2018.11.01雅の都・京都の地へ ~近畿への旅<2>「京都探索・その1」~

2018年11月1日(木)

 

 旅行中に溜まってしまったメールの返信に追われつつ、旅ブログを更新しなければ… と頑張っていたら、またしても、パソコンの画面の前で居眠りしたまま、時間が過ぎてしまいました。

 本当に申し訳ありません。

 

 今、かなり質問メールが溜まってしまっています。

 

 なるべく早く返信しますので、どうか、もうしばらくお待ちください。

 

 須賀大社を出て、時間に追い立てられるように、近江鉄道に乗り、そこから彦根駅まで出て、一途、京都へ…

 

 彦根は彦根で、「ひこにゃん」で有名になった井伊直政の息子達の彦根城や、石田三成の佐和山城跡などがあって、特に徳川家康が好きなこの僕にとっては、本当に魅力的な場所だったのですが、もちろん、今回は時間が無いので、後ろ髪惹かれるような思いで、彦根を後にしました。

 

 彦根から京都は、JR琵琶湖線で10駅… 1時間足らずで行けてしまいます。

 

 そして一刻一刻と、二つ目の目的地でもあり、今回の旅のそもそものメインテーマである京都が近づいてきました。

 

 

 

 僕にとって、実は、京都というのは特別な場所なんです。

 

 幼い頃には、よくこの場所に行っていたのですね。

 だから、かすかですけど、5歳か6歳ぐらいの時の京都の記憶があります。

 

 もちろん、小学校の修学旅行も京都だったので、その時の記憶もあるのですが、その後はすっかりこの京都の地には寄り付かなくなってしまいました。

 

 特にミュージシャンを目指して東京に上京してからは、意識的に、この場所を避けるようにも、なりました。

 

 そして、この先の一生、もう、この京都という場所で電車を降りる事はないだろうと思っていたのですが…

 

 本当にわからないものです。

 

 1月2日の初夢を見て思ったのは、「この京都の地に行って、僕の心の中にあるトラウマを解決しておかなければ、このまま人生が先に進めないのではないか…」という予感でした。

 

 京都というのは、魔界の地とも呼ばれています。

 

 この場所に、「僕にとっての何か」があるのは確実で、この状況の中で、四柱推命講座の受講生でのあるIさんが案内役として、そばにいてくれる事はとても心強いです。

 

 そして、あっという間に京都駅に到着…

 

 

 この駅に降りたのは、35年ぶりぐらいです。

 

 ちなみに、戦国時代に生きた大名達にとっては、この京都に足を踏み入れるというのは、ものすごく特別な事だったのです。

 

 京都に入る事を、よく「上洛する」と言います。

 この「洛」というのは、中国の都の洛陽の事で、平安時代の頃から、貴族たちが日本の都である京都にこの名を当てはめ、「洛陽」と呼んでいました。

 

 応仁の乱が起こって、世が戦国時代になると、京にある室町幕府は形骸化され、室町将軍は実権を失い、大名達が京に上洛する事は、「天下を取る」に等しい意味をも持つ事になりました。

 

 駿河の今川義元しかり、甲斐の武田信玄しかり、京都に上洛する為に兵を進めましたが、今川義元は信長の奇襲によって、武田信玄は病によって、志半ばにしてこの世を去りました。

 

 そして結果的に、一度目は、足利義昭を室町幕府の将軍として奉じる為に、二度目は義昭を京都の地から追放する為に、二度の上洛を果たした織田信長が、天下の覇権を握る事になりました。

 

 それに比べると、現代の上洛は、何と味気ないものなのでしょう(笑)

 

 

 駅を降りて、改札を出ると、目の前に京都タワーが…

 

 僕は幼い頃から、京都タワーが大好きだったのです。

 だから、僕が小学校3年生か4年生の時に図工の時に作った焼き物は、この京都タワーでした。

 

 最近、改修工事や外壁の塗り直しが行われて、綺麗になりましたが、昔からこのデザインと色合いは変わっていません。

 

 Iさんと京都駅で待ち合わせをしていたのですが、あまりの懐かしさに、つい待ち合わせ場所を間違えてしまったようです。

 

 ちゃんと落ち合う事は出来たのですが、1時間ほど予定が遅れての出発になりました。

 本当に、申し訳ない事をしてしまいました。

 

 Iさんは、大学に進学する時に京都に訪れ、すっかりとこの街の魅力に魅入られて、その後、この京都で40年過ごしている、まさに京都のベテランです。

 

 これほどに、心強い味方はいません。

 

 Iさんの京都の旅の最初のプランは、僕の四柱推命の十二支を全部クリアするというもの…

 

 僕は、講座の時に自分の命式を題材にしてますので、受講生の方はみんな僕の命式を知っています。

 

 「亥」「辰」「申」「寅」の4つの十二支が揃うと、僕の命式はコンプリートされるのですが、Iさんからそのプランを聞いた時には、一体どうやって、十二支をクリアするのかが、さっぱりわかりませんでした。

 

 という事で、最初にIさんが連れて行ってくれた場所は、「八坂庚申堂」という場所でした。

 

 

 色鮮やかで華やかなお堂が、たくさんの観光客で賑わっていました。

 

 「これに近いものを最近どこかで見た気がする…」と感じながらも、思い出せずにいたのですが、今、思い出しました。

 

 LUSHのバスボムです(笑)

 

 

 八坂庚申堂のお堂に、参拝させて頂きました。

 

 このお堂が、おそらくは「庚申信仰」(2018/2/5ブログ 「感じているものの実体は、比較でしかない」 参照)から来ているであろう事は、僕もすぐにわかったのですが、まさか、こんなにファンシーな場所だったとは…

 

 

 お堂を見ていて、ようやく気付きました。

 

 こんな所に「見ざる聞かざる言わざる」の三猿がいるではありませんか…

 

 

 確かに、三猿は庚申信仰とは密接なつながりがあって、言い伝えによると「庚申の日になると、天帝に人の悪事を報告する三匹の虫(三尸虫)を封じる為に、信仰者は一切の悪事を見ざる、聞かざる、言わざるに徹した」という事です。

 

 なるほど、僕の四柱推命の干支は、「庚申」ではなく「壬申」ですが、この地に訪れる事によって、確かに「申」をゲットしました。

 

 Iさんの先導で、この後、残りの十二支の「寅」「亥」「辰」を取っていきました。

 

 

 建仁寺塔頭の「両足院」の毘沙門天堂を守る2匹の虎の石像で「寅」…

 

 

 

 建仁寺塔頭の「禅居庵」の摩利支尊天堂を守るイノシシ、そして、「護王神社」の主祭神・和気清麻呂公を守った300頭のイノシシにちなんで、神社の中のいたる所に存在するイノシシの像で「亥」…

 

 

 

 さらに、建仁寺の法堂の天井の見事な龍の絵で「辰」…

 

 このあたりの写真は、インスタグラムの方に、いっぱい載せていますので、もしよかったら、ご覧になってみてください。

 

 この後、六波羅蜜寺というお寺に入りました。

 寺務所には、なんと「開運推命みくじ」なるものもあって、四柱推命を元に、生年月日と性別の表で番号を出し、1番から100番までのおみくじで今年の運勢を示してくれます。

 

 「100パターンで占うという事は、十干百態論でも使って見ているのか…」と、色々思いを巡らせながら、値段も400円とお手頃だったので、早速1枚引いてみました。

 

 これは、大運の十干から見た通変と、年運の十干から見た通変の10×10で占っているようです。

 でも、「劫財や傷官や偏官や偏印だから凶」みたいな決めつけはなく、良心的なおみくじでした。

 

 「おみくじ式四柱推命」ならぬ「四柱推命おみくじ」…

 さすがに五行バランスまでは見れませんが、高い鑑定料を出して、おみくじ式四柱推命の鑑定を受けるよりも、こちらの方が断然おすすめです。

 

 Iさんの先導で、東山区を中心に、神社やお寺、昔ながらの趣きや、わびさびを味わえるような場所、さらに、ちょっぴり魔境を思わせるような不思議な場所も、行きました。

 

 改めて、京都というのは、雅(みやび)の地でもあり、反面、かなり強い魔界的な一面も持っているのだなあ… と思いました。

 

 その中でも印象に残っているのは、この安井金比羅宮です。

 

 

 ここは、何でも「縁切り寺」という事で有名で、ものすごい効果があるという事も、人づてに聞いていました。

 

 僕自身は別段、行きたいとは思いませんでしたが、Iさんの案内に導かれて、ふと気づいたら、目の前がそこだった… という訳です(笑)

 

 何気なく、そこに掛かっていた絵馬に書いてある願掛けに、目が行ってしまいました。

 

 「○○と縁が切れて、○○が地獄に落ちて苦しみますように…」とか、「○○が一日も早く死にますように」みたいな願掛けがいっぱい書いてありました。

 もちろん全部が全部、そういうのばかりではないのですが…

 

 おそらく、これを書いた人は、その相手から相当ひどい目に遭わされたのでしょう。

 だから、こんな風に相手の苦しみを願ってしまうのもわかるし、これが、人の性なのかも知れません。

 

 でも、この願いが叶うのと引き換えに、自分も同等の苦しみに遭う事も、覚悟しておかなければならないでしょう。

 

 「人を恨まば、穴二つ」とは昔から言ったものですが、本当に大切なのは、恨みと憎しみの負のスパイラルから抜け出す事です。

 

 別に、「憎んでいる相手を許そう」などと思う必要はありません。

 

 そんな相手の事なんて、どうでもいいのですが、自分自身の心だけは、その憎しみの地獄から救ってあげる事が何よりも大切です。

 

 

 この「縁切り縁結び碑」の穴をくぐると、縁を切りたい相手と縁が切れるそうで、実際にものすごい効果があって、全国からここに人が訪れるそうです。

 

 Iさんに「試しにくぐってみますか?」と勧められましたが、僕はやめておきました(笑)

 

 また、そういう相手が現れた時は、ここに来るかも知れませんが、少なくとも今は、縁を切りたいと思う人はいませんから…

 それに、可能な限りは、今ある縁を大切にしたいと思います。

 

 翌日の朝、Iさんが案内してくださった神社は、「晴明神社」…

 

 

 鳥居に五芒星が入っていて、まるで西洋の魔術結社のようです。

 

 安倍晴明の映画「陰陽師」が流行ってから、この神社はいつも観光客でごった返しているらしいのですが、僕が訪れた時は、朝早かった事もあって、ほとんど誰もいませんでした。

 

 

 晴明神社は、今は新しく綺麗に修復されていますが、安倍晴明ブームの前には、古くてボロボロの神社だったそうです。

 でも、Iさんが言うには、その時の晴明神社の方が、趣きがあって良かったそうです。

 

 

 これは、晴明神社の「厄除桃」…

 

 この桃をなでると、すがすがしい気持ちになるという事…

 僕もいっぱい、なでておきました(笑)

 

 

 こちらは「晴明井」…

 

 病気平癒のご利益があるとされ、水もただで飲めるので、僕はまだ体の悪い所はないのですが、病気にならないように願いを込めて、少し水を飲んでみました。

 

 やっぱり、京都という街はすごいなあ…

 改めてそんな風に思いました。

 

 Iさんは「たった一日しかないので、ご紹介できるのは京都のほんの一握りに過ぎませんが、他にもいっぱいご案内したい所がございます」とおっしゃいます。

 

 また、この街に行きたいと思います。

 

 そして、僕の京都でやってみたかった事のもう一つは「歴史探索」…

 また、このお話は、次回のブログに譲りたいと思います。

    悔しい… またもや、パソコンの前で居眠りをしてしまった…

 

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