2019.12.23京都はんなり日記 番外編 ~星田妙見宮の星降り祭~

2019年12月23日(月)

 

 気がつけば、もうクリスマス…

 本当に一年というのは、あっという間ですね。

 

 京都に訪れたのは、もう半年前だと言うのに、まだこのブログ、京都の話を書いています(笑)

 いくら何でも延び過ぎていますし、さすがに書くネタもなくなってきたので、今年中には完結したいと思います。

 

 今回の京都旅行は、ほとんど京都市内に滞在していたのですが、Iさんのお誘いを受けて、一度だけ大阪府まで足をのばした事がありました。

 

 訪れた場所は、大阪府交野市(かたのし)にある星田妙見宮(ほしだみょうけんぐう)、京都での話ではないので、これは「京都はんなり日記・番外編」という事で…

 

 交野市は大阪府とは言っても、奈良県との県境の市で、京都からのアクセスも非常に良い場所にあります。

 

 この星田妙見宮の正式名称は小松神社と言い、古事記で一番最初に登場する、天之御中主(あめのみなかぬし)が主祭神です。

 ところが、この星田妙見宮を創建したのは弘法大師であり、如意輪観音が至る所にあって、そうかと思うと、庚申社まであって北斗七星が祀られている…

 

 神道なのか、密教系の仏教なのか、はたまた道教なのか、いろんなものが混じり合った感じの不思議な神社です。

 

 

 ちなみに、この神社のすぐそばに「家康ひそみ藪」という所があります。

 

 徳川家康が織田信長から勧められて堺見物をしていた時、本能寺の変が起こり、信長は明智光秀に殺されてしまいます。

 その時に、家康はその情報を入手するや否や、堺から逃げて、この星田妙見宮の入り口の所にある藪に身を隠し、村の長・平井氏が差し出した握り飯を、むさぼるように食べたと言われています。

 

 伊賀越えは、家康の人生の中でも、一番苦しかった出来事で、晩年には、よく近習の者にその時の苦労話を語ったそうです。

 

 Iさんからお誘いを受けて、星田妙見宮に訪れたのは、7月23日の「星降り祭」の催事がある日でした。

 この日も、非常に暑い日でしたが、妙見宮の山に入ると、幾分か涼しく感じました。

 

 

 この階段を上ると、ご神体の織女石(たなばたせき)のある山上拝殿にたどり着きます。

 

 今から1200年ほど前の平安時代、弘法大師・空海が祈りを捧げていると、北斗七星が3つに分かれて地上に落ちて来ました。

 その3つの内の1つの場所がこの星田妙見宮であり、その時に落ちて来た隕石こそが、御神体の織女石という訳です。

 

 まあ、あくまでも、これは伝承ですけれど…

 

 

 頂上の拝殿にたどり着きました。

 今日は「星降り祭」という事で、かなり混んでいます。

 

 外から参拝をさせて頂き、ふと上を見ると…

 

 

 十二支によって方位が書かれた、巨大な方位磁石がありました。

 磁石の部分には、易の八卦や二十八宿なども書かれています。

 

 頭の上に吊るされているのですが、すごく趣があります。

 

 

 隣りを見ると看板があり、看板の向こうには、ご神体の織女石がありました。

 よく見ると、この織女石のさらに右後ろにも、もう一つの織女石があり、拝殿から拝めるようになっています。

 

 実は、ここには織女石は2つあるのです。

 

 

 今日は、星降り祭という事で、特別に拝殿に上がらせて頂ける事になりました。

 

 Iさんと二人で、宮司さんがいらっしゃるすぐ後ろの一番良い席に、座らせて頂きました。

 拝殿を見ると、その向こう側にある鳥居の後ろには、御神体の織女石が、ちゃんと鎮座しています。

 

 星降り祭が始まり、宮司さんが祝詞を読み上げられました。

 厳かな声が響いて、スーッと空気が浄化されたような感じになりました。

 

 たまたま、一番前に座っていた事もあり、Iさんと僕は、玉串拝礼(たまぐしはいれい)をさせて頂ける事に…

 

 玉串拝礼とは、榊の枝に紙垂(しで)がついている玉串を、神様にお供えする儀式なのですが、僕は結婚式の時にやった事があるので、何とか形だけはできました。

 

 最後に、宮司さんのお話がありました。

 

 この社会というのは、常に均衡と不均衡の繰り返しで、できている… ゆえに我々は、調和でもって、均衡にもっていこうとする事が大切です… と、おっしゃっていました。

 

 さらに宮司さんはこう言われました。

 

 この宇宙において、全ての営みが連結されており、一つになっています。そして、この実相を肯定して調和させる中において、ご利益(りやく)がもたらされる…

 

 ただし、我だけのご利益は、必ず不均衡の要因を生みだす要因となってしまいます。

 そうではなく、相共に生きる共生の中にこそ、加護がある…

 

 よく「誰かが悪い」とか「社会が悪い」とか、言っている人を見かけますが、仮にそうだとしても、もしも、その誰かを変えようと思うなら、まずは、自分が変わる事… 社会を変えようと思ったら、まずは自分を変わる… そういう心づもりこそが大切で、それでこそ、みんなが良い方向に行く事ができる…

 

 これは、本当にその通りだと思いました。

 社会が悪い、誰かが悪いと、文句ばっかり言っている人は、ずっとその不平不満の人生の中で生き続けるしかないし、自分では気づかないうちに、周りの人を不愉快な気持ちにさせているので、人もどんどん自分から離れて行きます。

 

 誰かや社会に腹を立てる前に、まずは自分が変わろうとしてみる…

 

 カナダの精神科医エリック・バーンは「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」と言っていましたが、まさにそういう事なのかも知れません。

(2014/11/14 パリ・ブログ 「人は誰でも必ず幸せになれる」 参照)

 

 

 拝殿を出た所に「おもかる石」があったので、やってみました。

 これは、願い事を念じた時、その石が持ち上げるかどうかで、その願い事が叶うかどうかを知る… というものです。

 

 この時は、仕事の願い事を念じて石を持ってみたのですが、すんなりと上がりました!!

 

 そこそこ重い石でしたし、僕は力がそんなにある方ではないので、何となく、この石を持ち上げようとしても、多分上がらないと思います。

 案外これって、自分の潜在意識にある気持ちが、そのまま作用しているのかも知れませんね。

 

 

 星田妙見宮は、まさに名前の通り、星(北斗七星)に、祈りをささげるような神社なのですが、それぞれの人に、北斗七星の中で守護してくれる星というのが、決まっています。

 

 この看板には、自分の生まれ年で「本命星」と「元辰星」というのが、一目でわかるように書いてあって、どうやら生まれた年の十二支によって、決定するようです。

 

 

 この北斗七星占いも、自分の本命星の七星で占っていきます。

 ここには「貪狼星」「巨門星」「禄存星」「文曲星」「廉貞星」「武曲星」「破軍星」の7つの名前が書いてありました。

 

 あっ、これって、紫微斗数に出てくる北斗一星~七星までの星の名前、そのまんまですね。

 

 紫微斗数と言うのは、東洋占術の中で、四柱推命と双璧を成す占いであり、僕が長年お世話になっている村野大衡先生は、まさにその紫微斗数の星を、完全に使いこなす達人です。

 

 そして、紫微斗数で最もお勧めの本と言えば…

 

 「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」(村野大衡 著/東洋書院)

 

 すごくわかりやすく書かれている本なので、めちゃくちゃ勉強になります。

 この本を読むとわかるのですが、紫微斗数の星にも、やっぱり五行属性があるんですね。

 

 貪狼(どんろう)は木、巨門(こもん)は水、禄存(ろくぞん)は土、文曲(もんごく)は水、廉貞(れんてい)は火、武曲(ぶごく)は金、破軍(はぐん)は水です。

 

 とはいえ、星田妙見宮の星は、この7つしかありませんし、自分の星である本命星は、その中のたった一つですが、紫微斗数は百をゆうに超える星が出てきて、それら全ての星の命盤の中の配置によって、占っていく緻密な占いですから、とても、これと一緒くたにできるものではありません。

 

 さっきの看板の表では、生まれた年が子の人は貪狼星、丑と亥の人は巨門星、寅と戌の人は禄存星、卯と酉の人は文曲星、辰と申の人は廉貞星、巳と未の人は武曲星、午の人が破軍星となるようです。

 

 この十二支の分け方、どこかで見覚えがあるぞ… と記憶をたどってみて、思い出しました。

 これって、下鴨神社の言社(ことしゃ)の拝殿の分け方と同じですね。

(2019/11/2 ブログ 「下鴨神社と緑のシャワー」 参照)

 

 この十二支を7つに分ける方法は、どうやら真言宗で一般的に使われている方法のようです。

 

 とはいえ、太陰暦の正月(春節)を境目にするとも、二十四節気の立春を境目にするとも書いていないから、これだと、我々が普通使っているグレゴリオ暦の1年の境目で十二支も決まってしまう事になりますが、それでいいのでしょうか。

 

 …とまあ、余計な事を考えてしまうのが、職業上の悪い癖ですね。

 

 ちなみに、村野先生に以前、僕の紫微斗数の命盤を調べて頂いた事があって、僕は「命無正曜(めいむせいよう)」という特殊な星の配置なのですが…

(2012/10/24 パリ・ブログ 「違う占いでみても、答えは同じになる」 参照)

 

 僕の生まれ年の亥で、さっきの表をたどってみると「巨門星」になりました。

 

 いきなり「巨門星」と言われても、なんかピンときませんが、巨門星は水の属性だし、頭が良さそうな感じの星なので、良しとしましょう(笑)

 

 

 星降り祭の生姜入りのおいしいお茶を頂いて、うっとりとした気分で、拝殿から下に下りてきました。

 

 星田妙見宮の入口付近にある看板…

 

 

 なんと、この星田妙見には、それぞれの七星の如意輪観音が、ちょうど北斗七星の形に見立てて、配置されているのです。

 

 Iさんと話して、この7つの観音様を全て回ってみようという事になりました。

 

 

 これは、貪狼星の如意輪観音…

 

 命宮に貪狼星がある人は、華やかでカリスマ性があり、飲食、レジャー、海外旅行等、楽しい事が大好きです。華やかな世界で才能を開花させるはずです。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、巨門星の如意輪観音…

 

 命宮に巨門星がある人は、現状に満足せず、物事を追求・研究する力がありますので、知的分野・専門分野で才能が開花します。頭の回転が速い人です。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 各自の本命星と元辰星に礼拝するのが、通例のようですが、せっかくなので、全部礼拝して回る事にしました。

 

 下鴨神社の言社の時も、自分の年の十二支ではなく、命式に欲しい十二支の拝殿に拝んでいるし、もう、勝手に自分でルール作ってます(笑)

 

 山道を登ったり下りたりで、結構これは良い運動になりそうです。

 

 

 次は、禄存星の如意輪観音…

 

 禄存星は、身分、財運、経済、貴寿、解厄制化、衣食住、生活を楽しむ星。

「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、文曲星の如意輪観音…

 

 文曲星は、静的活動(音楽、書道、漫画等)、風流、優雅、文筆、アートの星。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、廉貞星の如意輪観音…

 

 命宮に廉貞星がある人は、白黒決着をつけたがり、あやふやな事を嫌うので、きっちり答えが出る仕事を選べば成功します。

 頭がよく、勘も鋭いので競争世界を勝ち抜く力を発揮します。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、武曲星の如意輪観音…

 

 命宮に武曲星がある人は、直情型で、決断力があり自信家で、何をするにも行動の早い人です。裏表なく本音でズバッと話します。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 最後は、破軍星の如意輪観音…

 

 命宮に破軍星がある人は、改革、革命等、常に激動の世界で活躍します。その割には礼儀正しい人が多いです。欠点は好き嫌いが激しく、大雑把な事です。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 この後、星が落ちてきた場所(隕石落下地点)とも言われている「登龍の滝」などに巡り、星田妙見宮を後にしました。

 

 Iさんとバス停に向かって歩いていくと、鳥居のある細い小道がありました。

 

 

 何の気なしに、その小道を入ってみると、そこには200体ぐらいのお地蔵さんがいらっしゃいました。

 

 ここは「義晴地蔵尊」と言い、義晴とは、室町幕府12代将軍・足利義晴の事で、どうやらここにお墓があったようです。

 

 足利義晴は、松永久秀に殺された悲劇の13代将軍・足利義輝や、織田信長に奉じられ最後は京を追放された15代将軍・足利義昭の父に当たる人ですが、この人自身も、弱体化していた室町幕府の将軍となって、色々と苦労の多い人生でした。

 

 このお地蔵様達は、足利義晴の奥方によって、度重なる戦で亡くなった人を敵味方なく弔おうと立てられたそうで、すぐそばに、足利義晴のお墓もあります。

 

 かなり長い間、雨ざらしに放置されていたのですが、地元の人達によって、今から37年前にこうやってお堂に収められました。

 

 

 この辺りは、緑にあふれた本当に気持ちの良い場所です。

 

 夏の日差しに照らされながら、束の間の星降り祭を楽しみました。

 

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