2019.01.06おみくじよもや話

2019年1月6日(日)

 

 お正月も、気がつけばもう一週間が過ぎて、本当に慌ただしいというか、時が過ぎていく早さを感じます。

 

 元旦は明治神宮に参拝、2日は靖国神社に参拝、そして三が日最後の3日の日は、サロン ド シルフィーユの最寄り駅の中野坂上の産土様である、中野氷川神社に参拝に行ってきました。

 

 そして、4日に仕事始めをして、昨日は今年初の四柱推命講座・初級編、そして今日6日も、たくさんのお客様を、サロン ド シルフィーユで鑑定をさせて頂きました。

   明日7日はメルマガだ~

 

 

 3日の日、中野氷川神社を参拝した後、新年初のおみくじを引いてみました(元日の明治神宮でも、2日の靖国神社でも、おみくじは引かなかった…)

 

 何となくですが、今年は引く前から、大吉が出るような予感がしていました。

 

 去年の11月ぐらいから、もやもやした霧が晴れたような澄み切って、俄然運気が良くなっている感覚なのです。

 逆に、忙しくなり過ぎて、自分のプライベートの事は、どんどん後回しにされていくのですが(笑)

 

 おみくじは、「二十四番 大吉」でした!!

 

 

 ほぼ、完全無欠な大吉です。

 ほとんど全ての項目が「叶う」になっていました(^^)

 

 でも、こうやって大吉が出た時こそ、絶対に調子に乗ってはいけないんですね。

 

 ちなみに、四柱推命講座・初級編も受講してくださったTさんから、「浅草寺のおみくじを引いたら、2年連続で大吉でした」というメールを頂きました。

 

 これも、かなりすごい事です!!

 というのは、浅草寺のおみくじというのは、凶が出る確率がかなり高いですから…

 

 僕も、3年前に浅草寺のおみくじを引いていますが、その時は、かろうじて「吉」でした。

 (2016/1/3ブログ 「浅草の観音様とパチンコとおみくじ」 参照)

 

 歴史的に言うと、日本のおみくじの元になったのは、大津の延暦寺の僧・元三大師の「観音みくじ」というおみくじで、これは「凶」が出る確率がかなり高くて、なんと、100本ある内の30本が凶なんです。

 

 そして、このおみくじを全国的に広げたのが、晩年の徳川家康の名参謀である天海僧正でした。

 

 ある時、敬愛する元三大師が、天海の夢枕に立って「生前、自分が使っていた信州戸隠山におさめてある観音みくじをもって、人々の苦しみを救え」とお告げをされたそうで、実際に戸隠に人を遣わした所、その「観音みくじ」が見つかり、そこからどんどん広まっていったとの事です。

 

 実は浅草寺では、この古来からの「観音みくじ」をそのまま使っているんです。

 

 ちなみに、成田山や川崎大師、深大寺でも、この「観音みくじ」が使われています。

 このおみくじは、五言四句の干支が書かれているのが、その特徴なんですね。

 

 また、天海僧正が祭られている川越大使・喜多院のおみくじも、当然ながら、この観音みくじです。

 この喜多院の事は、村野大衡先生も、昔ブログで書かれています。

(村野先生ブログ「ほのぼの占い師“村野大衡”小江戸川越へGo!」 参照)

 

 おみくじというのは、気持ちを込めて引かなければ、何の意味もないし、本当に“ただのおみくじ“なんですけど、素質のある人がこれを真剣に扱って、文脈の中にあるものを捉えつつも、そこから何かをキャッチできれば、神の真意のようなものを引き出すツールにもなりえます。

 

 占いで言うならば、タロットや易のような、偶然性で見ていく卜(ボク)占(雑占)が、ちょうどこれに当たります。

 

 この種の占いは、扱う占い師の裁量によって、本当にピンキリであり、もちろん実力がある占い師が扱う卜占は、とても、おみくじと一緒くたにはできません。

 卜占は、占う質問によって占い方を自在に変えられますし、そこそこ100のパターンしかないおみくじと違って、結果のバリエーションの数は比べ物になりません。

 

 とはいえ、原理原則は同じなんですね。

 

 僕は、この卜占の事を「二次元」の占いだと思っているんです。

 それで、手相とか、人相とか、実際に存在しているものの形で占う相術が「三次元」の占いで、そこに時間軸が加わる命理の占いが「四次元」の占いではないかと思うんですね。

 

 まあ、三次元の次のベクトル軸を時間軸にするべきかどうかは、論考の余地ありですけど…

 (2014/9/18パリブログ 「4次元空間を制したら…」 参照)

 

 ここで言っている「次元」というものと占いの価値とは関係なくて、四次元だから良いとか、二次元だから悪いとかいう意味ではありません。

 

 一体、何が言いたいのかというと、例えば「相術」というのは、今現実にあるのものを、ありのままに捉えて、そこから事象を推察しようとしている意味で「三次元」ですが、生年月日時などで細かく見ていく「命理」は、人生を事細かく時間軸を加えて占う事ができるので「四次元」という意味合いです。

 

 卜占(雑占)というのは、実体のない(三次元でない)偶然性の何かを頼って、そこから象意を読み解いていくので「二次元」…

 

 とはいえ、二次元がダメなのではなくて、卜占は例えるなら、長~い金太郎あめのような人生をスパッと輪切りにして、そこにある模様を顕微鏡で事細かく見ていくのに、似ています。

 

 だから、今現在における具体的な事柄や解決策を知る為には、この卜占が、一番適していると言えます。

 相術や命理だと、この分野はボンヤリした感じになったり、占い師の主観が入りやすかったりしますから…

 

 そういう意味で、僕は「おみくじ」というものの価値は認めていますし、自分自身もタロットをやるし、そこに出てくる結果というより、何かしらのメッセージに一定の信頼を置いています。

 

 その割には、本やブログの中で「おみくじ式四柱推命」に対して言っている事が、厳しすぎるんじゃないの… と思われそうですが、あれは本来、4次元で見ていかなければいけない四柱推命に対して、2次元で見ようとしているから、問題だと思うんですよ。

 

 卜占の場合、「今の状況はこうですよ」と現在の状況をピンポイントで捉えて、そこから解決策を出そうとするのですが、おみくじ式四柱推命は、その人の性格や、1年間、ひどい時は10年間という長いスパンの人生を、卜占のように平面的に捉えて決めつけるから、ちょっと僕的には許せないんです(笑)

 

 本来の四柱推命は、そこに存在したり巡っている五行の状況を多角的と捉えて、幾通りかの解決策を導き出していくものなのに、おみくじ式だとその一番重要な部分が全部削り取られてしまっているし、四柱推命そのものが、あまりにも軽く扱われているような気がしてならないんですね。

 

 ちなみに、「おみくじ式四柱推命」という名前を最初に使ったのは、僕ではありません。

 

 もう20年以上のつきあいのある僕の尊敬するある先生が、最初にそう呼んだのです。(名前を出しても怒るような先生ではないのですが、知名度も影響力も大きくなっているし、記事を読んだ人が、必ずしも好意的に受け取るとも限らないので、あえてお名前は伏せておきます…)

 

 僕がまだ28歳ぐらいで、当時の僕はまだミュージシャンを目指していたのですが、その先生はすでに、僕が占い師の方が向いている事を見切っていたのですね。

 

 「浅野君、四柱推命で占いやればいいじゃない」

 

 「いえいえ、占い師なんて僕にはとても無理ですよ。ところで、ここのお店、○○先生が四柱推命する事になったんですよね」

 

 「ああ、“おみくじ四柱推命”でしょ。ホラ、表で簡単に星出して、決めつけるヤツ」

 

 この絶妙なネーミングに、思わず吹き出しそうになってしまいました。

 

 あの日から、もう20年近くになるんですね。

 

 その先生は、当時もすごい実力を持っていましたが、今や押しも押されぬ占いの権威ですし、まさか、僕までも、この占いのお仕事にこうして携われるとは、夢にも思っていませんでした。

 

 そんな過去を思い出す度に、感謝の気持ちがこみ上げてきます。

 

 それにしても、今年は良い年になりそうです。

 

 もちろん、だからと言って調子に乗らないように、ちゃんと周りを見ながら、精一杯の力で頑張ります!!

 

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