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京都はんなり日記 後日譚 ~紅葉の京都へ、いざ再び~19.12.31

2019年12月31日(火)

 

 いよいよ今年も、あと数時間で終わろうとしています。

 来年も、皆さまにとって、素晴らしい年でありますように…

 

 来たるべき2020年「庚子」の運勢を、僕の講座の中級編の受講生でもある、くるみさんが占ってくれました。

 実はこの記事、書いたのはくるみさんですが、僕が監修させて頂いていますので、かなり内容はマニアックです。

 

 もちろん、こういう形で占いをすると、どうしても最大公約数的で大雑把な内容にならざるを得ないのですが、参考になる部分はあると思いますので、よろしかったら、ぜひ、ご覧になってみてください(^^)

 

 全体運気編 https://suimei-note.com/archives/9460

 

 個人運気編 https://suimei-note.com/archives/9432

 

 さて、今日のブログは、「京都はんなり日記」の後日譚です。

    この期に及んで、まだ続けるか…

 

 2週間ほど前の12月13日、僕は京都の地を再び訪れて、一日だけ、京都の紅葉を満喫してきました。

 

 今年の夏に京都に滞在していた時は、常に「四柱推命・上級編」のテキストの進捗が気になり、慌ただしく時間に追われていた事もあって、あまり、京都を満喫した気分にはなれなかったので、1日だけですが、ちゃんと京都を楽しみたいと思ったのです。

 

 東京から京都を、新幹線を使って往復すれば、2万7千円ぐらい掛かってしまいます。

 でも、夜行バスを使えば、うまく日程を選べば、最安値で片道1,800円からありますから、たった3,600円で往復できてしまうという事に気づいたのも、そのきっかけになりました。

 

 という事で、格安で往復のバスチケットを予約した僕は、前日12月12日の夜中の23:50に池袋から、バスに乗り込んで京都へと向かいました。

 

 しかし、確かに値段は安いのですが、結構シートが狭くてですね…

 途中、インターチェンジでの休憩はあるのですが、7時間バスに乗り続けるのは、かなり苦しかったです(笑)

 

 朝の7:00に、京都駅近くのヨドバシカメラの前の停留所に着くと、Iさんが待っていてくださっていました。

 

 Iさんとは半年ぶりの再開です。

 

 そして今回も、Iさんが今日一日に巡る場所とタイムスケジュールをしっかりと考えてくださっていて、あいさつもほどほどに、すぐにIさんが指し示すバスに乗り込みました。

 

 

 バスの正面行き先表示は、28系統「嵐山・大覚寺行き」となっています。

 

 一体、どこに案内されるのか…

 

 Iさんからメールで、どこに巡るのか詳細に書かれたものを頂いたのですが、時間がなくて、さらっと読んだだけなので、頭の中にきちんと入っていませんでした。

 まあ、Iさんが計画したスケジュールなら、安心できるので、全て委ねています。

 

 Iさんから、メールで行き先のリクエストを聞かれた時「下鴨神社と糺の森(ただすのもり)だけは、ぜひ寄ってみたいですが、後は全てお任せします」と答えました。

 

 あらかじめ、京都の紅葉の情報をインターネットで調べてみた所、紅葉を見る時期としてはちょっと遅くて、すでに落葉しかかっている場所も多かったのですが、下鴨神社と糺の森は、ちょうど見頃との事でした。

 それに、あの緑にあふれていた素敵な場所に、もう一度、訪れて見たかったのもあります。

 

 バスは、四条通を西に西にと進んでいきました。

 

 さすがに京都に3週間ぐらい滞在していましたから、だいぶ街の地理的なものも、分かるようになっていました。

 あと、このブログを書きながら、京都の地理を覚えたというのもあります。

 

 四条通の東のつき当たりは、確か八坂神社だったはず、では、西のつき当りにあったのは、何だったのだろう…

 

 僕は以前自分が書いたブログの内容を、思い浮かべてみました。

(2019/9/1 ブログ 「京都はんなり日記 その4 ~四条祇園は夢のあと~」 参照)

 

 「この四条通りの先には桂川があって、それを越えた所にあるのは、えーっと… 松尾大社ですね」というと、Iさんは、うなずいてくれました。

 

 

 四条通りの西の突き当り、松尾大社に到着です。

 ここは、文武天皇(もんむてんのう)の勅命を受けた秦忌寸都理(はたのいみきとり)が勧請して建立した神社で、主祭神は「大山咋神(おおやまぐいのかみ)」…

 

 松尾の神は「神々の酒奉行である」とも言い伝えられていて、松尾大社は、酒造関係者の信仰を集めています。

 ここには、お酒の資料館があって、日本酒も売っているのですが、あいにく松尾大社に到着した時間は、朝の7:40だったので、残念ながら、まだ開いていませんでした。

 

 なんと「松尾大社 酒-1グランプリ」というのが、ここで毎年開催されているんです。

 これは、全国の酒蔵の日本酒がここに集まり、参加者が飲み比べをして一票を投じ、その勝敗が決まるというもの… 機会があれば、いつか参加したいです。

 

 

 そして、周りを見渡すと、そこは見事な紅葉でした。

 

 あらかじめ、Iさんが、どの場所が紅葉の見頃なのかを、全部調べていてくださっていました。

 

 

 亀の口から水が出ています!!

 これは「亀の井(かめのい)」という松尾山の湧水の泉… 「よみがえりの水」とも呼ばれています。

 とても美味しい水で、酒蔵の仕込水にも使われていると聞きます。

 早速、ペットボトルに、たっぷりくみました。

 

 松尾大社の神使は、なんと亀なんですね。

 亀と言えば玄武であり、五行で言えば水…

 Iさんは、僕が水の五行を取りたがっている事を知っていて、水に関わりの強いこの松尾大社を選んでくださったのですね。

 

 

 下を見下ろすと、晩秋の美しい景色がそこにありました。

 

 他にも、相生の松(あいおいのまつ)とか、幸運の撫で亀(こううんのなでがめ)とか、松尾大社は、見どころ満載でした。

 

 

 ふと、東の方を見ると「伊勢神宮遥拝所」がありました。

 僕は、その一週間後に伊勢神宮に行く予定を立てていた事もあって、自然と足がそちらに向いて、参拝していると、ちょうどそこから、朝日が照りだして、光が眉間の所に当たりました。

 

 とっても心地よくて、光に包まれたような気持ちになりました。

 

 

 松尾大社を出て、すぐの所にあったのは「月読神社(つくよみじんじゃ)」です。

 実は、この月読神社、松尾大社の摂社なのですね。

 

 月読命の神様とは、色々と思い入れがあります。

(2019/9/1 ブログ 「天照大御神と月読命 ~近畿への旅<7>「三重・伊勢神宮外宮へ」」 参照)

 

 時間を掛けてしっかりと、参拝させて頂きました。

 

 月読神社を出て、徒歩でひたすら道を北上していきます。

 20分ぐらい、歩いたでしょうか…

 そこには、嵐山の「虚空蔵法輪寺(こくうぞうほうりんじ)」がありました。

 

 

 知らない内に、いつしか嵐山まで歩いていたのですね。

 

 虚空蔵菩薩とは、虚空(宇宙)を蔵する菩薩… 広大無辺の宇宙の徳を蔵し、我々のみ親であって、無限のご利益を与えてくれると言われている菩薩様です。

 

 この法輪寺は、可愛い羊の使者の像があったり、「電電宮」という電気の神様がいたり、電気の恋愛のおみくじがあったりと、見どころ満載の古刹(こさつ)です。

 

 それにしても、電気が科学として人々に意識されるようになったのなんて、どんなに古くても16世紀の欧米の歴史までしか、さかのぼれません。

では一体、この電電宮の由緒とは何だろう… と調べてみました。

 

 西暦800年前後、道昌僧都(どうしょうそうず)というお坊さんが、求聞持法(ぐもんじほう)の満願の日、井戸で水を汲んでいたら、天空より明星が降り注ぎ、虚空蔵菩薩がおりてきたとの事…

 

 ゆえに最初は「明星社」と呼ばれていたのですが、建物は禁門の変で焼失… やがて電気業界や関係者からの信仰を集めるようになり「電電宮」という名前で、新たに奉祀されたとの事です。

 

 

 法輪寺を出て、しばし歩くと、桂川に出て、そこにはあの有名な「渡月橋」がありました。

 

 渡月橋と言えば、倉木麻衣さんの「渡月橋 ~君 想ふ~」でしょうか。

 名探偵コナンとのタイアップ曲でもあるのですが、とても京都らしくて、素敵な歌だと思います。

 

 

 

 唐紅(からくれない)に染まる渡月橋、導かれる日、願って

 川の流れに祈りを込めて♪

 

なんとなく、口づさんで見ました。

唐紅は、濃い紅色の事… ちょうど今頃の紅葉の時期の歌なんですね。

 

 

 道路沿いを歩いていたら、ほっこりとするお地蔵様が…

 

 写真を撮っていると、Iさんから「そんなもっさいもん、その辺のどこにでもおます」と言われました(笑)

 

 

 次にたどり着いた先は、野宮神社(のみやじんじゃ)

 

 この野宮神社は、その昔、天皇の代理で伊勢神宮にお仕えする斎王(天皇の親族から未婚の女性が選ばれる)が伊勢へおもむく前に、身を清められた所です。

 境内には、苔(こけ)がじゅうたんのように、きれいに敷かれた庭園もあります。

 

 そして、嵐山と言えば…

 

 

 やっぱり、この竹林の小径(ちくりんのこみち)ですね。

 

 だいたい、京都嵐山の写真というと、この竹に囲まれた道が幻想的に写されています。

 こうして紅葉の時期に竹を見るのも、また良いものですが、やっぱり、この竹林を見るなら、新緑の季節が一番なのかも知れません。

 

 竹林の小径には、人力車のお兄さんがたくさんいて、「人力車に乗りませんか」と話しかけられます(笑)

 

 

 この後、竹林の小径の所にある「奥野々宮地区」の百人一首の歌碑を見ました。

 

 秋の田の かりほの庵の 苫をあらみ わが衣手は 露にぬれつつ  天智天皇

 これやこの 行くも帰るも 別れては 知るも知らぬも あふ坂の関  蝉丸

 筑波嶺の 峰より落つる みなの川 恋ぞ積もりて 淵となりぬる  陽成院

 わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても 逢はむとぞ思ふ  元良親王

 名にし負はば 逢坂山の さねかづら 人に知られで 来るよしもがな  三条右大臣

 白露に 風の吹きしく 秋の野は つらぬきとめぬ 玉ぞ散りける  文屋朝康

 浅茅生の 小野の篠原 忍ぶれど あまりてなどか 人の恋しき  参議等

 

 竹林を出て、Iさんに導かれるままに、しばらく歩き、天龍寺に到着しました。

 

 天龍寺は、臨済宗天龍寺派大本山の寺院…

 

 元々、後嵯峨天皇(ごさがてんのう)とその皇子である亀山天皇が、檀林寺(だんりんじ)の地に「亀山殿」という離宮を作ったんです。

 その後、70年ほどの年月が経った時、北朝を立てて、室町幕府を強引に成立させた足利尊氏が、南朝の天皇で、自分の敵となった後醍醐天皇の菩提を弔う為に、この亀山殿を天龍寺として改造しました。

 

 これを足利尊氏に勧めたのは、禅僧・夢窓疎石(むそうそせき)であると、伝えられています。

 

 

 この天龍寺の方丈は、世界遺産…

 そして、ここから見た紅葉の曹源池は格別で、美しい水面と調和した風景は、本当に素敵です。

 

 その後、Iさんと天龍寺の中の精進料理屋さんで、日本酒を飲みながらお食事をして、天龍寺を後にしました。

 

 

 次に向かった先は「御髪神社」です。

 

 ここは、日本で唯一の髪の毛の神社と言われていて、理容師関係の人が多く参拝されるようです。

 あと、髪の毛が薄くなってきた人も…

 

 何となく目に入ってきてしまった絵馬の祈願文を読むと、どうやら、後者の人の方が多いみたいですね(笑)

 

 

 御髪神社から、さらに歩いて、嵐山の奥の方へ入っていきます。

 

 松尾芭蕉が何度も訪れたという「落柿舎(らくししゃ)」に立ち寄り、さらに、なだらかな坂道を登っていきました。

 

 たどり着いた場所は、「化野念仏寺(あだしのねんぶつでら)」…

 

 

 この竹林の坂道を上へ上へと登っていきます。 

 

 すがすがしくも、なにか神秘的で厳かな雰囲気が漂っています。

 

 

 化野念仏寺も、見事な紅葉でした。

 

 化野念仏寺は浄土宗のお寺で、空海が五智山如来寺(ごちさんにょらいじ)を建立し、野ざらしになっていた、たくさんの遺体を埋葬して弔ったのに始まり、後に、法然はここで念仏道場を開いたと言います。

 

 写真には撮らなかったのですが、「西院の河原」と言って、八千体という、おびただしい数の石仏や石塔が一ヵ所に集められていました。

 これは明治時代に、この辺りに埋められていた無縁仏を掘り出して、この場所に集めたのだそうです。

 

 8月最後の土日の縁日になると「千灯供養」と言って、この石仏や石塔の全てにろうそくが灯され、特に夜は、すごく幻想的な雰囲気となるそうです。

 

 

 こちらは「六面六体地蔵」と言って、六角柱のそれぞれの面に、天道・人間道・修羅堂・畜生道・餓鬼道・地獄道の六道にさまよえる人を救うお地蔵様が張り巡らされています。

 そして、これら一つ一つのお地蔵様に水をかけて、お参りをする事で、罪障から救われていくそうです。

 

 六道の事は、仁和寺の所でも書きましたが、どうやらこれが、仏教の基本的な考え方のようですね。

(2019/11/27 ブログ 「京都はんなり日記 その13 ~龍安寺と仁和寺、京の古刹を巡って~」 参照)

 

 一つ一つのお地蔵様に水を掛けながら、丁寧にしっかりと参拝させて頂きました。

 

 化野念仏寺を後にして、おしゃれな喫茶店でコーヒーとケーキを食べながら、ふと時計を見たら、もう夕方近くになっています。

 

 いよいよ次は、本日最後の紅葉の見納めです。

 

 

 向かった先は、僕があらかじめリクエストしていた下鴨神社と糺の森…

 見事な紅葉になっています。

 

 

 ここに来たのも、半年ぶり… 懐かしいです。

(2019/11/27 ブログ 「京都はんなり日記 その10 ~下鴨神社と緑のシャワー~」 参照)

 

 この後、下鴨神社の拝殿と言社に参拝させて頂いて、次に摂社の河合神社へと向かいました。

 

 

 河合神社も、すっかり秋の色ですね。

 例によって、美顔絵馬にお化粧をさせている女性がたくさんいました。

 

 

 ふと、糺の森のある方向を見ると、夕日が沈んでいくのが見えました。

 

 

 もう、旅も終わりか… ちょっぴり切ない気持ちになりながら、河合神社の中を歩き回ってみました。

 

 

 河合神社にも、しっかり参拝させて頂きました。

 

 最後は、糺の森の紅葉を見て、いよいよ紅葉の京都ともお別れです。

 

 

 あの緑一色だった糺の森が、今ではすっかり、秋色に色づいています。

 

 半年前に訪れた京都は、新緑の若々しくて溌溂(はつらつ)とした元気な京都でした。

 今日の京都は、しっとり大人の色を醸し出した、半年前とは別人の麗しい京都…

 

 どちらの京都も、愛おしいと思う…

 

 

 糺の森の紅葉を背にして、この後、Iさんお勧めの京都の老舗で夕食を取り、23:00に京都駅近くのバスターミナルから発車する夜行バスに乗って、一路、東京へと戻りました。

 

 京都はんなり日記 今度こそおしまい(^^)

 

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京都はんなり日記 インデックス19.12.29

2019年7月10日~7月27日までの京都滞在を綴った「京都はんなり日記」のインデックスです(^^)

 

京都はんなり日記 第1話(2019/8/4)

京都はんなり日記

http://asano-uranai.com/blog/126/

 

京都はんなり日記 第2話(2019/8/11)

銀閣寺(慈照寺)巡り

http://asano-uranai.com/blog/127/

 

京都はんなり日記 第3話(2019/8/19)

三条通り散策記

http://asano-uranai.com/blog/128/

 

京都はんなり日記 第4話(2019/9/1)

四条祇園は夢のあと

http://asano-uranai.com/blog/129/

 

京都はんなり日記 第5話(2019/9/12)

五条清水探訪記

http://asano-uranai.com/blog/130/

 

京都はんなり日記 第6話(2019/9/22)

祇園祭りの思い出

http://asano-uranai.com/blog/131/

 

京都はんなり日記 第7話(2019/10/3)

七条界隈放浪記

http://asano-uranai.com/blog/132/

 

京都はんなり日記 第8話(2019/10/11)

平安神宮の情景

http://asano-uranai.com/blog/133/

 

京都はんなり日記 第9話(2019/10/22)

船岡山と上賀茂神社

http://asano-uranai.com/blog/134/

 

京都はんなり日記 第10話(2019/11/2)

下鴨神社と緑のシャワー

http://asano-uranai.com/blog/135/

 

京都はんなり日記 第11話(2019/11/8)

京都の日常と茶道体験

http://asano-uranai.com/blog/136/

 

京都はんなり日記 第12話(2019/11/18)

鞍馬山と貴船神社を巡って

http://asano-uranai.com/blog/137/

 

京都はんなり日記 第13話(2019/11/27)

龍安寺と仁和寺、京の古刹を巡って

http://asano-uranai.com/blog/138/

 

京都はんなり日記 第14話(2019/12/8)

大徳寺を拝観して

http://asano-uranai.com/blog/139/

 

京都はんなり日記 第15話(2019/12/18)

伏見ほろ酔い日記

http://asano-uranai.com/blog/140/

 

京都はんなり日記 番外編(2019/12/23)

星田妙見宮の星降り祭

http://asano-uranai.com/blog/141/

 

京都はんなり日記 最終話(2019/12/28)

思い出いっぱいの時間

http://asano-uranai.com/blog/142/

 

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京都はんなり日記 後日譚(2019/12/31)

紅葉の京都へ、いざ再び

http://asano-uranai.com/blog/143/

 

 

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京都はんなり日記 最終話 ~思い出いっぱいの時間~19.12.28

2019年12月28日(土)

 

 「京都はんなり日記」も、今回が最終話…

 

 元々は、京都で四柱推命講座を開催するのが目的で、その為に、ウィークリーマンションを借りて京都に滞在する事になったのですが、こうして振り返ってみると、そういったこの世的な理由だけではなく、何かに導かれるように、この京都という場所に来たような気も、するんです。

 

 昨年の初夢が「京都に行った夢」だったのも関係があるし、どちらにしても、今後の僕の仕事のビジョンは、京都を切り離す事ができなくなるのではないかと思う…

 

 京都にお住いの星河美宇さんから、四柱推命講座開催の依頼があった事が、そもそものきっかけだったのですが、この時に、すんなりと京都で講座を開催しようと思わなければ、やっぱりここに来れていなかったし、もしも、京都にIさんという強力な味方が京都にいなかったら、少なくとも長期滞在は、絶対にしなかったと思う…

 

 さらにたどっていけば、くるみさんと出会っていなければ、星河美宇さんと出会う事もなかったし、笹木龍一先生と出会っていなければ、Iさんと出会う事もありませんでした。

 

 こうして考えていくと、人の縁というものは宝物だし、周りの人に対して、僕は感謝の気持ちを、絶対に忘れまいと思う…

 今の僕があるのは、もう100%周りの人のお陰なのだから…

 

 

 京都駅のレストランから見た「京都タワー」…

 

 僕が小学生の時、確か小学3年生か4年生だったと思うんですけど、図工の時間に「粘土で塔を作って、焼き物にする」みたいな授業があったんです。

 

 みんな思い思いに創造して、トーテンポールみたいなのを作っていましたが、僕がその時作ったのが、この京都タワーだったんです。

 京都タワーは改装はされたものの、昔から色も形も変わっていなくて、ずっと白地に赤い輪のデザインでした。

 

 小学校の頃は、僕にとって、京都はずっとあこがれの地だったんですね。

 だから、親に京都へ連れて行ってもらった時に、この京都タワーを見た記憶が、しっかりとまぶたに焼き付いている…

 

 でも、その後の人生、色々な事があって、京都はもう二度と行きたくない場所になってしまいました。

 あれほど昔は好きだった京都だったのに、新幹線に乗っていて、途中で京都駅に停車しても、絶対に窓から景色を見ようとは思いませんでした。

 

「可愛さ余って憎さ百倍」という言葉がありますが、僕にとって、京都という街は、まるで、自分の思いが通じない片思いの恋人のようなものでした。

 

 そして、今になってまた、京都は僕に、たくさんの思い出をくれました。

 

 

 京都という街は、本当に水が豊かな場所だと思う…

 

 おりしも、僕が滞在している時は、本当に雨が多かったのですが、京都には、この高瀬川を始め、本当にたくさんの川があるんです。

 

 鴨川、桂川という大きな川が東西にあって、他にも、堀川や白川、天神川など、いたるところに川が流れています。

 

 

 鴨川が2つの支流(賀茂川と高野川)に分かれる分岐点のあたりには、亀石がいっぱい置いてあって、これを跳びながら向こう岸に渡れるようになっているんです。

 もちろん、落っこちたらびしょ濡れですが、浅瀬なので、溺れてしまう事はありません。

 

 子供達は、川に足を入れて遊んでいるし、たくさんの人が楽しみながら、石を飛び越えて、向こう岸に渡っていました。

 

 京都というのは、本当に素敵な街です。

 

 そうそう、講座の時に使うネクタイピンを買おうと、ある日、京都駅の駅ビルにある伊勢丹に行ったんです。

 

 紳士服コーナーで、たくさんあるネクタイピンを選んでいたら、急に周りが何やら騒がしくて、何が起こっているのだろうと、後ろを振り向いたら…

 

 

 そこには、俳優の竹内力さんがいました!!

 

 しかも「ISETAN 竹内力」のネームプレートをつけていました。

 

 なんでここに… と、一瞬面くらいましたが、「力祭(りきまつり)」と題して、竹内力さん自身がプロデュースしたグッズの数々が、ここ伊勢丹で販売されていて、そこには、こだわりの特製オーダースーツもあるとか…

 

 気さくな感じで、人だかりの中、接客されていました。

 

 この「京都はんなり日記」は、いつも観光の事ばかり書いているから、ずっと京都で遊んでいるように思われてしまいがちですけど、本当はそうではないんですよ(笑)

 

 

 いつもはこんな風に、コルメ京都で作ってもらった眼鏡をして、仕事に精を出していました。

    最近、パソコンの使い過ぎで、目がすっかり悪くなった…

 

 純粋に、まる一日観光した日というのは、4日にも満たないのではないかと思います。

 

 京都のIさんは、僕の観光したい場所のリクエストを聞いてくださって、即座に一番効率が良い観光スケジュールを立ててくださるので、時間を無駄にする事なく、たくさんの観光ができているのです。

 

 ちょっと裏話になってしまいますけど、例えばこんな感じです。

 

 例えば7月12日(金)の日程は、皐盧庵茶舗(コウロアン チャホ)で茶道をたしなんで、その後、大徳寺に行き、さらに船岡山に登って建勲神社へ行きました。

 この一日の出来事は、京都はんなり日記の「その9(船岡山・建勲神社)」「その11(茶道体験)」「その14(大徳寺)」のブログのネタになっています。

 

 また、7月15日(祝)の日は、朝一番で叡山電車で、鞍馬寺と貴船神社に行き、その後、下鴨神社に行って、糺の森を巡り、上賀茂神社へ行って、京都御所、梨木神社を通り、夕食を取って、祇園祭に参加するというスケジュールでした。

 そして、この一日の出来事が、京都はんなり日記「その6(祇園祭り)」「その9(上賀茂神社)」「その10(下鴨神社・糺の森)」「その12(鞍馬寺・貴船神社)」「その14(梨木神社)」に反映されています。

 

 今回の京都滞在の中で、Iさんは、このプロジェクトに欠かせない影の助っ人でした。

 

 ある時、Iさんから「京都講座の最後の日に、参加される受講生の方に、京の老舗の弁当を差し入れるのはどうか…」という提案を頂いたのです。

 

 僕も、京都の地に集まってくださった方に、何らかの形で、お礼の気持ちを伝えたかったので、これは素敵なアイデアだと思いました。

 そこで、講座会場のコルメ京都の店長さんに、会場で弁当を食べて良いかどうかの確認をすると、即OKしてくださいました。

 

 

 Iさんが選んでくださったお弁当…

 もちろん、僕も中身は知りません。

 

 お店も商品も、全部Iさんに任せきっています。

 

 

 二段重ねの見事なお弁当…

 

 味もとっても美味しかったです!!

    僕の分まで、ちゃんと用意してありました(^^)

 

 受講生の皆さんも、喜んでくださいました。

 

 今回は、京都講座の最終講座が終わると、すぐに東京にとんぼ返りしなければいけないという、ハードスケジュールでした。

 実は、その翌日に、上級編講座の日程を入れているのです。

 

 

 明日の講座で使うプロジェクターの機械とスクリーンは、ちょっと重いですけど、このまま新幹線で持ち帰って、それ以外、明日の講座で必要でない物は全て、宅急便で東京に送りました。 

 

 そしてその後で、Iさんと四柱推命講座が無事に終了した事を祝して、ささやかな打ち上げをやって、ほろ酔い気分で、プロジェクターとスクリーンを抱えて新幹線に乗り、夢み心地の京都を後にしました。

 

 さようなら、京都… 思い出いっぱいの時間をありがとう…

 

 明日からは、また東京での生活!!

 

 頑張るぞ… と、心の中で気合いを入れました。

 

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京都はんなり日記 番外編 ~星田妙見宮の星降り祭~19.12.23

2019年12月23日(月)

 

 気がつけば、もうクリスマス…

 本当に一年というのは、あっという間ですね。

 

 京都に訪れたのは、もう半年前だと言うのに、まだこのブログ、京都の話を書いています(笑)

 いくら何でも延び過ぎていますし、さすがに書くネタもなくなってきたので、今年中には完結したいと思います。

 

 今回の京都旅行は、ほとんど京都市内に滞在していたのですが、Iさんのお誘いを受けて、一度だけ大阪府まで足をのばした事がありました。

 

 訪れた場所は、大阪府交野市(かたのし)にある星田妙見宮(ほしだみょうけんぐう)、京都での話ではないので、これは「京都はんなり日記・番外編」という事で…

 

 交野市は大阪府とは言っても、奈良県との県境の市で、京都からのアクセスも非常に良い場所にあります。

 

 この星田妙見宮の正式名称は小松神社と言い、古事記で一番最初に登場する、天之御中主(あめのみなかぬし)が主祭神です。

 ところが、この星田妙見宮を創建したのは弘法大師であり、如意輪観音が至る所にあって、そうかと思うと、庚申社まであって北斗七星が祀られている…

 

 神道なのか、密教系の仏教なのか、はたまた道教なのか、いろんなものが混じり合った感じの不思議な神社です。

 

 

 ちなみに、この神社のすぐそばに「家康ひそみ藪」という所があります。

 

 徳川家康が織田信長から勧められて堺見物をしていた時、本能寺の変が起こり、信長は明智光秀に殺されてしまいます。

 その時に、家康はその情報を入手するや否や、堺から逃げて、この星田妙見宮の入り口の所にある藪に身を隠し、村の長・平井氏が差し出した握り飯を、むさぼるように食べたと言われています。

 

 伊賀越えは、家康の人生の中でも、一番苦しかった出来事で、晩年には、よく近習の者にその時の苦労話を語ったそうです。

 

 Iさんからお誘いを受けて、星田妙見宮に訪れたのは、7月23日の「星降り祭」の催事がある日でした。

 この日も、非常に暑い日でしたが、妙見宮の山に入ると、幾分か涼しく感じました。

 

 

 この階段を上ると、ご神体の織女石(たなばたせき)のある山上拝殿にたどり着きます。

 

 今から1200年ほど前の平安時代、弘法大師・空海が祈りを捧げていると、北斗七星が3つに分かれて地上に落ちて来ました。

 その3つの内の1つの場所がこの星田妙見宮であり、その時に落ちて来た隕石こそが、御神体の織女石という訳です。

 

 まあ、あくまでも、これは伝承ですけれど…

 

 

 頂上の拝殿にたどり着きました。

 今日は「星降り祭」という事で、かなり混んでいます。

 

 外から参拝をさせて頂き、ふと上を見ると…

 

 

 十二支によって方位が書かれた、巨大な方位磁石がありました。

 磁石の部分には、易の八卦や二十八宿なども書かれています。

 

 頭の上に吊るされているのですが、すごく趣があります。

 

 

 隣りを見ると看板があり、看板の向こうには、ご神体の織女石がありました。

 よく見ると、この織女石のさらに右後ろにも、もう一つの織女石があり、拝殿から拝めるようになっています。

 

 実は、ここには織女石は2つあるのです。

 

 

 今日は、星降り祭という事で、特別に拝殿に上がらせて頂ける事になりました。

 

 Iさんと二人で、宮司さんがいらっしゃるすぐ後ろの一番良い席に、座らせて頂きました。

 拝殿を見ると、その向こう側にある鳥居の後ろには、御神体の織女石が、ちゃんと鎮座しています。

 

 星降り祭が始まり、宮司さんが祝詞を読み上げられました。

 厳かな声が響いて、スーッと空気が浄化されたような感じになりました。

 

 たまたま、一番前に座っていた事もあり、Iさんと僕は、玉串拝礼(たまぐしはいれい)をさせて頂ける事に…

 

 玉串拝礼とは、榊の枝に紙垂(しで)がついている玉串を、神様にお供えする儀式なのですが、僕は結婚式の時にやった事があるので、何とか形だけはできました。

 

 最後に、宮司さんのお話がありました。

 

 この社会というのは、常に均衡と不均衡の繰り返しで、できている… ゆえに我々は、調和でもって、均衡にもっていこうとする事が大切です… と、おっしゃっていました。

 

 さらに宮司さんはこう言われました。

 

 この宇宙において、全ての営みが連結されており、一つになっています。そして、この実相を肯定して調和させる中において、ご利益(りやく)がもたらされる…

 

 ただし、我だけのご利益は、必ず不均衡の要因を生みだす要因となってしまいます。

 そうではなく、相共に生きる共生の中にこそ、加護がある…

 

 よく「誰かが悪い」とか「社会が悪い」とか、言っている人を見かけますが、仮にそうだとしても、もしも、その誰かを変えようと思うなら、まずは、自分が変わる事… 社会を変えようと思ったら、まずは自分を変わる… そういう心づもりこそが大切で、それでこそ、みんなが良い方向に行く事ができる…

 

 これは、本当にその通りだと思いました。

 社会が悪い、誰かが悪いと、文句ばっかり言っている人は、ずっとその不平不満の人生の中で生き続けるしかないし、自分では気づかないうちに、周りの人を不愉快な気持ちにさせているので、人もどんどん自分から離れて行きます。

 

 誰かや社会に腹を立てる前に、まずは自分が変わろうとしてみる…

 

 カナダの精神科医エリック・バーンは「過去と他人は変えられないが、未来と自分は変えられる」と言っていましたが、まさにそういう事なのかも知れません。

(2014/11/14 パリ・ブログ 「人は誰でも必ず幸せになれる」 参照)

 

 

 拝殿を出た所に「おもかる石」があったので、やってみました。

 これは、願い事を念じた時、その石が持ち上げるかどうかで、その願い事が叶うかどうかを知る… というものです。

 

 この時は、仕事の願い事を念じて石を持ってみたのですが、すんなりと上がりました!!

 

 そこそこ重い石でしたし、僕は力がそんなにある方ではないので、何となく、この石を持ち上げようとしても、多分上がらないと思います。

 案外これって、自分の潜在意識にある気持ちが、そのまま作用しているのかも知れませんね。

 

 

 星田妙見宮は、まさに名前の通り、星(北斗七星)に、祈りをささげるような神社なのですが、それぞれの人に、北斗七星の中で守護してくれる星というのが、決まっています。

 

 この看板には、自分の生まれ年で「本命星」と「元辰星」というのが、一目でわかるように書いてあって、どうやら生まれた年の十二支によって、決定するようです。

 

 

 この北斗七星占いも、自分の本命星の七星で占っていきます。

 ここには「貪狼星」「巨門星」「禄存星」「文曲星」「廉貞星」「武曲星」「破軍星」の7つの名前が書いてありました。

 

 あっ、これって、紫微斗数に出てくる北斗一星~七星までの星の名前、そのまんまですね。

 

 紫微斗数と言うのは、東洋占術の中で、四柱推命と双璧を成す占いであり、僕が長年お世話になっている村野大衡先生は、まさにその紫微斗数の星を、完全に使いこなす達人です。

 

 そして、紫微斗数で最もお勧めの本と言えば…

 

 「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」(村野大衡 著/東洋書院)

 

 すごくわかりやすく書かれている本なので、めちゃくちゃ勉強になります。

 この本を読むとわかるのですが、紫微斗数の星にも、やっぱり五行属性があるんですね。

 

 貪狼(どんろう)は木、巨門(こもん)は水、禄存(ろくぞん)は土、文曲(もんごく)は水、廉貞(れんてい)は火、武曲(ぶごく)は金、破軍(はぐん)は水です。

 

 とはいえ、星田妙見宮の星は、この7つしかありませんし、自分の星である本命星は、その中のたった一つですが、紫微斗数は百をゆうに超える星が出てきて、それら全ての星の命盤の中の配置によって、占っていく緻密な占いですから、とても、これと一緒くたにできるものではありません。

 

 さっきの看板の表では、生まれた年が子の人は貪狼星、丑と亥の人は巨門星、寅と戌の人は禄存星、卯と酉の人は文曲星、辰と申の人は廉貞星、巳と未の人は武曲星、午の人が破軍星となるようです。

 

 この十二支の分け方、どこかで見覚えがあるぞ… と記憶をたどってみて、思い出しました。

 これって、下鴨神社の言社(ことしゃ)の拝殿の分け方と同じですね。

(2019/11/2 ブログ 「下鴨神社と緑のシャワー」 参照)

 

 この十二支を7つに分ける方法は、どうやら真言宗で一般的に使われている方法のようです。

 

 とはいえ、太陰暦の正月(春節)を境目にするとも、二十四節気の立春を境目にするとも書いていないから、これだと、我々が普通使っているグレゴリオ暦の1年の境目で十二支も決まってしまう事になりますが、それでいいのでしょうか。

 

 …とまあ、余計な事を考えてしまうのが、職業上の悪い癖ですね。

 

 ちなみに、村野先生に以前、僕の紫微斗数の命盤を調べて頂いた事があって、僕は「命無正曜(めいむせいよう)」という特殊な星の配置なのですが…

(2012/10/24 パリ・ブログ 「違う占いでみても、答えは同じになる」 参照)

 

 僕の生まれ年の亥で、さっきの表をたどってみると「巨門星」になりました。

 

 いきなり「巨門星」と言われても、なんかピンときませんが、巨門星は水の属性だし、頭が良さそうな感じの星なので、良しとしましょう(笑)

 

 

 星降り祭の生姜入りのおいしいお茶を頂いて、うっとりとした気分で、拝殿から下に下りてきました。

 

 星田妙見宮の入口付近にある看板…

 

 

 なんと、この星田妙見には、それぞれの七星の如意輪観音が、ちょうど北斗七星の形に見立てて、配置されているのです。

 

 Iさんと話して、この7つの観音様を全て回ってみようという事になりました。

 

 

 これは、貪狼星の如意輪観音…

 

 命宮に貪狼星がある人は、華やかでカリスマ性があり、飲食、レジャー、海外旅行等、楽しい事が大好きです。華やかな世界で才能を開花させるはずです。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、巨門星の如意輪観音…

 

 命宮に巨門星がある人は、現状に満足せず、物事を追求・研究する力がありますので、知的分野・専門分野で才能が開花します。頭の回転が速い人です。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 各自の本命星と元辰星に礼拝するのが、通例のようですが、せっかくなので、全部礼拝して回る事にしました。

 

 下鴨神社の言社の時も、自分の年の十二支ではなく、命式に欲しい十二支の拝殿に拝んでいるし、もう、勝手に自分でルール作ってます(笑)

 

 山道を登ったり下りたりで、結構これは良い運動になりそうです。

 

 

 次は、禄存星の如意輪観音…

 

 禄存星は、身分、財運、経済、貴寿、解厄制化、衣食住、生活を楽しむ星。

「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、文曲星の如意輪観音…

 

 文曲星は、静的活動(音楽、書道、漫画等)、風流、優雅、文筆、アートの星。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、廉貞星の如意輪観音…

 

 命宮に廉貞星がある人は、白黒決着をつけたがり、あやふやな事を嫌うので、きっちり答えが出る仕事を選べば成功します。

 頭がよく、勘も鋭いので競争世界を勝ち抜く力を発揮します。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 これは、武曲星の如意輪観音…

 

 命宮に武曲星がある人は、直情型で、決断力があり自信家で、何をするにも行動の早い人です。裏表なく本音でズバッと話します。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 

 最後は、破軍星の如意輪観音…

 

 命宮に破軍星がある人は、改革、革命等、常に激動の世界で活躍します。その割には礼儀正しい人が多いです。欠点は好き嫌いが激しく、大雑把な事です。

(「紫微斗数命理学 ~新理論の活用~」より抜粋)

 

 この後、星が落ちてきた場所(隕石落下地点)とも言われている「登龍の滝」などに巡り、星田妙見宮を後にしました。

 

 Iさんとバス停に向かって歩いていくと、鳥居のある細い小道がありました。

 

 

 何の気なしに、その小道を入ってみると、そこには200体ぐらいのお地蔵さんがいらっしゃいました。

 

 ここは「義晴地蔵尊」と言い、義晴とは、室町幕府12代将軍・足利義晴の事で、どうやらここにお墓があったようです。

 

 足利義晴は、松永久秀に殺された悲劇の13代将軍・足利義輝や、織田信長に奉じられ最後は京を追放された15代将軍・足利義昭の父に当たる人ですが、この人自身も、弱体化していた室町幕府の将軍となって、色々と苦労の多い人生でした。

 

 このお地蔵様達は、足利義晴の奥方によって、度重なる戦で亡くなった人を敵味方なく弔おうと立てられたそうで、すぐそばに、足利義晴のお墓もあります。

 

 かなり長い間、雨ざらしに放置されていたのですが、地元の人達によって、今から37年前にこうやってお堂に収められました。

 

 

 この辺りは、緑にあふれた本当に気持ちの良い場所です。

 

 夏の日差しに照らされながら、束の間の星降り祭を楽しみました。

 

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