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運気が低迷期であっても、低迷しない方法18.01.19

2018年1月19日(金)

 

ついに、このブログも、まるで「やさしい風のように」の時のように、週1ペースとなってしまいました(笑)

 

とはいえ、2月3日までは、毎日更新の「占い暦」と並行して更新していますから、どうか、その辺りは大目に見てやってください。

 

このブログは更新できていませんが、ここの所毎日、まるで追われるように忙しく過ごしています。

 

確かに忙しいけれど、毎日がものすごく充実しています。

 

僕もこれまでの人生、今のように運気の流れが好調な時期もあれば、何をやってもうまくいかないような低迷期というのもありました。

 

僕自身は、「低迷期」とか「衰運期」とかいう言葉は、好きではないのですが、それでも、確かに人生には、たくさんの事を学ぶ為に「物事を熟成させていくような時期」というのは、あるでしょう。

 

その時期は、「絶対に何をやってもダメ…」 というような意味で存在するのではなく、自分の足りない所を補う為に、いろんな事を学んでいく為に存在していると、考えるべきです。

 

だから、過去のブログで何度も言っていますが、巷の占い師がよくすすめるように、そういう時期に「家にこもって、何もしないでじっとしている」という選択をするのは、最悪なんですね。

 

(2012/12/12 パリ・ブログ 「究極の速攻開運術」 参照)

 

もちろん、わざわざ自分の調子の悪い時に、人生の大勝負を掛ける必要はありませんが…

 

では、こういう時期には、絶対に運は開かないかと言ったら、そんな訳はありません。

 

実は、低迷期に運を開く、とっておきの方法があるんです。

 

それは、自分と相性の良い、運気が絶好調の人を見つけて、その人のピッタリとくっついてしまうという方法です。

 

その時は、その運気の強い人の選択に、基本的には、身を任せるようにした方がいいですね。

 

前回のブログ(生年月日時の運命よりも上位にあるもの)で、生年月日時以上に優先されるべき運命の要素があるという事を述べましたが、住んでいる地域によって、運命が変わってしまうように、自分と運命を共にしている人によっても、運気は変わってきてしまいます。

 

もしも、自分の運気がどんなに良い状態であっても、ものすごく運気が低迷している社長さんの所で働いていたなら、当然ながら、その影響を受ける事になります。

 

もちろん、運気の法則の中には、「運気の良い人は自然と運気の良い人と結びつきやすく、運気の悪い人は自然と運気の悪い人と結びつきやすい」という法則はあるのですが、運気が今一つの人でも、自分を謙虚にして、相手に譲るという事を心掛ける事によって、運気の良い人にぴったりと寄り添う事ができます。

 

歴史上の人物で言えば、徳川家康の中年期の頃の生き方がそうだったと思うんですね。

 

四柱推命上で見ても、家康の中年期の運気は今一つの時なのですが、家康はその時期、旭日昇天の勢いの豊臣秀吉にピッタリとくっついていました。

 

だから、秀吉の運気のあおりを受けて、豊臣政権時代も常にナンバー2であり続ける事ができたし、その時に、秀吉の政策や、内政や政治的手腕をしっかりと吸収して、見事に全部自分のものにしています。

 

あの低迷期の時代に、もしも家康が隠居などをほのめかして、家にこもってじっとしていたのなら、その後の家康の天下は、無かったと言って良いでしょう。

 

諸大名が居並ぶ中で、秀吉の前で床に頭をこすりつけたり、秀吉の命令で、先祖代々の地である三河や苦心して手に入れた遠江・駿河・甲斐・信濃を手放して、当時は片田舎だった関八州に移ったりと、確かに苦労はありましたが、その秀吉の命令を聞いたのが、やっぱり良かったと思うんですね。

 

これとは対照的に、織田信長の次男である織田信雄は、秀吉の命令に背いて、先祖代々の尾張の地を手放す事を拒んだ為、改易されて流罪になっています。

 

ちなみに、自分の運気が今一つの時というのは、どうしても感謝の気持ちが不足しがちになるものですが、そういう人は、やっぱり運命通りに、運気が今一つのままで終わってしまいます。

 

感謝の気持ちを忘れる事無く、運気が強いて、立派な生き方をしている人に、寄り添うようにピッタリとくっついていたなら、例え自分が低迷期であっても、間違いなく、運というのは開いていくものです。

 

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