2019.02.18目の前の相手は敵ではなく、本当に敵は自分の心にいる

2019年2月18日(月)

 

 一年で一番冷え込む2月という月も、もう半分が終わり、まだまだ寒いとはいうものの、確実に春が近づきつつあります。

 

 先日は、東京でも雪が降りました。

 僕は寒いのが苦手なので、エアコンとガスファンヒーターをフル稼働させながら、この冬をしのいでいます。

 

 よく、「男は外に出れば、7人の敵がいる」などと言います。

 

 これは、古い時代のことわざなので、男に限定されていますけど、今や、女性も社会で活躍する時代ですから、女の人にも7人の敵は、当てはまるかも知れません。

 

 どうして7人なのかは、謎ですが、要は、表に出たらたくさん敵がいますよ… という意味だと思います。

 

 アスリートなんかでも、ライバルを打ち負かすだけの強い精神力と、勝利への執着が、勝負を決めるなどと言います。

 だからある意味、勝負に負けても「悔しい」と思えない人は、アスリートには向いていない… という事になるのも、わかる気がします。

 

 これは、この現実社会で力強く生きていく上でも、そうかも知れません。

 

 もちろん、そういう生き方が向いていない人だって、中にはいると思うし、それなら、そういう自分の良さを活かせる職業やポジションについて、自分に合った生き方をすればいいだけの話です。

 

 ただ、そうやって考えると、「悔しい」という感情は、決して悪いものとも限らないように思えてきます。

 例えそれが、人に対する嫉妬や、ひがみから来ているものであったとしても…

 

 そういう気持ちに支配されている人というのは、周りから見ると、すごく大人げない態度を取っていたり、いつも周囲の和をぶち壊す身勝手な人だったりします。

 

 確かに、それは、立派な態度とは言えませんけれど、若い内であるならば、その刺々(とげとげ)しさは、ある意味その人の可能性でもあると思います。

 

 僕の10代と20代の時は、恥ずかしい話、毎日がそんな感じでした。

 

 でも、そんな風に生きていると、外は敵だらけになりますね。

 とても、7人の敵どころではありません。

 

 それまで、味方についてくれた人であっても、ふとした瞬間に嫉妬心が湧いたら、にらみつけるような態度をするから、みんな離れていきます。

 

 そんな事をやっていると、みんな怖がって誰も近づいてこなくなりますから、当然、友達は誰もいなくなります。

 当たり前の話、素敵な恋人ができて、関係が長続きするという事もありません。

 

 う~ん、遠い過去を振り返ると、恥ずかしいやら、謝りたいやら、もういっそのこと、死んでしまいたくなりますね(笑)

 

 この頃の僕は、世の中に存在する人間のそのほとんどは、自分の事を邪魔をする敵だと思い込んでいました。

 

 実際、冷静に考えてみると、何一つ邪魔なんてされていないんですけど、この頃の僕には、かたわらで成功していくライバルさえ(この頃の僕はミュージシャンを目指していたので、メジャーデビューしてテレビに出演した人とか…)も、自分の事を不愉快にさせて苦しめるという敵だったんです。

 (だから、あの頃はテレビも見なかった)

 

 振り返ると、なんという勘違いをしていたのだろうと、いたたまれない気持ちになります。

 その嫉妬に狂った原動力のお陰で、ここまで来られたのも、また事実でもあるのですが、一つ間違ったら、嫉妬と劣等感で自殺していた可能性もあったし、まるで紙一重で、本当に危なっかしかったです。

 

 今になって、わかったのは、本当の敵というのは実は全部、自分の心の中にあったのだという事…

 

 ここまで来るのに、本当に時間が掛かりました。

 

 この頃は、いつも自分の周りにいる人達を敵だと思い込んで、周りの人を傷つけてしまったし、取り返しがつかないほどに、たくさんの人に申し訳ない事をしてしまいました。

 

 でも、実は本当の敵というのは、ずっと自分の心の中にいて、それは、人を見下して怠ける心だったり、高慢で思い上がる心だったり、逆に憶病になって怯える心だったりする…

 

 そういう自分の弱い心が幻を作って、目の前の人に、自分の嫌な部分を投影して映し出しています。

 ユング心理学では、よくこういうのを「シャドー」と呼んでたりするんですけど…

 

 こういう心の中の敵を全部倒すと、これまでずっと敵だと思っていた目の前の人は、敵なんかではなくて、本当に大切にすべき同士だという事に、気づけたりします。

 

 もちろん、世の中には、本当に悪い人間というのもいる訳ですが、心の中にいる敵が全ていなくなると、不思議な事に、そういう相手に対しても、大して憎しみがわいてこなくなります。

 

 その時には、ただ淡々と、どうやったら、その人間に出し抜かれないようにするか… とか、どうやったら、周りの大切な人が、その人間の毒牙に合わなくできるか… という方策を、クールに考えている自分がいます。

 そして、こういう時は、この手の相手に、してやられる事は、ほとんどありません。

 

 だから、相手が悪い人間であっても、あまりに感情的にその人間に腹を立ててしまうという事は、何かしら、まだ、自分の心の中に、克服しなければならないものがあるというシグナルでもある気がするんです。

 

 ここでまた、僕の十八番の徳川家康の話を書きますと…

 

 よく、家康は、織田信長や豊臣秀吉と比較されて、「凡人なのに、運だけが良くて、天下を掌握した人」みたいに言われる事があります。

 僕は家康びいきなので、前はいつも、こういう評価に腹を立てていたのですけど(笑)

 (2012/7/30パリブログ 「堪忍を全うした偉人」 参照)

 

 でも、今になって、この三英傑(信長・秀吉・家康の事)の評価は、確かに言い得ているな… と思うようになりました。

 

 例えば、織田信長という人は、発想力とか時代の先見の明という意味では、本当に優れた人でした。

 人に対してあまりに残虐で冷酷非情なので、ついついそちらに目が行ってしまいますけど、この人の頭の良さは、ずば抜けています。

 やっぱり家康なんて、この人の足元にも及ばないですね。

 

 冷静に考えれば、信長という偉大な開拓者がいなかったら、家康は天下を取れていなかったと思います。

 

 豊臣秀吉という人のは、信長とは別の意味で、すごい人です。

 信長のような斬新さはないものの、類いまれな頭脳を使って、不可能と思われる事を、見事に可能にしてしまうし、敵さえも味方に引き入れて、いつも、あまり人を殺す事なく、戦さを終わらせてしまいます。

 

 秀吉という人は、人の懐に飛び込んでいって、あっという間に、相手の心をとりこにしてしまう達人と言っても良いでしょう。

 だからこそ、一時的に戦乱の世を終結させて、天下を取るという快挙を、成し遂げる事ができたのだと思います。

 (2012/7/29パリブログ 「気配りの優しい英雄」 参照)

 

 とても、家康が叶う相手ではありません。

 家康という人は臆病者で、よほどに心を許した家臣でなければ、猜疑心が振り払えないし、秀吉のように、相手の懐に飛び込んでいくなんて度胸は、かけらもありません。

 秀吉の行動は、並外れて素早いですから、ただでさえ腰の重い家康が、秀吉に追いつくのは、至難の業です。

 

 その差が端的に表れているのが、秀吉と家康が戦った「小牧・長久手の役」で、あの戦いそのものは、常に家康が有利に展開してきたのですが、その後、秀吉は、家康の周りの人間をどんどん味方に引き込み、あげくは家康のすぐそばにいた石川数正までもが、秀吉方に寝返ってしまいました。

 (石川数正は、家康のスパイとして、あえて秀吉傘下に加わったという説もあります)

 

 確かに、この論理で行けば、「秀吉=才人 家康=凡人」と評価されても、仕方ないと思います。

 事実、秀吉が先に死ぬ事がなかったら、やっぱり家康は天下を取れなかったでしょうし…

 

 じゃあ、なんで徳川家康という人が、最後に天下を取れたかと言えば、僕は決して、ただ運が良かっただけではなかったと思う…

 

 この人の本当のすごみは、自分の内面性を徹底的に錬磨して突き詰めて、自分の血肉にした所にあるように思うんです。

 

 家康は、本当の敵は、目の前にいる競争相手やライバルなんかではなく、自分の心の中にいるという事に気づいた人でした。

 そして、常に自分に対して厳しく、謙虚であり続けました。

 

 それを端的に表している家康の遺訓に「我が天下を治められたのは、武田信玄と石田治部少輔(石田三成の事)の二人のお陰である」という訓戒があります。

 

 武田信玄も石田三成も、家康の前に立ちはだかった憎き敵のはずなのに、家康は逆に、この人達に感謝しているんですね。

 (2012/9/2パリブログ 「強力なライバルは自分を強くする」 参照)

 

 普通の人は、中々こんな風に考える事はできません。

 こういう所が、家康の真骨頂だと思うし、信長や秀吉には、決して真似のできない部分です。

 

 目の前の相手は敵ではなく、本当に敵は自分の心にいる…

 

 よく、自分の限界を超えたアスリートの人も、このような事を口にしたりします。

 

 そして、その事に気づいた時、この人生の本質のようなものが垣間見えたりするし、人生というのは常に、この心の中の敵と永遠に戦い続けていく道なのかも知れないと、改めて気づかされたりもします。

 

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