2019.09.12京都はんなり旅日記 その5 ~五条清水探訪記~

2019年9月12日(木)

 

 関東を直撃した台風15号も、無事に温帯低気圧と変化して、日本を通り過ぎていきました。

 

 僕は、この台風が来る直前、山形県の出羽三山(羽黒山・月山・湯殿山)に行っていたのですが、人生初の本格登山は思った以上にハードで、まだ、体が悲鳴を上げています。

 登山というのは、上りよりも、下りの方がハードですね。

 

 特に、高所恐怖症の人は(笑)

    もしも、白山を一人で登っていたら、下りて来られなかったと思う…

 

 でも、無事に出羽三山の3つの神社(羽黒山神社・月山神社・湯殿山神社)を参拝し、にわかには信じられないようなお陰まで頂いて、気持ちだけは、ものすごくリフレッシュしています!!

 

 また、旅行の内容は、次のメルマガや、この「京都はんなり日記」の連載が終わった後に、ブログに載せようと思っています。

    おそらくブログの連載は、かなり後になってしまいますが…

 

 そんなこんなで、月日はどんどん過ぎて行って、京都の思い出も、だんだんと遠い過去になっていくのを感じます(^^;;

 

 前回のブログで、京阪電鉄で七条から三条まで行く途中には「清水五条」という駅と「祇園四条」という駅がある事を、ご紹介しました。

 

 清水五条駅の「清水」とは、言うまでもなく、清水寺の清水の事ですが、この清水五条駅から清水寺までは、かなり距離があって、歩くとだいたい30分弱ぐらい掛かります。

 

 そう考えると「清水五条」という駅名にする事自体、ちょっと無理があるのではないか… という感じですね(笑)

 

 ちなみに、僕が住んでいる七条から、一番手っ取り早く清水寺に行こうと思ったら、バスに乗るに限ります。

 

 直線距離で言えば、七条駅からでも、清水五行駅からでも、清水寺までの距離は、そんなに変わりなかったりします。

 つまり、ここ七条から清水寺まで、歩こうと思えば歩けます。

 30分ぐらい掛かりますけど…

 

でも、せっかくバスが走っているのですから、この日は、京都市営バスに乗って、清水寺へと観光をしてきました(^^)

 

 清水寺は、僕の書の師匠である野尻泰煌先生の「京都に行ったら、行ったら良い名所リスト」の中に入っています。

 

 そして、同じく野尻先生が勧める名所である「三年坂(産寧坂)」も、清水寺から歩いてすぐの所にあります。

 

 七条駅の停留所から、清水寺に一番近い停留所の「五条坂」まで、バスで約8分…

 あっという間に、清水寺に着いてしまいました。

 

 

 大方の予想通り、大変混んでおります(笑)

 写真は仁王門ですが、この程度の混み具合だったら、まだマシな方で、もしも、修学旅行生の団体とぶつかってしまおうものなら、前に進めないような状態になります。

 

 まあ、清水寺と言えば、京都の観光名所の中でも、誰もが知る超有名な仏閣ですから、仕方ありませんね。

 

 

 向かって右側にある、西門(さいもん)の方に、歩みを進めてみました。

 

 西門の後ろに見えるのは、三重塔です。

 

 現在の西門と三重塔は、江戸時代初期の1631年に、徳川家光の命により再建されたものです。

 

 

 こちらが三重塔…

 

 こちらも、徳川家光の命により、大火で失ったものを1631年に建て直したのですが、400年近くになるのに、なぜこんなにきれいなのかと言えば、これまでに幾度にも渡って、修復作業をしているからなんですね。

 一番最近では、4年前の2015年に修復作業が入っています。

 

 そして、この三重塔のすぐ近くの隋求堂(ずいぐどう)には、「胎内めぐり」というのがあります。

 

 胎内巡りの拝観料は、たった100円…

 きわめて良心的な価格です(^^)

 

 以前、清水寺を訪れたことがある方は、「えっ、そんなものあったっけ…」と思われた方もいらっしゃると思います。

 それもそのはず、この胎内巡りは、2000年からスタートしていますから、それ以前は行われてなかったのですね。

 

 何だか面白そうなので(←失礼)早速、僕もトライしてみました。

 

 受付の方に説明を聞いて、早速、中に入ると、真っ暗で、光が完全に遮断されているので、本当に何も見えません。

 完全な闇という感じです。    真っ暗、「剣の9」よりひどい闇(笑)

 

 ただ、壁に着いている数珠を触りながら、手探りで前に行くしかありません。

 言うまでもなく、写真撮影は厳禁です。

 

 途中、何ヶ所かある緩やかなカーブを曲がりながら、前に進んでいくと、ボンヤリとした光の中に、梵字が書かれている石(随求石)を見つける事ができます。

 この石をなでながら、一つだけ願い事をすると、その願いが叶うとの事…

 

 「どういう形でも構わないから、天の神様のお役に立つお役割をさせてください」 と、祈っておきました。

 

 そして、また真っ暗な道をたどって、元の場所に戻ってくるのですが、中々これは良かったです。

 母親の胎内に戻って、もう一度、生まれ変わったかのような気持ちになります。

 

 さてさて、清水寺で一番有名なものと言えば、なんといっても「清水の舞台」…

 

 

 でも、残念ながら、只今、その「清水の舞台」のある本堂は改修工事中…

 シートで、すっかり覆われてしまっていました。

 

 「清水の舞台から飛び降りるつもりで…」という言葉は、思い切って何かをする時に、よく使われる言い回しですが、過去には本当に、この清水の舞台から飛び降りた人が、何人もいたそうです。

 あの言い回しは、決して、ただの比喩表現ではなかったのですね。

 

 江戸時代には「清水の舞台から飛び降りて、もしも生きていれば、自分の想いが添い遂げられる」みたいな噂があり、これまでに200人ぐらいの人が、この12mもある舞台から、実際に飛び降りているそうです。

 

 しかし、江戸時代は現代と違って、地面の土もアスファルトで固められていないし、樹木もいっぱい茂っていたので、一命を取り止めた人も、案外、多かったそうです。

 その人達の想いが、本当に添い遂げられたかどうかは、知る由もありませんが…

    どういう訳か、傘をさして飛び降りる人が多かった(江戸時代の歌舞伎の影響)

 

 あまりにも、ここから飛び降りる人が多いので、明治5年には、当時の京都府により「飛び降り禁止令」が発令されたとか…

 

 

 本堂の舞台には上がれなかったので、向こう側にある奥の院の舞台から、下を見下ろしてみました。

 

 奥の院の舞台も12mの高さですから、本堂の「清水の舞台」と、全く同じです。

 

 こ、こわいです…

 こんな所から、絶対に飛び降りたくありません。

    まあ、吹きさらしのエッフェル塔の上の怖さよりは、はるかにマシですけど…

 

 奥の院を出て、清水寺の起こりとなった「音羽の滝」へとめぐり、その後、子安塔へと向かいました。

 

 

 さっき出てきた三重の塔に、非常によく似ていますが、別物です(笑)

 

 この子安塔は、聖武天皇と光明皇后が安産祈願の為に参詣し、無事にお子を授かったお礼に建てた塔だと言われています。

 

 そして、この後行く事になる三年坂(産寧坂)は、この子安塔にある御本尊・子安観音へ参詣する為の参道だったそうです。

 

 子安塔から、来た道を少し戻って、奥の院と本堂の間の階段をどんどん上に上がっていくと、そこは神社になっていました。

 

 

 地主神社… 「じぬしじんじゃ」ではなく「じしゅじんじゃ」です。

 決して、地主さんの為の神社ではありません。    …当たり前

 

 ものすごくきれいな神社だったので、最初、最近出来た神社かな… と思ってしまったのですが、歴史は思いのほか古く、奈良時代より前から本殿があった可能性があるようです。

 

 そして、現代の社殿は、1633年に徳川家光が再建したものです。

 

 ご神徳は、何と言っても「縁結び」…

 地主神社の主祭神は、出雲大社と同じ大国主命(おおくにぬしのみこと)で、境内には「因幡の白うさぎ」の話にちなんで、大国主命とうさぎの銅像があります。

 

 入ってみたら、若い女性でごった返していて、どう見ても場違いな存在だったので、そそくさと出てきました。

 

 

 ここは、百体地蔵堂…

 中には、百体ものお地蔵さんがいらっしゃいます。

 

 子供を失くした親達が、夏の地蔵盆会に集まって、たくさんのお地蔵さんの中から、自分の子供にそっくりな地蔵を探して拝んでいたと言います。

 

 清水寺の境内を出て、次なる目的地「三年坂」へ

 

 

 この場所も、野尻先生のおすすめの場所の一つです。

 

 三年坂は、何とも言えない京の風情を味わえる場所でした。

 

 清水寺を後にして、来た時に使ったバス停が、どこだったかわからなくなってしまったので、たまたま案内表示の標識にあった清水五条駅に向かって、歩いていく事にしました。

 

 その途中、偶然にも、とっても素敵な神社を見つけてしまいました。

 

 

 若宮八幡宮社… 「永遠の美の神」と言われている神社です。

 

 ここで授与されている美の鏡御守りは、美をあやかれるように特別に御祈願したものだそうで、女性に大人気だそうです。

 

 四条・八坂神社の摂社「美御前社」、そして、五条のこの「若宮八幡宮社」さらに、また次の機会にブログに書こうと思いますが、下鴨神社内の「河合神社」の三社を巡れば、美しさを求める女性にとって、最強の神社ツアーになるはずです。

 

 

 僕が、この若宮八幡宮社に行った時は、ほとんど人がいませんでした。

 

 この神社が「美の神社」になった理由は、御祭神として祭られている神功皇后(じんぐうこうごう)が、身も心も美しく、凛々しかったから… とか。

 

 神功皇后が実際に実在したかどうかは、若干、疑わしい部分もなくはないのですが…

 

 神功皇后は仲哀天皇(ちゅうあいこうごう)の妻であり、仲哀天皇とは、あのヤマトタケル(日本武尊)の子供なのですが、古事記に書かれている所によれば、神功皇后にくだった神のご神託を信じようとしなかった事から、仲哀天皇は神に祟られて、琴を弾いている途中、いきなり崩御してしまうんです。

 

 その後、神功皇后は、お腹に子供(のちの応神天皇)を宿したまま、夫のあとを継いで、反乱を起こした九州の部族を従わせる事に成功し、さらにご神託に従って、朝鮮半島に攻め入って、新羅・百済・高麗の国々を服従させてしまうというお話です。

 

 神功皇后の活躍は、ヤマトタケルの武勇伝と比べても、まるで遜色ありませんし、日本史史上、これほどまでに気高くたくましい女性は、他にいないでしょう。

 

 とはいえ、神功皇后の容姿の事なんて、文献には一つも書かれていないと思うのですが、まあ、概してアクティブで凛々しい女性というのは、輝いていて美しいものです。

 

 

 この石は、蓬莱石と言います。

 

 足利尊氏が病気平癒を、若宮八幡宮社に祈った時、無事に快癒した事により、献上した品の一つと言われています。

 

 ちなみに、僕が野尻泰煌先生から頂いた書の雅号は、“豊峰蓬莱”です。

 なんか、この石にすごく親近感を感じるのですけど…

 

 

 若宮八幡宮社の中にある、ピカピカに磨かれた鏡…

 

 「身も心も美しく」という言葉に、身が引き締まる気持ちになります。

 

 若宮八幡宮社を後にして、五条通りをまっすぐ歩いていくと、やがて京阪電鉄の清水五行にたどり着きました。

 

 五条清水をあちこち探訪して、素敵な思い出がいっぱいできました。

 

もし良かったら、クリックしてください(^^)