2020.04.05西日本紀行記 ~出雲・山口への旅~<7>古神道の始祖・物部氏のパワー

2020年4月5日(日)

 

 今日のお昼に、丸亀製麺のうどんを食べに行こうと思ったら、なんとお休みでした!!

 

 まあ、この時期ですから、仕方がありませんね。

 

 僕も、なるべくは出歩かないようにして、家にこもって、講座の資料を作ったりと、コツコツ仕事をしているのですが…

 

 それにしても、新型コロナウィルスの影響が、まさかここまで大きくなるとは、年の初めには思ってもいませんでした。

 

 特に、接客業で人と会う仕事をされていらっしゃる方は、大変な目に遭われていらっしゃいますし、このウィルスを終息させるべく、真正面から戦っていらっしゃる医療関係者の方には、本当に頭が下がります。

 

 今、我々の行動も、どうしても選択肢が制限されてしまいがちですけど、この与えられた環境の中で、少しでも有意義に時間を使っていけたらと思います。

 

 …という事で、いつもの事ながら、半年前の西日本旅行記のブログの続きです(^^;;

 

 素戔嗚(スサノオ)の魂が眠るという、須佐神社を後にして、ILU開運ツアーの一行は、一旦、出雲市から外に出て、島根県太田市にある物部(もののべ)神社へと向かいました。

 

 

 物部神社は、石見国(いわみのくに)一宮と呼ばれています。

 

 ちなみに「一宮」とは、その地域の中で、最も社格の高いとされる神社を言います。

 

 前回のブログの須佐神社と出雲大社は、出雲国(いずものくに)の一宮です。

 一宮が2つあるというのも、本来おかしいのですが、だからこそ、須佐神社と出雲大社は、張り合っている部分があるのかも知れません。

 

 おそらくは、元々は須佐神社が一宮で、そこに新たに出雲大社ができて、同じく一宮になったのでしょう。

 

 

 石見国一宮・物部神社、到着…

 

 僕自身、このツアーの出発前は、ずっと東京で時間に追われていて、出雲大社に参拝するという事以外は、どういうプランで、どこの神社に立ち寄るかとか、きちんと把握していませんでした。

 

 だから「次に行くのは、物部神社です」とバスの中で言われた時も、「飛鳥時代の前あたりに、蘇我氏と争って覇権を奪われた物部氏の神社か…」ぐらいにしか、思いつかず、正直そんなに興味もわいていませんでした。

 

 半年前の僕は恥ずかしながら、あんまり物部氏の事も、知らなかったのです。

 

 

「物部」と書いて「もののふ」とも読ませるように、物部とは、古代日本においては、兵権と刑罰を担う職業でした。

 物部氏というのは、大和朝廷において「物部神道」と呼ばれる古神道や、呪術なども担当していたそうです。

 

 その後、仏教崇拝の蘇我氏と対立し、一時は仏教に弾圧を加えるも、その後、蘇我馬子や後に推古天皇となる炊屋姫(かしきやひめ)によって、粛清され、没落していきます。

 

 物部氏というのは、神武天皇よりも前に、国を治めていた饒速日(ニギハヤヒ)の子孫であるとされ、それは元伊勢である籠(かご)神社、そして、この籠神社は、よくこの手の話題で取りざたされる謎多き童謡「カゴメ唄」とも、密接な関係があると言われます。

 

 

 境内に入ってみると、いきなり鶴の置物がありました。

 

 このツアーは、藤尾美友先生が先達となって、神社や古神道の説明をしてもらいながら、とってもレアな神社を廻るのですが、常に、藤尾先生のご主人が、ツアーに参加している我々のお世話をしてくださっていて、時々、謎かけをされる事もあります。

 

 物部神社の境内に入った時、藤尾先生のご主人から、あるお題を渡されました。

 

 それは「この神社のどこかには、鶴と亀がいます。それぞれ、どこにいるか見つけてください」というもの…

 

 鶴は、誰でもすぐに見つけられたと思うのですが、亀の方はどこにもいません。

 

 

 境内全体を見渡してみましたが、亀らしきものは、どこにも見当たらないです。

 

 鶴と亀… と聞いて、ふと「カゴメ唄」の事を思い出しました。

 

 かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる

 夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ

 

 この歌は少なくとも、江戸時代以前からある歌だと言われています。

 余談ですが、その頃の文献によれば、「鶴と亀が滑った」とか「後ろの正面だあれ」という部分は、まだ歌詞になくて、全く別の歌詞になっています。

 

 もちろん、鶴と亀、後ろの正面バージョンの歌詞が、ただ残されていなかっただけかも知れませんが…

 

 あまりにも、みんなが亀を見つけられないので、藤尾先生のご主人が、正解を教えてくれました。

 

 

 なんと、拝殿の向こうから、ちょっぴり顔を出している本殿の屋根の所に、亀がいるではありませんか…

 

 これは、さすがに気づきませんでした。

 

 

 お手水の所にも、勾玉のようなものが、描かれています。

この手水石に彫られた4つの曲玉(まがたま)に触れる事で、勝運や財運が強くなるとの事…

 

 まずは、お手水の水入れそのものが、曲玉の形になっていて「浄の曲玉」と呼ばれ、そして、彫られている勾玉は、左から順に「勝の曲玉」「財の曲玉」「健の曲玉」「徳の曲玉」と、名づけられています。

 

 早速、お手水をして、4つの勾玉に触れておきました(^^)

 

 みんなで拝殿に参拝して、その後、藤尾美友先生に、屋根の造りなどの説明を聞きながら、本殿にも手を合わせました。

 

 物部神社の御神徳は、勝負運…

 古代日本の兵権と懲罰を担った物部氏の神様だけあります。

 

 物部神社の主祭神は、宇摩志麻遅命(ウマシマジノミコト)

 物部氏の初代とされる神です。

 

 

 その後、摂社である「後神社(うしろじんじゃ)」に、参拝しました。

 ここの御祭神は、宇摩志麻遅命の妃である師長姫(シナガヒメ)が、祀られています

 

「後ろの正面だあれ…」

 なぜか例のカゴメ唄が、耳にこびりついてきます。

 

 2本の杉の木に守られた、後神社…

 静かで、とても清々しい場所です。

 

 

 そして、藤尾先生がおすすめの末社が、この神代七代(かみのよななよ)社…

 

 神代七代とは、三貴子(さんきし)である、天照大御神(アマテラスオオミカミ)、月読命(ツクヨミノミコト)、素戔嗚を生んだ、伊邪那岐(イザナギ)と伊邪那美(イザナミ)の夫婦神を含む七代の神様の事です。

 はっきり言って、これらの神様が祀られている神社は、かなり珍しいです。

 

 御祭神名の所には、国常立尊(クニトコタチノミコト)、国狭槌尊(クニノサツチノミコト)、豊斟淳尊(トヨクムヌノミコト)、泥土煮尊(ウイジニノミコト)、大戸道辺尊(オオトノベノミコト)、面足尊(オモダルノミコト)、惶根尊(カシコネノミコト)、そして、伊邪那岐・伊邪那美の名前が書かれていました。

 

 国常立尊は、多少知名度がありますが、それ以外の神様はあんまり聞いた事がないです。

 古代から、物部神道において、この神代七代の神様が奏上されて、常に祀られているのかも知れません。

 

 

 こちらは、願いが叶えられやすくなるという「勝石(かちいし)」…

 

 伝えられている所によれば、物部神社の御祭神・宇摩志麻遅命が鶴に乗っておりたち、この石に腰を下ろされたと言います。

 

 運気の籠ったこの勝石を撫でると、全ての願いに通じる「勝ち運」を受けられるそうです。

 

 せっかくなので、いっぱい撫でておきました(^^)

 

 気のせいかも知れませんが、何だかやる気がわいてきました!!

 

 古神道の始祖・物部氏のパワーが満ち溢れた神社で、元気をたっぷりチャージしました。

 

 さて、この後は、日御碕(ひのみさき)神社に参拝し、稲佐ヶ浜(いなさがはま)に立ち寄って、いよいよ人生初の出雲大社に参拝させて頂きます。

 

 旅のクライマックスは、これから…

 とっても、ドキドキします。

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)