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人なんて、どう化けるかわからない18.05.18

2018年5月18日(金)

 

 今朝、サロン ド シルフィーユの郵便受けを見てみたら、真藤昌瑳熙先生の経営するウェストリア・ガーデンから、「浅野太志の本格的四柱推命講座DVD」のサンプルが届いていました!!   今月末までは、先行特別価格です(^^)

 

 

 ここに写っているDVDは、前半の第1講座~第4講座までの「前編」だけで、これ以外にも、第5講座~第8講座の「後編」のDVDがあるのですが…

 

 ついに、ついに、DVDが出来上がりました!!

 

 こうして念願だった四柱推命講座のDVDが形になったのは、全て、真藤先生やカメラマンのSさん、そして、つばささんをはじめとしたウェストリア・ガーデンのスタッフの皆様のお陰であり、そして何よりも、DVDの製作を支えてくださった多くの皆様のお陰です。

 

 本当に、本当に、ありがとうございました。

 

 僕自身、昔は、こんな風に自分の姿が映ったDVDというものが世に出せるなんて、夢にも思っていませんでした。

 

 今では、すっかり落ち着いてしまったのですが、若い頃の僕は、とにかく自己実現がしたくて、いつも焦っていたのを思い出します。

 

 18歳で東京に上京して、あの頃は、ミュージシャンやら俳優やら、雲をつかむような途方もない理想を追いかけていたのですが、あれからもう、30年近くたつんですね。

 

 とはいえ、こうして振り返ってみると、一瞬の出来事のようにも感じます。

 

 30年もの間、本当にたくさんの人との出会いがありました。

 

 あの頃は、バンドをやったり、俳優になる為に養成所に行ったりして、たくさんの人との出会いがありました。

 

 生活費を養うために働いていたアルバイト先でも、たくさんの出会いがありましたが、バイトでは、どちらかというと、あんまり仲の良い友達はでいませんでしたね。

 

 当時の僕は、人間関係がものすごく苦手だったので(今、振り返れば、往々にして、自分の性格に問題があったのが原因なのですが…)なかなか、心を許せる友達が出来なかったんです。

 

 ただでさえ、友達が少なかったのですが、長い年月が流れる間に、その友達ともだんだん疎遠になっていって、今ではほとんど連絡が取れなくなってしまいました。

 

 唯一の例外は、サロン ド シルフィーユの大家でもあるS君だけですね。

 

 S君とは、18歳の時に知り合っているから、もう30年のつきあいですが、バンドを組んでいた時にはドラムをやってもらったり、いつも、この中野坂上周辺でよく一緒に遊んでいました。

 (2014/11/10ブログ 「人生のシナリオは、来たるべき未来の伏線」 参照)

 

 あの頃の僕は、本当、地に足がついていなくて、誰かれ構わず、自分がミュージシャンや俳優になるという未来が、絶対であるかのように語っていました。

 

 何の根拠もなく、まるで自分に言い聞かせるように、途方もない話をしていましたから、周りの友達もいい迷惑だったと思います。

 

 本当、当時は、自分というものが見えていませんでしたね。

 

 多分、周りのほとんどの人からは「こいつがミュージシャンや俳優になれる訳はないし、おそらくこのまま、一生うだつのあがらない人生なんだろうな…」と、思われていたと思います。

 

 まあ、実際の所、その夢は叶わなかったのですが、取りあえず、今は次々と自分の理想が実現して、本当に幸せですし、一生うだつのあがらない人生… というのは、なんとか避けられました。

 

 本当、あの頃はどうしょうもなかったです。

 

 それでも、あの頃は一生懸命、ミュージシャンを目指して必死に曲を作ったり、俳優になろうと、俳優養成所では、一生懸命、練習用のシナリオを丸暗記したりしていました。

 

 俳優を目指していた時に、NHKのアクター養成所というのに、通っていた事があるのですが、そこで出会ったテレビのプロデューサーの演技指導の先生は、原石から素質のある俳優を見抜く天才で、実際に今まで、数多くの新人を発掘してきた名プロデューサーでした。

 

 その先生がおっしゃるには、大きく成功する俳優というのは、その時は、箸にも棒にもかからない大根役者でも、内面にキラリと光るものがあるそうです。

 

 僕も、もしかしたら、その先生に発掘されて一躍有名になれるかも知れない… と夢を見ていたのですが、残念ながら、僕が目にとめてもらえる事はありませんでした(笑)

 

 でも、その先生がある時、「将来成功するであろう原石を、完璧に発掘する事なんて不可能だ」と、おっしゃっていたのを覚えています。

 

 昔、その先生は、俳優を目指していた若き日の山崎努さんを見た時に、「正直、この人は才能もないし、俳優になるのは無理だろう」と思ったそうです。

 

 初めて、オーディションで山崎努さんを見た時も、あっさりと不合格にして、自分の手掛けるドラマにキャスティングする事もなかった…

 

 ところがその後、何年かすると、山崎努さんはどんどん頭角を現して、一躍押しも押されぬ大スターになってしまったそうです。

 

 その後、ドラマの企画なんかで、山崎努さんと毎回会うたびに、「あの時、先生にはオーディションを落とされた…」と、チクチク嫌味を言われるのだとか…

 

 我々はどうしても、今の現状の目の前の相手の能力や立ち振るまいで、人を判断してしまいがちです。

 

 でも、人というのは、どれだけでも変わる可能性を秘めています。

 

 本当、人なんて、どう化けるかわかりません。

 

 中国の有名なの興亡史である「三国志」には、呉の国の卓越した軍師である呂蒙(りょもう)という智将の話が載っています。

 

 関帝廟でも有名な、知勇兼備の名将である関羽を出し抜いて、討ち取ってしまうほどに智恵のある武将だったのですが、昔は、武勇一辺倒の荒武者で、「呉下の阿蒙(ごかのあもう)」などと呼ばれていたそうです。

 

 訳すと、「呉の国にいる、いつまでたっても進歩しない、おバカちゃん」みたいな意味です。

 

 呉の天才軍師・魯粛(ろしゅく)が、呂蒙に向かって、「もう、貴方は『呉下の阿蒙』ではないな…」と言った時に、呂蒙が言った「士別れて三日ならば、即ち更に刮目して相待つべし」という言葉は非常に有名です。

 (2013/4/26ブログ 「人はどう化けるかなんてわからない」 参照)

 

 人は、未来にどう化けるかわからないから、人と接する時には見くびってはいけないし、常に礼儀を持って接する事を忘れてはいけない、という事なのでしょう。

 

 この事は、特に我々占い師は、肝に銘じながら、鑑定をしなければいけない事だと思います。

 

 そしてこの言葉は、もちろん目の前の人に対してもそうなのですが、自分自身というものに対しても、あてはまるでしょう。

 

 だから、今現在の自分の状況が、何一つうまくいかなくて、全くうだつが上がらない状態であっても、それで落ち込む必要なんてないし、そんな時こそ、自分の事を強く信じてあげなければいけないと思うんです。

 

 自分の心意気とやり方次第では、どんな風にでも変わっていけるし、未来には、無限の可能性が秘められているのですから…

 

 そして、やがてその場所にたどり着いた時には、軽んじられていた頃の自分が懐かしく思えるようになるはずです。

 

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