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箱根の山の神社巡り18.10.14

2018年10月14日(日)

 

 今日は、久しぶりに箱根の地に行って、箱根神社と箱根九頭龍神社、そして白龍神社と、神社巡りをしてきました。

 

 別に、何かのご利益が欲しいという訳ではないし、祈願したいお願い事があるという訳でも無いのですが、ここの所、仕事運がめちゃくちゃ充実しているにもかかわらず、気力の方が枯れてきた感があって、それを補給したいというのが一番の理由です。

 

 ロールプレーイング・ゲームで例えるなら、体当たりで仕事にぶつかっているので、それなりにスコアは出せているのですが、主人公のヒットポイントの消耗が激しくて、「生命の泉」とかに行って、早くヒットポイントを回復させないと、ゲームエンドになってしまうようなイメージです。

    …ロールプレーイングを知らない人には、意味不明ですね(^^;;

 

 ちなみに、気が枯れ果ててしまって、ヒットポイントが0になってしまうと、占いをしている時には、直感が全く冴えなくなってしまうし、メールの返信をしようとしても、全く文章が浮かんでこないような状態となります(笑)

 

 そうなる前に、しかるべき場所に行って気を補給しておかないと、みんなに迷惑が掛かってしまいます。

 

 人によってはその場所が、大自然の中だったり、息抜きができるテーマパークだったり、ミュージアムだったりと、いろいろですが、僕にとっては、それが神社なんですね。

 

 僕は、昔から神社が好きで、元気がなくなったなあと思った時に、よく一人で出掛けていきました。

 

 

 別に、「必ずここの神社に行く…」みたいに、と決めている神社がある訳ではないのですが、「ここ一番」という時には、良く箱根神社に行きますね。

 

 もうこれまでに、何回も何回も行っていますし、前にブログでも取り上げた事もありますが…

(2014/6/18ブログ 「箱根の山の神様に会いに」 参照)

 

 何と言っても、僕が好きな徳川家康も、箱根神社の神様を信奉していて、箱根神社の社殿を再建したりしていますから。    そこかよ…

 

 箱根神社を参拝した後、バスで10分ぐらいの所にある「箱根九頭龍の森」に行き、箱根九頭龍神社にも参拝しました。

 

 この参拝する順番が、何気に大事だったりするんですよね。

 「十干十二支気学」の著者でもある笹木龍一先生も、過去のブログの中で、この神社の順番について書いていらっしゃいましたが…

 

 ちなみに箱根九頭龍神社のある「箱根九頭龍の森」は、秋から冬にかけては、16:00で門が閉まってしまうので、箱根神社と箱根九頭龍神社を1日の内に両方参拝したいと思ったら、それなりに朝早く支度して、昼頃までには箱根神社に着いている必要があります。

 

 

 久しぶりに箱根九頭龍神社に来ましたが、やっぱり清々しい気持ちになります。

 

 前にもブログに書きましたが、僕は神社に行って、自分のお願い事をクドクドするような事は、まずしないです。

 

 自分の思考はあんまり働かせないで、そこに充満している最高に美味しい神様の気を頂いて、ただただ感謝する… という感じでしょうか。

 

 あえて、自分の事をお願いするとしたら、「自分の限界を超えさせてください」とか「何か、神様のお役に立たせてください」とか、そのくらいです。

 

 よく神社のホームページとか、駅に掲げられてる広告看板なんかには、良縁祈願・社運隆盛・商売繁盛・心願成就… みたいに、ご利益がズラッと並べられていたりします。

 

 もちろん、人によっていろんな参拝の仕方があっていいとは思いますが、あんまりこういうものに囚われながら参拝すると、執着の気持ちによって、そこにある本来の清々しい気を受け取れなくなってしまう気がするんですね。

 

 箱根神社、箱根九頭龍神社、そして九頭龍の森にある白龍神社も参拝してきたのですが、本当に清らかな気に満ちていて、気力をしっかりと補給する事ができました。

    …ヒットポイントも、最高値まで回復しました(^^)

 

 僕が思うに、もしも神様というものが存在するとしたら、それは、ものすごく大きな存在だと思う…

 

 決して、この小さな祠の中に、神様は押し込められている訳ではなくて、この箱根の山そのものが神様なんじゃないかなあ… という気がしました。

 

 そんな風に思えたのは、ここにある自然があまりにも神々しく感じられたからかも知れません。

 

 

    九頭龍の森は、現実の世界の事を忘れてしまうような、不思議な空間でした…

 

 よく「苦しい時の神頼み」などと言いますが、例えば、自分の理想や願望を叶えたいと思った時に、一番大切な事は何か… と言ったら、まずは、自分の努力だと思うんですね。

 

 神様はやっぱり、とことんまで努力していて、さらに、心が澄み切っている人を応援してくれると思うんです。

 そうでないと、やっぱり不平等ですから…

 

 逆に、もしも、大した努力もしていなくて、自分の事しか考えていないような人の願い事が、何でも叶ってしまうような現世利益の神社があったとしたら、それはある意味かなり危険ですし、それなりの代償が必要になってくるかも知れません。

 

 まずは、人がとことんまで努力をして、そこで自分の壁みたいなものにぶつかった時に、「何とかこの壁を超えさせてください」と神様にお願いするというのが、順番だと思いますね。

 

 人間がどんなに頑張っても、中々変えられないものもあります。

 例えば、自分の性格や考え方なんかも、その一つでしょう。

 

 そんな時に、「精いっぱい努力するので、限界を超えさせてください」とお願いして、本当に努力してみる…

 

 そんな時にはきっと、神様も力を貸してくれるんじゃないかという気がするんですね。

 

 箱根の山の神様にご挨拶をして、疲れもすっかり取れて、気力も満タンになりました!!

 

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