2019.06.152019年 ヨーロッパ紀行 第16話 ~シェーンブルン宮殿へようこそ~
2019年6月15日(土)
(In Vienna Austriay Date 15 May 2019)
美味しい中華料理を食べた後、ウィーンのDo Step Innホテルの3人部屋で眠りにつき、一人だけ早く目覚めてしまった朝…
ふと携帯を見ると、高天麗舟先生から、「夕方のレセプションが始まる前に、みんなで一緒にシェーンブルン宮殿を見に行きましょう…」という、お誘いのメッセージが入っていました。
すぐメッセージに返信し、松里さんとヒデ君に断って、他の4人がいる本館のホテルへと向かいました。
夕方のレセプション会場は、ウィーンの街から、西に55km離れたサンクトポルテンという街…
という事は、昼過ぎぐらいには、ウィーンを出発していないと間に合いませんから、残されている時間はそんなにありません。
本館ロビーでみんなと落ち合うと、すぐにシェーンブルン宮殿に向かって出発…
この場所からですと、宮殿まで歩いていけない距離でもありませんが、時間を節約する為に、地下鉄を駆使して行く事にしました。
と言っても、毎回のように、相模泰生先生がすばやく手にしたガイドブックを調べて、道をナビゲートをしてくれるので、僕らはそれに甘えて、ついていくだけですが(笑)
ホテルの最寄り駅であるウィーン西駅(Westbahnhof)から地下鉄(U6)に乗り、レンゲンフェルトガッセ(Längenfeldgasse)駅で、地下鉄(U4)に乗り換えて、宮殿の最寄り駅であるシェーンブルン(Schonbrunn)駅へと向かいます。

シェーンブルン宮殿は、オーストリアのハプスブルク家の権威の象徴でもある壮大の宮殿で、世界遺産としても登録されています。
どうやら、パリのヴェルサイユ宮殿を常に意識しながら、それ以上の規模になるように、この宮殿を創り上げたようです。
今でこそ、オーストリアというと、オーストラリアと間違われてしまうほどに、目立たない国のイメージですが、第一次世界大戦以前は、堂々たる列強諸国でした。
イギリス・フランス・ロシア・ドイツと共に、欧州五大国の一つと呼ばれていたくらいです。
最盛期は、ハプスブルク帝国(オーストリア帝国、のちにオーストリア=ハンガリー帝国)の頃で、ハプスブルク家が統治していましたが、名門貴族で家柄が良いだけに、現状認識が甘かったのか、どういう訳か、戦争にはあんまり勝てなかったですね。
オーストリアから仕掛けた戦争や、一見勝てそうな戦争でも、だいたいは負けています(笑)
そんなハプスブルク帝国の中でも、名君と言っても良いのが、女帝マリー・テレジアで、かのマリー・アントワネットの母です。
娘のマリー・アントワネットをフランスのルイ16世と政略結婚をさせて、敵だったプロセインに対して、毅然とした態度で、オーストリアの領域を守った人です。
他にも、有名な人と言ったら、やっぱり、フランツ・ヨーゼフ1世の皇后でもあるエリザベートでしょうか…
元々、この領土には、神聖ローマ帝国という国があって、その神聖ローマ帝国は、15世紀半ばぐらいから崩壊するまで、ずっと、オーストリア大公のハプスブルク家が、帝位を独占していたんです。
この事こそが、オーストリアの国の萌芽ですね。

宮殿の最寄り駅、シェーンブルン駅に到着…
ここから、シェーンブルン宮殿に向かって、歩いていきます。
途中の道すがら、きれいな薔薇が咲き誇っていました。

草さんとツーショット…
まるで、修学旅行の学友のように、じゃれあっています(笑)

そしてついに、シェーンブルン宮殿に到着…
開場時間よりも、かなり早く着いてしまった事もあり、しばし、宮殿の中のロビーのような場所で、待ちました。

これは、ライオンの口を、力でもって無理やり開いている像…
草さんは、これがマルセイユ版タロット(カモワン・タロットもほぼ同一)の「力」のカードと同じ構図である事に、すぐに気づいたようです。

タロットの「力」は、別名「剛毅」とも呼ばれたりするのですけど、剛毅というのは、西洋の中心的な4つの徳と言われる「四枢要徳」(剛毅・正義・節制・賢明)の一つです。
そして、剛毅のアトリビュートは、何パターンかあるものの、多くは「人が力ずくで、ライオンの口を持って制している」という形で描かれています。
アトリビュートというのは、西洋美術における象徴の決まりのようなもので、例えば、「正義」のアトリビュートというのは、「片手に天秤、片手に剣を持っている」みたいに、暗黙上のルールが出来上がっているという訳です。
つまり、この目の前の像も、マルセイユ・タロットの力のカードも、どちらも同じ「剛毅のアトリビュート」というソースから作られているという訳ですね。
ついでに言うと、ウェイト版の大アルカナ「力」は、女の人がライオンをなだめて、ライオンが女の人になついてしまっているような絵が描かれていますが、これは、ゴールデン・ドーンの教義がウェイト版のカードに流れ込んで、「力」のカードが、本来の「剛毅」のカードの意味とは違ってきてしまっている事を表しています。
だからこそ、タロット占いをするには、使うタロットによって、カードの意味の取り方を変えていかなくてはなりません。
また、別の形の「剛毅のアトリビュート」の像がありました。

うわ~ぁ、ライオンをこん棒で打ちのめしています。
これを現代、動物にやったら、動物愛護団体に訴えられます(笑)
でも、これも「剛毅のアトリビュート」の一つなんですね。

これは、現存しているタロットの中で、最も古いカードの一つで、イタリアのヴィスコンティ家に伝わる「ピアモント・モルガン・ベルガモパック」の「力」のカードです。
やっぱり、これも、動物虐待をしようとしています(笑)
開場時間になって、宮中の部屋のゲートが開く頃には、ものすごい人だかりで大混雑していました。
さまざまな国の言葉の音声ガイドがあって、当然、日本語の音声ガイドもありました。
「今日は、時間があまりないから、さっと見て回ろうね」と野尻泰煌先生がおっしゃったので、みんなでテキパキと前に進みました。
シェーンブルン宮殿は、写真撮影禁止だったので、中の様子が写真で伝えられないのが残念ですが、本当に豪華絢爛というか、ハプスブルク家の栄華そのものでした。
マリア・テレジアが喪服を着通した部屋や、マリーアントワネットがフランスに嫁ぐ前に暮らした部屋、真面目な皇帝・フランツ・ヨーゼフ1世の書斎やら、エリザベートの寝室や、6歳のモーツアルトがピアノの演奏をした部屋とか、本当に目白押しでした。
金箔をふんだんに使った装飾や、ボヘミアングラスのシャンデリアなんかが、ものすごく立派で、まるで、昔話に出てくるお城に招待された夢を見ているような気分です。
ようこそ、シェーンブルン宮殿へ… と、優雅な貴族たちの声が聞こえてきそうな素敵な宮殿でした。
回った部屋は、45部屋なんですが、シェーンブルン宮殿には1,441のお部屋が存在しているのだそうです。
出口の所に、おみやげ売り場があって、ここにかなりセンスの良いものがそろっていたので、ここぞとばかりに買いまくりました。
お支払いをしようとしたら、お金が足りませんでした。しかも、ちょっとお金が足りないどころではなく、80ユーロ(=約1万円)も足りなくて(笑)
受付の人に言葉も通じなくて困っていたら、草さんが代わりに、お金を立て替えてくれました。
う~ん、僕はこういう失敗は滅多にしないのですが… それにしても、草さんがそばにいてくださって、本当に助かりました。

みんなで、喫茶店で一息つきました。
ここのウィンナーコーヒー、最高です。
外に出てみると、少し小雨が降ってきていました。
大量のおみやげを買いこんでしまったので、一度ホテルに戻ってから、いよいよ今回の旅の目的地である、レセプション会場のサンクトポルテンに向かいます。
<旅の教訓16>
買い物をする時には、必ず自分の財布の中身を、確認してからにする。
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