2019.03.19なにげない一日一日が大切な宝物

2019年3月21日(祝)

 

 今日は、春分の日…

 「早く、春にならないかなあ…」と、ずっと待ちわびていた春が、気がついたら、もう来ていました。

 

 外を歩いてみると、暖かな春一番が吹き荒れていて、気持ち良いのを通り越して、体の細い僕は、吹き飛ばされそうでした。

 

 僕は毎年、春が来るたびに、嬉しくて大喜びではしゃぐのですが…

 (2013/4/5パリブログ 「一つにつながっていけ…」 参照)

 

 もう、これまでのように、素直にこの季節を喜べなくなりました。

 

 どうやら僕は、間違いなく、花粉症デビューをしてしまったようです(涙)

 

 先々週辺りから、しばらくずっと、熱はないのに、目が痛くて、くしゃみは止まらないし、鼻水は出るし、喉も痛くて頭がボーッとしていました。

 

 そうしたら、先週のブログを読んでくださったOさんが、素敵な漢方薬を紹介してくださいました。

 

 

 「イスクラ衛益顆粒S」というお薬なんですけど、これ本当に良く効きます。

 

 これを飲み始めたら、たちまち花粉症の症状が、ピタッと止まりました。

 しかも、自然の生薬のみで調合されているので、安心です。

 

 基本的には、朝・昼・晩、食前か食間に、1日3回飲むのですが、いつも虚弱体質のせいか、少し外出するだけで、すぐ体が疲れてしまっていたのが、これを飲んでからというもの、体中からパワーが湧いてきているような気がします!!

 

 それで、もしかしたら、花粉症はもう治ってしまったかも… と思い、忙しかった事もあって、今日は朝から薬を飲まないまま、予定を入れていた「四柱推命講座・中級編」の補講を行ったのですが…

 

 またしても、目が痛くなって、鼻水とくしゃみと喉の痛みにおそわれて、改めて、「イスクラ衛益顆粒S」のすごさを実感しました。

    別に、イスクラさんから広告料もらっている訳ではありません(笑)

 

 ちなみに、本日補講にいらした中級編の受講生のYさんも、去年はずっとこの薬を飲んでいたそうで、「ものすごく効く」とおっしゃっていました。

 

 お薬ですから、効き目には個人差があるとは思いますが、花粉症に苦しんでいる方がいらっしゃいましたら、一度試してみられるのも、良いと思います。

 

 今月の前半は、いろいろな事があって、心が本当に落ち着かなかったのですが、今になってようやく、落ち着いてきました。

 

 それにしても、人生というのは、出会いがある分だけ、別れがありますし、もう二度と会えない人の事を思うと、寂しい気持ちでいっぱいになるものです。

 

 昔、読んでいた漫画に「勝負師伝説 哲也」という、小説家である阿佐田哲也さんの生涯を、脚色化して描いた漫画があったんです。

 で、そこに出てくる「ドサ健」という登場人物が、次のような決めゼリフを言うんです。

 

 「人は一人で生まれて、一人で死ぬ。淋しいぐらいで、ちょうどいいんだ…」

 

 あの漫画を読んで、もう20年近くも経つというのに(確か「少年マガジン」だったと思う…)今でも、あの言葉が忘れられなかったりします。

 

 実は、お釈迦様が出家する時、すがりつく従者に言った言葉に「人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいく」というのがあって、それを元ネタにしていたであろう事を僕が知ったのは、それから随分と後の事なんですけど…

 

 どちらにしても、人生というものには、寂しさというものは、つきもののような気がします。

 

 それでも、これから進んでいく未来には、たくさんの希望があるから、立ち止まってはいられない…

 

 四柱推命講座の受講生でもあり、この度、野尻泰煌先生の書のレッスンも受け始めたYさんが、オグ・マンディーノの著書を貸してくださって、今、何度もそれを、繰り返して読んでいるのですが、やっぱり、僕らの人生というのは、希望に満ち溢れたものだと思う。

 

 打ちひしがれた時には、ついつい「自分は、なんて無力なんだろう」と思ってしまいがちですし、時には「どうせ、この程度のものだ」と、自分が嫌になって、ふてくされてしまう事もありますけど…

 

 それでも、人生は何度だって、リベンジや、やり直しが効くのだから、自分が止まってしまわない限り、やっぱり、果てしなく希望は続くと思うんです。

 

 ついつい、僕らは「個」というものを重視しすぎるがあまり、自分というものを、オギャーと生まれた時から、息を引き取る時までのおおよそ100年弱の人生だけに限定してしまいがちですけど、本当はそうではなくて、あらゆるものがつながっているような気がします。

 

 僕の意志は、僕自身のものでは、あるのですけど、そこには、遠いご先祖様から受け継がれている意志も組み込まれているでしょうし、尊敬してやまない先人達の期待と遺志も宿していると思うし、途方もない話ですけど、それははるか昔、地球が誕生した時からずっと受け継がれている、神なるものの意志かも知れないし…

 

 こういう事を大真面目に熱く語るのは、ちょっと恥ずかしいのですが、ここ最近、いろいろな事があって、そんな風に感じられるようになりました。

 

 僕も、花粉症の悩みも漢方薬で解決したし、また、そろそろ歩き出そうか… と思っています。

 

 手始めに、今年の夏は、京都の地で「四柱推命講座・初級編 京都第1期」を開設する事にしました。

 

 以前に名古屋で会場を借りて、講座を開催した事があったのですが、その時に集まってくださった受講生は、お二人だけでした。

 逆に、東京から遠く離れた場所で、よくお二人も集まってくださったと思います。

 

 講座会場をレンタルして、旅費や宿泊代を掛けて講座を開いても、受講生の人が集まらなかったら、赤字になってしまうから、しばらくは、東京以外の講座はやめておこう考えていたのですが、今回また、思い切って挑戦する事にしたんです。

 

 物事はやってみなければわからないし、去年の初夢で、京都に行っている夢を見たり、去年の秋は実際に京都に行く流れになったりして、なんか、どうもこの地に導かれているような気がするんですね。

 (2018/1/2ブログ 「夢からのメッセージ」 参照)

 (2018/11/1ブログ 「雅の都・京都の地へ」 参照)

 

 理由はよくわからないのですけど…

 

 結果がどうなるか見当はつきませんが、とにかく始める事に意味があるし、例え、赤字になったとしても、その事で得られる人の縁は、それ以上のものを生み出してくれるかも知れない…

 

 僕はまだ20代の若者だった時は、「何かいい事ないかな…」なんて、よく口ぐせのように言っていたのを覚えています。

 本当、他力本願だったと言いますか…

 

 シンガーソングライターの河島英五さん(この方は「酒と泪と男と女」という曲の方が有名です)が、「何かいい事ないかな」みたいな歌を歌っているのを聞いて、まるで自分の事を言われているみたいに、恥ずかしくなった記憶があります。

 

 何もしないで、ただ幸せが来るのを待っていても、何も起こらないという事は、あの頃の自分も、良くわかっていたはずなんですけど…

 

 とはいえ、「何かを始めればいい」というものではないし、ましてや、「何かを始めなければいけない」と強制されるものでもありません。

 

 自分で、「何かを始めたい」と思った人だけが、始めればいいし、そうでなければ、それは大して意味を持たないでしょう。

 

 別に何かを無理して始めなくても、自分の目の前に与えられた一日一日を、出来る限りの力で精一杯、生きていったらいいと思うんですね。

 

 その結果が、未来を作っていくのだという気がします。

 

 さっき、いつものように、みどりん先生から「満月メール」が来ていて、ふいに、夜空を見上げてみたんです。

 

 そしたら、綺麗な満月が出ていました。

 

 

 春分の日に、偶然に満月が重なったんですね。

 

 なにげない一日一日が大切な宝物…

 

 例え100年生きたとしても、人生には36,500日しかありません。

 さすがの僕も、もうこの半分ぐらいは消費してしまったと思います。

 

 悔いがないように、これからも精一杯生きていこうと思います。

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)