2020.01.20出羽三山・生まれ変わりの旅 ~羽黒山編~

2020年1月20日(月)

 

 毎日、喧騒に追われながら、ふと、あの出羽三山に登った時の事を思い出すと、なぜか、うんと遠い昔の出来事のように感じます。

 

 出羽三山に登ったのは、9月の初旬… あれからまだ、4ヶ月位しか経っていないのですね。

 あの2日間は、まるで真夏のように暑かったのを、覚えています。

 

 最初に登拝した湯殿山神社で、心地良い神秘的な体験をして、いよいよ我々を乗せたバスは、羽黒山にある出羽三山神社へと向かいました。

 

 この神社は、出羽三山の三社の代表のような場所…

 

 出羽三山神社には三神合祭殿があって、ここに参拝しただけで、羽黒山、月山、湯殿山の三ヶ所の神様全ての参拝をした事になるという、昔からの習わしになっています。

 

 だから、時間的にまたは体力的に、1つの山にしか行けないという人は、この羽黒山だけに登って三神合祭殿に参拝する事により、羽黒山、月山、湯殿山の三山全ての神様にご挨拶をしたという事になるんですね。

 

 羽黒山の標高は414m…

 月山(1,984m)や湯殿山(1,504m)に比べると、割と低い山で、山の入り口は、鶴岡市羽黒町という商店や宿坊が立ち並ぶ小さな街になっています。

 

 まさに羽黒山は、出羽三山の玄関口という言葉が似合います。

 

 

 月山と湯殿山は隣り同士の山ですが、羽黒山は、この2つの山から、かなり離れています。

 

 湯殿山を登ったのなら、次は、すぐ隣にある月山に登った方が効率が良さそうですが、何で、湯殿山の次に、わざわざ離れた所にある羽黒山に登るのかというと、理由は簡単です。

 

 月山と湯殿山を、たった1日で登って下りてくる事が、ものすごく大変だからです。

 湯殿山の後、月山に登ったまではいいですが、もしも1,984mの下山途中に日が暮れてしまったら、それ以上、下りたくても下りられませんから…

 

 そんなこんなで、四季の旅の一行は、2つ目の目的地である、羽黒山の出羽三山神社へと到着しました!!

 

 

 生まれ変わりの旅の過去・現在・未来で言うと、羽黒山は「現在」に当たり、今現在における現世利益を祈る場所との事…

 

 古来からの順番だと、3つの山で真っ先に登拝する山が、この羽黒山になります。

 人は誰しも、今の自分が幸せでなければ、気力がわいてきませんし、人に幸せを分け与える事もできませんから…

 

 鳥居の上の所には「出羽(いでは)神社 月山神社 湯殿山神社」と3つの神社の名が記されていました。

 この3つの神社を総称した神社が、出羽三山神社です。

 

 出羽三山神社の石段は2,446段あって、この数は、日本全国の神社の中でダントツ第1位です。

 石段の数で有名な四国香川にある金毘羅(こんぴら)様が、第2位の1,368段ですが、出羽三山神社の石段の数は、その倍です。

 それを登るのは、かなり大変だろうな… と覚悟していたのですが、今回、反対側の山の入り口から、バスで山頂に上がってしまった為、結局、石段を一段も登らずに済んだのでした。

 

 出羽三山を制覇するのは、体力的に相当キツいと、以前からみんなに聞かされていたのですが、正直いって、拍子抜けした気分でした。

 結局の所、バスに乗ったまま山の上まで行けてしまいますから、白い作務衣を羽織って、いかにもという格好をしていますが、実際には、登山らしい登山はしていません。

 まあ、僕的には、それで一向に構わないのですが(笑)

 

 2ヶ月前の7月に計画していた白山登山(結局、断念した)の為に準備した、ザックや、トレッキングポールなどの本格的なフル登山装備を、今回、持ってきていたのですが、必要なかったのかも知れない… とさえ、思うようになりました。

 

 

 ここが、出羽三山神社の参集殿…

 ツアーの31名は、ここに上がって、昇殿参拝をする事になりました。 

 

 参拝までの待ち時間、千佛堂(せんぶつどう)で、250体の仏像を拝観したのですが、それはもう圧巻でした。

 

 さあ、いよいよ昇殿参拝です。

 

 三神合祭殿で行う予定の昇殿参拝は、元々空いていた部屋の一つが、使用できなくなってしまった関係で、四国の高知県からいらっしゃった団体さんと、同じ部屋で一緒に御祈祷を受ける事となりました。

 

 その団体さんが申し込んでいた祈祷が、何と一座20万円の「太々神楽(だいだいかぐら)祈祷」という超特別な御祈祷…

 運が良い事に、我々もその末座に座らせて頂いて、ちゃっかりと、太々神楽祈祷を受けさせて頂けました。

 

 鈴がついた棒で、頭の上から少し痛い位にこすりつけられて、時間を掛けて、しっかりお祓いをして頂いたり、見事な神楽の舞を、目の前で鑑賞させて頂いたりと、生まれて初めて体験する清々しくて贅沢な御祈祷に、涙が出るくらい感激しました。

 

 受けた後、まるでデトックスをしたように、体がうんと軽くなりました。

 かなり悪いものが取れたのではないか、という気がしますね。

 

 

 この羽黒山では、何と、現地の本物の山伏さんが案内してくださいます。

    しかも、写真掲載OKとの事、本当にありがとうございますm(_)m

 

 羽黒山を登るコースとしては、商店や宿坊が立ち並ぶ町とつながっている随身門から、山に入っていくルートが一般的です。

 まずは国宝・羽黒山五重塔に向かい、その後、そこから2,446段という数の石段を、えっちらおっちらと、山頂を目指して上っていくのですが、かなりキツいと聞いていました。

 

 今回のツアーは、最初にバスで山頂脇まで行ってしまい、本殿を参拝して、帰りはその2,446段の石段を使って、下に下りてくるというプラン…

 

 同じ2,446段とはいえ、上りではなく下りならば、かなり楽に違いないと、この時、そう思っていました。

 

 

 こちらが、三神合祭殿の正面です。

 御朱印はここで頂けるのですが、僕は御朱印を集めていないので、外をぶらぶらしていました。

 

 すると、山伏さんが、すぐ近くの鏡池という池に、案内してくださいました。

 

 

 緑に包まれたこの池がこそが、鏡池…

 この池には、古来より多くの人々により奉納された銅鏡が沈んでいる事から、そう呼ばれています。

 

 何とこの池は不思議な事に、年間を通して、ほとんど水位が変わらないのだとか…

 そして、この鏡池こそが、この羽黒山・出羽神社の御神体なのだそうです。

 

 

 この龍の形をした石碑は、昇龍降龍像と言うそうです。

 

 やけに新しい石碑だなあ… と思っていたら、これが建てられたのは2018年11月23日で、つい最近の事のようです。

 

 

 三神合祭殿の隣りにあるこの神社は、蜂子神社(はちこじんじゃ)…

 

 出羽三山を開いた蜂子皇子(別名:能除仙(のうじょせん)については、前回のブログでも書きましたが、崇峻天皇の皇子であり、蘇我馬子の追手から逃れる為に、八咫烏(やたがらす)に導かれて、この出羽三山にたどり着いた人です。

 

 この神社は、江戸時代の元和5年(1619年)に、蜂子皇子の尊像を祀ったのが始まりとされています。

 

 

 これは、蜂子神社の隣にある羽黒山厳島神社…

 

 広島の厳島神社の御祭神と同じく、宗像三神と呼ばれる、多紀理比売神(たぎりつひめがみ)、市寸島比売神(いちきしまひめがみ)、多岐津比売神(たぎつひめがみ)それに、津速魂神(つはやむすぎのかみ)が、御祭神です。

 

 

 山伏さんが、2,446段の石段の入り口まで、見送ってくださいました。

 そして、ほら貝を吹いて、我々の道中の無事を祈ってくださいました。

 

 よく、お寺の御祈祷なんかでも、お坊さんがほら貝を吹く事があったりしますが、余程に熟練した人でないと、ほら貝というのは、うまく吹けません。

 階段を下りていく僕らを見送りながら、山伏さんは、ずっとほら貝を吹き続けてくれたのですが、本当に見事で、うっとりする音色でした。

 

 

 さあ、ここからが2,446段のスタートです。

 

 上りではなく、下りだから、こんな階段なんて大した事はないはず… そう侮っていたのですが…

 

 ツアーコンダクターの北さんが、階段を下りる際の楽しみ方を教えてくださいました。

 

 

 それは、この石段にある、ひょうたんやら盃やらの絵を彫られている石を見つける事…

 どうやら、こんな絵が33個あるのだそうです。

 

 言い伝えでは、その内の18個見つけると、自分の願い事が叶い、もしも33個全部を見つられると、どんな願い事でも全て叶うとの事…

 

 

 あっ、ここにもありました!!

 

 僕も最初は、息まいて挑戦してみたのですが、残念ながら見つけられたのは、10個ぐらいでした。

 

 正直に言いますと、ある程度、階段を下りていると、足がヘトヘトになって、息が切れてしまって、絵を探す所ではなくなってしまったのです(苦笑)

 

 2,446段、下りだからといって、侮れないです。

 

 

 とはいえ、階段を下りながら、そこから見える山の自然豊かな景色は、格別です。

 

 体はクタクタ、汗はダクダクですが、空気はめちゃくちゃ美味しい…

 

 

 途中にあった「芭蕉塚」…

 

 こんな名前だから、まさか、こんな場所で、松井芭蕉が亡くなったなんて事は… と真面目に考えてしまったのですが、そんな訳ありませんね。

    松尾芭蕉は、大阪の御堂筋で亡くなっています…

 

 

 この芭蕉塚は「三日月塚」と呼ばれ、1769年(明和6年)に、芭蕉を偲んで建立されたものだそうです。

 

 

 涼しさや ほの三か月の 羽黒山

 (涼しいな、ボンヤリと三日月が照らす羽黒山…)

 

 

 松尾芭蕉が、ここ羽黒山で読んだ句です。

 だから、三日月塚なのですね。

 

 

 三日月塚を後にして、ふと正面の空を見ると、夕日が出ています。

 

 この分だと、急いで階段を下りないと、真っ暗になってしまいますね。

 

 

 石段の途中にあった「火石」…

 苔に覆われています。

 

 一体これは何だろう… と、よく見てみたのですが、わかりませんでした。

 その昔、この石は夜になると光りを放ち、参道を照らしていたとの事で、ふもとがまだ浜だった頃には、漁師が灯台の代わりに、この火石を頼りにしたそうです。

 

 そんな馬鹿な事がある訳ないと思いつつ、どちらにしても「水の従旺格にするんだから、別に命式に火なんて欲しくないし、ここはスルーしよう…」と、意味不明な事を考えながら、石段を下っていきました(笑)

 

 

 さらに階段を降りると、ありました!!

 羽黒山で最も有名な建築物と言えば、おそらく、この国宝・五重塔でしょう。

 

 早速、近づいて行く事に…

 

 

 この五重塔は、東北地方で最古の塔と言われ、平安時代に、平将門が創建したと伝えられています。

 

 写真ではわかりにくいのですが、下からライトアップされていて、とても幻想的でした。

 

 

 これは、五重塔のすぐそばにある「爺杉(じじすぎ)」と呼ばれる巨木の杉です。

 

 昔は隣に婆杉(ばばすぎ)も存在したようなのですが、1902年の台風で失われてしまったとの事…

「婆杉が倒れた時、爺杉は、三日三晩泣き続けた」と、現在に語り継がれています。

 

 

 やっと、目的地の随身門に到着しました!!

 

 もう、体中クタクタで、歩く気力もありません(笑)

 

 この後、バスに乗って、宿坊の宮田坊に向かい、そこで旅の仲間と一緒に夕食を取りました。

 

 

 夕食は、超豪華な精進料理…

 

 よく見ると、肉も魚も一切入っていません。

 それでも、めちゃくちゃ美味しかったです!!

 

 

 そして、御神酒の升酒…

 初めて会った、ツアーの仲間と一緒に楽しく語らい合いながら、飲みかわしました。

 

 すごく美味しい地酒で、例によって、羽目を外し過ぎて、かなり飲み過ぎてしまいました。

 

 宿泊は、ここから少し離れた所にある、生田坊のお風呂付きの一人部屋…

 

 

 日頃から運動不足だった事もあってか、2,446段の階段を下りただけで、体中クタクタになってしまいました。

 その上に、お酒が入って、本当はすぐにでも眠ってしまいたかったのですが、最後の力を振り絞って、お風呂に入り、さらに写真をインスタでアップしました。

 

 時間はPM9:00ぐらいなのですけど、明朝はAM4:00起きです。

 

 ぐっすりと休んで、明日の月山神社登拝に備える事にしました。

 

  (「月山編」に続く…)

 

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