うまく言えないんですけど、ただ、味が美味しいだけではなく、体まで元気になって癒されるような美味しさと言いますか。

 

 僕は料理は超苦手だけど、もしも、自分が作る機会があれば、このスパゲティーのようなものを作りたいと思いました。

 

 いよいよ明日は、このハンガリー・ブダベストを離れて、オーストリアのウィーンへと向かいます。

 

 <旅の教訓11>

 本当に心がこもっている料理は、めちゃくちゃ美味しい。

 

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2019年 ヨーロッパ紀行 第10話 ~古の聖堂は、永遠の時を刻む~19.06.09

2019年6月9日(日)

 

 (In Budapest Hungary Date  13 May 2019)

 

 ドナウ川に架かる、長いセーチェーニ鎖橋を渡り終えて、僕達4人は、ブダベストの中のブダ地区のエリアに入りました。

 

 

 最初に目に飛び込んできたのは、ブダ城へのトンネルと、王宮の丘に上がる為のケーブルカーでした。

 

 ケーブルカーを使うのも良いけれど、せっかく天気も良くて、気持ちがいいのだから、歩いて上に登ろうという事になりました。

 

 

 …という事で、出発進行!!

 

 昨日のブダベストはかなり厚かったのですが、今日はうって変わって寒いです。

 僕も、あらかじめ日本から持ってきていたダウンジャケット(色は緑)を着ています。

 

 ちなみに、明日の天気予報は、雨が降るらしく、今日よりさらに寒くて、真冬並みの寒さになるとの事…

 5月も半ばですから、日本では、絶対に考えられない事です。

 

 

 それでも、上に登っていく丘陵の坂道は、爽やかな新緑…

 

 本当に気持ちいいです(^^)

 

 とはいえ、この坂道、勾配度もかなりあるし、普段あまり体を動かし慣れていない野尻泰煌先生や僕には、それなりにキツかったですね。

 

 野尻先生は、階段を登る時には、千鳥に歩くようにして、登っていたので、僕もそれをマネして登りました。

 

 傍から見ていると、ちょっと滑稽にも見えるかも知れませんが、こうやって登ると、確かに移動距離は長くなりますが、体の負担は少なくて済むようです。

 

 坂道から右手を見下ろすと、かの「漁夫の砦」が見えました。

 

 

 ずっと坂道を登っていると、息切れがして、暑くて汗が出てきました。

 完全に運動不足ですね(笑)

 

 あんまり暑いので、着ていたダウンジャケットを脱ぎました。

 

 ちなみに僕は、ダウンジャケットの下には、毛糸の服(もちろん、色は緑)を着ていますので、急に寒くなって風邪をひいてしまうような心配はありません。

 

 

 坂道を登り切った所に、ベンチがあったので、少し休みました。

 

 左から、相模泰生先生、野尻先生、僕です。

 

 男性陣は、みんな坂道でくたばっています(笑)

 

 高天麗舟先生だけは元気で、3人が休息している間、さらに坂を登った所にあるお店に行って、おみやげを探していました。

 

 

 しばらくベンチに座って、3人とも体力を回復したので、一気に王宮の丘の上まで上がりました。

 

 王宮の丘には、ブダベストの宝、世界遺産でもある、マーチャーシュ聖堂があります。

 

 

 これが、マーチャーシュ聖堂…

 すごい迫力です!!

 

 余りにも建物が大きくて、カメラに全体が入らないので、うんと離れて敷地のギリギリの端まで行って、撮影しました。

 

 この聖堂は、元々「聖母マリア聖堂」という名前だったそうで、内装はバロック式の豪華なフレスコ画が描かれていたのですが、オスマン帝国にブダが占領されてしまった時に、イスラム教徒のオスマン軍によって、部屋のフレスコ画は、全部白いペンキで塗りつぶされてしまったそうです。

 

 その後、ブダ包囲戦によって、オスマン軍の占領するマーチャーシュ聖堂を、同盟軍が包囲して、同盟軍が建物に向かって大砲を打つと、それが壁に命中…

 

 その時、なんと建物の壁から、壁に隠して埋められていたマリア像がゴロッと出てきたんです。

 

 その砲撃がたまたま、オスマンの兵士達がイスラムの祈りを捧げていた時間だった事もあり、イスラムの祈りの最中にいきなり目の前に現れたマリア像によって、兵士達も驚いて、士気を失ってしまいました。

 

 その結果、オスマン帝国軍は大敗し、ブダはオスマン帝国の支配から逃れられたそうです。

 

 あと、このマーチャーシュ聖堂で有名なエピソードと言えば、オーストリア皇妃エリザベートと皇帝フランツ・ヨーゼフ1世の結婚式なんかも、ここで行われました。

 

 

 この聖堂の外に建てられた像は、西暦1,000年にハンガリー王国を建国したイシュト・ヴァーンです。

 

 今から一千年前に生きていた、この国の王様なのですね。

 一千年という時間があまりにも漠然として、どれぐらい前なのかがイメージできませんけど…

 

 

 マーチャーシュ聖堂の目と鼻の先にある喫茶店「パノラマ カフェ&バー(Panoramia Cafe & Bar)」で、4人で飲み物を飲みながら休憩しました。

 

 窓辺からは、丘陵の下がパノラマのように見えます。

 なんだか、おとぎ話の世界を、4人で、さまよっているような錯覚を起こしそうです。

 

 

 丘に立って、下を見降ろすと、ドナウ川と川の向こうのペスト地区の街並みが見えます。

 

 こんな高い所、いつもだったら、立っていられないくらい怖いはずなのですが、どういう訳か、今日はあんまり怖くない…

 

 

 きっと、心を許せる素晴らしい仲間が、ここにいるからだと思う…

 

 この日は、普通だったら人には相談できないような悩みを、みんなに相談したりしたんです。

 

 みんなが、心の中を本気で打ち明けてくれるから、僕も、誰にも言えないような話を打ち明けたりしたら、「そんなの普通だよ」とか言ってもらえたりして…

 

 

 人というのは、「自分が理解してもらえている」という事だけで、気持ちが楽になるのかも知れない…

 

 眼下の景色を見下ろしながら、そんな事を、とめどなく考えていました。

 

 国立美術館として、利用されているブダ王宮の前まで来たのですが、おりしも今日は月曜日…

 美術館の方は、お休みでした。

 

 

 国立美術館(ブダ王宮)の前に、馬に乗った勇ましい雄姿をした銅像…

 

「あっ、こんな所にナポレオンが!!」

 と、僕が言うと、高天麗舟先生から「そんな訳ないでしょ」と、鋭いツッコミが入りました(笑)

 

 確かに…

 フランス皇帝・ナポレオンの銅像が、ハンガリー王国の王宮の丘に建てられる訳は、ありませんね。

 

 でも、この手の帽子をかぶって、馬に乗っていると、何でもナポレオンに見えてきますね(笑)

 

 どうやら、これは「ユージン・サヴォイ像(Eugene of Savoy Monument)」と呼ばれている像のようです。

 

 ユージン・サヴォイ大尉は、ブダ包囲戦で大活躍し、オスマン帝国軍からブダを解放に導いた立役者…

 

 まあ、日本人には。あまりなじみがありませんし、ユージン・サヴォイの事を知っている方は、すごい歴史通だと思います。

 

 

 王宮の丘から下を見ると、ハンガリーの街が一望できます。

 

 人の寿命は、せいぜい100年前後でも、もしも我々が人類という単位で、過去を振返ったなら、もう1万年ぐらいの歴史はあると思います。

 

 転生輪廻があるかないかの論議は別としても、人類という単位で言えば、我々はもう1万年位は生きている事になる…

 

古の聖堂は、永遠の時を刻む…

 

 恒久の時を、じっと静かに見守っている古のたくさんの建造物が、過去からのメッセージを、僕らに伝えてくれているような気がしました。

 

 <旅の教訓10>

 人は、自分が理解されている、という事だけで、気持ちが楽になるし、強く生きていける。

 

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