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2019年 ヨーロッパ紀行 最終話 ~夢かうつつか~19.07.09

2019年7月9日(火)

 

 (In Tokyo Japan Date  24 May 2019)

 

 成田空港から、ヨーロッパ旅行でずっと一緒に行動していた緑のスーツケースが、無事に東京に届けられました。

 

 

 中はまるで、鉛が入っているように重いです(笑)

 このスーツケースを、ここまで運んできてくださった宅配業者の方、本当にありがとうございました。

 

 つい3日前まで、あのヨーロッパにいたと思うと、何とも不思議な気分になります。

 あれは、夢じゃなかったのかな… みたいな…

 

 今いる、日本の東京のど真ん中とは、あまりにも違い過ぎるから…

 

 

 僕は、少なくともしばらくは、この東京という街で、生きていこうと思っています。

 

 こんな場所だって、外国の人々から見れば、決して当たり前の場所ではないし、ちょっとした工夫によって、素敵な思い出の場所にする事だってできる…

 

 そうそう… またしても今回、携帯を手放して失くしてしまった手痛い結果を踏まえて、僕は携帯にしっかりと長いストラップをつけて、体に付けておく事にしました。

 これは、松里さんが、携帯のストラップを首に巻いていたのを見て、思いついたんです。

 

 

 この留め具をベルトなんかにきちんと留めて、乗り物に乗れば、もう二度と携帯を失くしてしまう事はありません。

 

 人生に、失敗が起こるのは当然の事。

 だって、人間なんだから…

 

 その失敗を活かして、前を向いて歩いて行ったら良いと思う。

 失敗した分だけ、人は強く成れるのだから…

 

 その場その場の結果だけが、人生の全てではないし、むしろその経験で得られるプロセスにこそ、価値があるのだと思う。

 

 野尻先生のおばあちゃんが言っていたように、自分が「一升升」なのか、それとも「一望升」なのかは、人生を終えるその時が来るまで分からない…

 その時を迎えるまで、自分は一生升のつもりで、一生懸命ぶつかっていくのがいい。

 

 日本は長い梅雨、でも、それが終われば、暑い夏がやってくる…

 

 夢か、うつつか…

 もしかしたら、人生そのものだって、たかだか100年前後の夢に過ぎないのかも知れません。

 

 だからこそ、生きている事が必ず価値のあるものになるように、この人生を全力でぶつかっていきたいと思います。

 

 <旅の教訓37>

 失敗を悔やんだり、恐れたりするのではなく、その失敗した事をちゃんと活かしていけば、人生はレベルアップする。

 

 ~2019年 ヨーロッパ紀行(全37話) 完~

 

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2019年 ヨーロッパ紀行 第36話 ~旅の終わり~19.07.08

2019年7月8日(月)

 

 (In Prague Czech Republic ~ Moscow Russian ~ Narita Japan Date  21~22 May 2019)

 

 今日は、いよいよ帰国の日…

 昨夜は少し早めに、眠りについたせいか、今朝は朝の5時ぐらいに目を覚ます事ができました。

 

 松里さんから頂いた風邪薬のお陰で、鼻水と咳は止まっているのですが、まだまだ本調子とは言えず、やっぱりいつもよりも、動きが鈍いです。

 

 この状態だと、荷物をまとめるのが遅れて、みんなに迷惑を掛ける必要がある…

 そう思った僕は、音を立てないように、みんなより先に、帰り支度を始める事にしました。

 

 今から始めれば、のんびりダラダラやっていても、十分に間に合います。

 

 買い込んだおみやげや、預かり物なんかで、荷物が行きの時の2倍近くに膨れ上がっています。

 

 

 これをスーツケースに詰め込むのは、かなり至難の業です。

 

 そこで、荷物の隙間をできる限りなくして、ぎゅうぎゅう詰めに押し込んだスーツケースのフタを無理やり閉めようと、上に乗っかって金具をパチンとしました。

 

 痛!!!

 

 右手中指に、激痛が走りました。

 なんと、指を金具の隙間に挟み込んでしまったのです。

 

 心の中で絶叫しましたが、今はまだ朝の5時、みんなは寝静まっていますから、声を上げられません…

 スーツケースの上で、ぐっと正座をして耐えました。

 

 スーツケースの上で正座している僕を見つけた草さんが、眠そうな顔をして「どうしたんですか…」と聞きました(笑)

 

 その後、水道の水で、ずっと指を冷やしていましたが、血豆になってしまって、中々痛みが治まりませんでした。

 

 

 何てこったい… これで、ますます帰り支度が遅くなりそうです。

 

 少し熱っぽい体と、中指の痛みに耐えながら、無理やりスーツケースのフタを押さえつけて、鍵をしました。

 

 もう、このフタは日本に着くまでは、絶対に開けないぞ…

 そう、心に誓いました(笑)

 

 モタモタと帰り支度をしている内に、空も明るくなってきて、7時ぐらいになると、みんな目を覚ましました。

 このアパルトマンで、最後の朝食をとって、プラハ空港へと向かいます。

 

 ものすごく調子の悪そうな顔をして、朝食をとっていたら、高天麗舟先生が、ホメオパシーの「痛みを和らげるレメディー」と「風邪に効果があるレメディー」を、くださいました。

 

 これを口に含むと、程なくして、中指の痛みは、気にならなくなってしまいました。

 風邪の苦しみの方は、すぐには治まりませんでしたが、血豆になった指の痛みが、すぐに取れた事に驚くのと同時に、高天麗舟先生に感謝しました。

 

 いよいよ、長かった旅の終わり…

 プラハのアパルトマンを、みんなで後にしました。

 

 

 アパルトマンを出ると、まずは、最寄り駅であるフローレンス駅(Florence)へと、向かいました。

 

 そして、今回の旅では本当に何度もお世話になったREGIOJETのバスに乗り込み、プラハ空港へと到着しました。

 

 

 まずは、ここから飛行機に乗って、モスクワ航空へと離陸します。

 

 向かう方向が逆なだけで、行きの時と同じように、荷物検査や搭乗手続きをするだけなので、経験がある分だけ、ずい分と楽に感じます。

 

 

 みんな、旅の疲れでぐったりとしています。

 僕も、体調不良で、口数も少なくなっていました。

 

 でも、心の中は、とても満たされています。

 

 早速、アエロフロート・ロシア航空の飛行機に乗り込みました。

 

 

 僕は、ヒデ君の隣りの席…

 

 ヒデ君には、携帯電話のリモート操作のやり方を教えてもらったり、ブルノ行きの電車の時刻を調べてもらったり、本当に色々と世話になりました。

 

 

  ヒデ君が、写真を撮ってくれました… 疲れ切った顔をしていますね(^^;;

 

 これから、この飛行機の中で、9時間30分もの時間を過ごします。

 

 行きの時と違うのは、飛行機が地球の回転の方向に進んでいるので、チェコ時間と日本時間の時差である7時間が消えてしまうという事…

 つまり、僕らにとって、5月21日という日は、たった17時間しかない事になります。

 

 日本の成田空港に着くのは、翌日5月22日の10:30です。

 

 本当なら、この飛行機の中で過ごす貴重な時間を使って、5月26日の四柱推命講座・上級編の準備をしなければいけないのですが、あまりに体調が思わしくないので、それはあきらめる事にしました。

 

 東京に着いて、少し休んでからやっても、十分に間に合うはず…

 そう自分に、言い聞かせました。

 

 こんな時ぐらい、体を休めよう…

 知らない間に、僕は眠りについていました。

 

 飛行機の中で、何度かの機内食を食べ、日本の成田空港に到着…

 想像以上に早くて、正直、もうちょっとだけ飛行機の中でまどろんでいたい気分でした。

 

 11日ぶりの日本…

 日本語がとても新鮮です。

 

 みんな、成田空港のベルトコンベアでそれぞれの手荷物を受け取りましたが、僕のあの大きな緑のスーツケースは、どこにもありませんでした。

 

 どうやら、僕がモスクワ空港で預けた荷物は、日本に未到着との事です。

 ベルトコンベアで、案内用に貼り付けられている紙に、「荷物未到着 アサノ フトシ様」と書いてありました…

 

 そして、成田空港の人から「申し訳ありません」と何度も謝られながら、書類に記入しました。

 

 

 荷物は明後日に、成田空港から自宅へ宅配便で届けられるとの事です。

 

 この時の正直な気持ちを言うと「助かった…」というものでした。

 実は体調が悪くて、重いスーツケースを(ちょっとやそっとの重みではない…)家までずっと転がして歩くだけの体力が、もう残っていませんでした(^^;;

 

 野尻泰煌先生の呼びかけで、みんなで成田空港のお蕎麦屋さんで食事をしました。

 

 

 この時のお蕎麦の美味しい事美味しい事…

 

 ヨーロッパの料理もおいしかったけど、僕はやっぱり日本食が好きなのだな… と、改めて思いました。

 

 いよいよお別れの時…

 

 成田駅で、それぞれが別々の進行方向の電車に乗る為に、バラバラになりました。

 それぞれに、楽しかった11日間のヨーロッパ旅行の思い出を胸に秘めて、解散をしました。

 

 <旅の教訓36>

 素敵な旅の思い出は、じんわりと心に残る。

 

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2019年 ヨーロッパ紀行 第35話 ~幻のタロットを求めて~19.07.07

2019年7月7日(日)

 

 (In Prague Czech Republic Date  20 May 2019)

 

 期せずして、REGIOJETのバスの広い席にゆったりと腰を下ろし、しばらく呆然としていたら、体の調子があまり良くないのを実感しました。

 

 これまでは気を張っていたので、体調の事なんて、すっかり忘れていたのですが、気を緩めたら、一気にガタが来た感じです。

 もしかすると、相模泰生先生からもらった風邪薬の効き目が、切れたのかも知れません。

 

 高天麗舟先生からは、「プラハ駅の2Fにある、書店と一緒になった喫茶店で、みんなで待っています」という、連絡が入っていました。

 

 さっきまで、晴れていた空は、また急に曇り出して、ポツポツと雨が降ってきました。

 

 チェコの天気というのは、何て変わりやすいのだろう…

 

 雨の影響か、バスがどんどん遅れ、どうやら実際の予定時刻よりも、30分以上遅れてのプラハの到着になりそうです。

 この分だと、プラハ到着は夕方の4時を回るのは確実だと思った僕は、携帯電話の残りのバッテリーを気にしながら、高天麗舟先生に「少し遅くなります」というメッセージを送りました。

 

 みんな今日は、野尻泰煌先生と一緒に、モルダウ川の向こう側にあるお城に行ったのかな… などと、ボンヤリ考えていました。

 お城に行けなかったのは、確かに残念ですけど、こうやって携帯を再び手にできた事に、絶対に感謝を忘れないようにしよう… と、強く心に誓いました。

 

 REGIOJETのバスが、プラハの停留所に到着したのは、16:00過ぎでした。

 プラハにバスは着いたものの、ここからプラハ駅にどうやって行っていいのかが、分かりません。

 

 とはいえ、分からなかったら、聞けば良いだけの話ですね(笑)

 バスの停留所を降りて、バスの運転手さんに、「ホエア イズ プラハ ステーション?(Where is praha station? = プラハ駅は、どこですか?)」と聞いたら、丁寧に教えてくださいました。

 

「ここからなら、フローレンス駅を使って、地下鉄に乗れば、1駅でプラハ本駅に行けるよ」みたいな事を、英語でゆっくりと、かみ砕いて伝えてくれました。

 

 よし、ならば、地下鉄に乗ってみよう…

 僕は、即座に決断しました。

 チェコ国鉄道の駅とは違って、地下鉄の駅は小さいので、案外わかりやすいです。

 

 それに、ただでさえ、バスが遅れて、遅くなっていますから、むやみに考えこんて、これ以上の時間を、無駄にする事はできません。

 

 フローレンス駅(Florence)から、プラハ本駅(Hlavní nádraží)までは、たった1駅…

 

 でも、フローレンス駅は、地下鉄のBラインとCラインの交差駅なので、間違えないように要注意です。

 プラハ本駅に行くのは、Cライン…

 

 という事で、間違いなくCラインに乗ったのですが、よりによって、反対方向の電車でした…

 

 すぐに気づいて、Vltavská(ブルタフスカ)という駅で、慌てて反対側の電車に乗り換えました。

 

 間違ってしまったものの、それでも2駅分乗車すれば、プラハ本駅…

 プラハ本駅に着くと、大急ぎで、2Fにある書店と一緒になった喫茶店へ急ぎました。

 

 その喫茶店には、草さんが待っていてくださいました。

 感動の10時間ぶりの再開です!!

 

 考えてみれば、たった10時間の出来事に過ぎなかったのですが、まるで1年ぶりの再会のような気がしました(笑)

 

 ここは、本屋さんと一緒になっている喫茶店…

 僕は、暖かいカプチーノを注文しました。

 

 高天麗舟先生は、泰生先生が日本で使う、ある生活必需品の売り場を探す為に、すぐそばのショップで買い物をしているとの事でした。

 

 草さんにお礼を言って、どうやって携帯を受け取ったかの一部始終を話すと、ものすごくウケていました。

 

 草さんにモルダウ川の向こうのお城の話を聞こうとすると、プラハも急に大雨が降りだしたとの事で、結局、お城には行っていないのだそうです。

 では、どこに行って来たのかと聞くと、草さんは一枚のチケットを見せてくれました。

 

 

 す、すごく魅惑的な名前の博物館です…

 

 でも、中はつまらなかったと、おっしゃっていました。

 

 カプチーノを飲んで周りを見渡すと、すごくファンシーな緑のメモ帳が売っていたので、それを買おうと、一人でレジの所まで行きました。

 

 それで、ふと、この書店にタロットカードが置いてあるかも知れない… と思い、「Do you have Tarot Card?」と聞いてみました。

 

 すると、レジの女性は、何やら僕に伝えてくれましたが、僕にヒアリング能力がないので、さっぱりわかりません。

 すぐに草さんを呼んで、通訳してもらいました。

 

「タロットカードは、1Fのレジの所に置いてあると、言っています」

 

 やった~!!

 

「ちょっと見ない間に、たくましくなりましたね」

 草さんから、ほめてもらえました。

 

 しばらくすると、高天麗舟先生と泰生先生が、買い物を終えて、戻ってきたので、4人で1Fのタロットが売っている所に行ってみる事になりました。

 

 

 1Fのレジの所には、3~4つのタロットカードが置いてありました。

 

 その内のいくつかを買う事にしました。

 

 草さんが、他には、タロットカードはないかどうかを尋ねると、お店の方は、姉妹店の「Palac knih Luxor(ルクソール 本の宮殿)」という場所を教えてくださり、さらにパソコンで、グーグルマップを出して、道案内までしてくれました。

 

 いざ、「ルクソール 本の宮殿」へ、幻のタロットを求めて、みんなで出発です!!

 

 

 改めて、仲間がいるという事のありがたみを、ひしひしと肌で感じました。

 

 そのまま歩く事10分ぐらい…

 「本の宮殿」に、到着です!!

 

 

 本屋というよりは、高級ブティックというような外観です。

 

 中に入ると、「本の宮殿」というだけはあって、たくさんの本が、所狭しと並べられていました。

 そして、B1Fにある、その一角には、タロットカードばかりが並んでいるコーナーがありました。

 

 

 草さんと一緒に、夢中になって、一つ一つのタロットカードを手に取って、買うものを選んでいました。

 

「野尻先生が、心配しているから、夕食の買い物をすまして、早くアパルトマンに戻りましょう」

 高天麗舟先生にうながされて、その後、プラハのスーパー・マーケットで夕食の買い出しをし、みんなでアパルトマンに帰りました。

 

 アパルトマンに戻ると、野尻先生と松里さんとヒデ君に、暖かく迎えられました。

 そして、みんなに今日の長い一日の事を報告しました。

 

 みんなでキッチンに集まって、ヨーロッパで食べる最後の夕食を楽しみました。

 

 鼻水が出たり、咳が出たりで、調子が悪いなと思っていると、今度は、松里さんが風邪薬をくださいました。

「その風邪薬は良く効くので、ぜひ飲んでみてください」

 

 松里さんの厚意に甘えて、しばらく経つと、咳が止まって、さっきまでの苦しみがなくなりました。

 

 僕は、満足げに、みんなで集めたタロットカードを、ひと所に並べてみました。

 

 

 タロットカードの収穫は、大漁です(^^)

 

 いよいよ、明日の朝は、このヨーロッパの地を離れて、日本へと帰ります。

 僕は、ちょっぴり寂しい気持ちで、ベッドの中に潜り込みました。

 

 <旅の教訓35>

 過去に頑張っていた事は、その時は叶えられなくても、後で思いがけず、その目的が叶う事がある。

 

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2019年 ヨーロッパ紀行 第34話 ~チェコ共和国一人旅・ブルノ編~19.07.06

2019年7月6日(土)

 

 (In Brno Czech Republic Date  20 May 2019)

 

 プラハ本駅(Praha hlavní nádraží)から、予定通りに、7:50発のEC275の列車に乗って、まずは胸をなでおろしました。

 この電車の中で、2時間半の時間を過ごせば、その時は、無事にブルノの地に到着しているはず…

 

 それにしても、人間の思い込みというものは、本当に恐ろしいものだと痛感しました。

 

 僕は、プラハマサリク駅(Praha Masarykovo nadr)を、すっかり、目的のプラハ駅だと、勘違いしていました。

 正直な所、あのプラハの道沿いの歩いて10分ぐらいの距離の間に、別の駅があろう可能性なんて、思いつきもしませんでした。

 

 ずいぶん後から知ったのですが、このプラハ・マサリク駅というのは「世界の車窓から」でも、取り上げられるほどの駅で、このプラハの地にできた、最初の鉄道の駅らしいです。

 

 EC275の電車の座席にゆったり腰掛けながら、さっきの失敗を反省していました。

 

 ヨーロッパの電車は、基本4人掛けで一つのブースのようになっていて、2人ずつが向き合って座ります。

 そして、初対面の人同士が向き合った椅子に座ると、あいさつをしたり、世間話が始まったりして、和気あいあいとなります。

 

 これは僕も、パリに行った時に経験済みで、その時は僕もたくさんの外国の方から、フランス語で話しかけられました。

 (2012/3/5パリブログ 「雨のパリと凱旋門」 参照)

   …何一つとして、まともに答えられなかったけど…

 

 僕の横に座っている男性と、僕の目の前に座っているカップルは、初めて会った間柄なのに、缶ビールで乾杯をしていました。

 

 僕には、心に余裕がなかったせいか、ちょっとその輪の中には入っていけなかったのですが、こういうのもいいものだなあ… と思いました。

 

 僕はうつむきながら、さっきコンビニで買ったサンドイッチを食べました。

 そんなに日本人に合うような味ではありませんでしたが、腹ごしらえには十分でした。

 

 そして昨日、草さんからアドバイスされた事を、頭の中でイメージしていました。

 

「行く場所は、ブルノの『グランドホテル・バスステーション(Bus station at the Grand Hotel)』という所です」

「住所からして、ブルノで携帯を失くした辺りにあった、あの大きなグランドホテルの中ではないかと思います」

 

「担当者は、アデラさんという人ですから、この人につないでもらうのが良いでしょう」

 

「受付の人に何て言ったらいいか、なるべく簡単な英文を書いておきますね」

 

 そう言って、草さんは、紙にスラスラと英文を書いてくれました。

 

 

“Actually I lost my mobile phone, and I recieved your email.”

(実は、携帯電話を失くしてしまい、こちらからメールを受信しました)

 

“I heard my phone is in bus station Grand”

(私の携帯電話が、このバスステーションにあると書いてあったのですが…)

 

 草さんは、英語の発音のフリガナも振ってくれたので、僕は心の中で、何度もこの2つの文章を復唱しました。

 

 僕の為に、ここまで親身になって、本当にいろいろとしてくださった草さん…

 僕もこれに応えるべく、まずは、ちゃんと携帯を取り戻したら、草さんに恩返しをしなくては…

 

 そんな事を思いながら、僕は、自分がどの駅で下りるのか確認しておこうと、電車の中の電光案内板を見ました。

 

 下りる場所は、もちろんBrno(ブルノ)…

 

 ところが何と「Brno(ブルノ)」という単語が入っている停車駅が、2つもあるんです。

 

 一つは“Brno-Židenice”という駅で、もう一つは“Brno dolní nádraží”という駅です。

 

 この2つの停車駅は、並んでいるので、どちらもブルノ市内にある駅だと思って間違いありませんが、はたして、どっちの駅に下りて良いのか、見当がつきません。

 

 携帯電話さえあれば、草さんに電話して聞く事もできますし、ネットがつながれば地図を調べる事もできるのでしょうが、この状況に置いてそれは無理ですし、言葉が通じないので、誰かに聞く訳にもいきません。

 

 となると、僕に残された唯一の方法は、2分の1の運に任せて、どちらか一つを選ぶしかない…

 

 僕は躊躇なく、後者の“Brno dolní nádraží” の方を、選びました。

 理由は、プラハ本駅(Praha hlavní nádraží)と同じように、“nádraží”という言葉がついていたからです。

 

 “nádraží” という言葉が、どういう意味かは分からないけれど、きっと、こっちがメインの駅に違いないだろうと、僕は考えました。

 

 後で調べてみたら、“nádraží” という単語には、ただ「駅」という意味しかなかったのですが、結果的に、この選択は正解でした。

 

 あの時、もしも、“Brno-Židenice(ブルノズィデニツェ)” を選んでいたら、目的地からとんでもなく離れた場所に下ろされていて、そこからは歩く事はもちろん、無事に元の場所まで戻ってくる事さえも、不可能だったと思います。

 

 後から、いろいろ調べてみると、「ブルノ本駅(Brno hlavní nádraží)」というのも、ちゃんと存在はするようなのですが、今は駅が改修中で、電車はそこに停車しないようになっていました。

 

 “Brno dolní nádraží” に下りてみると、雨が降っていました。

 やがてそれは、ザーザーぶりの土砂降りになってきました。

 

 

 こうして地図で見てみると、“Brno dolní nádraží” のブルノ下駅から、そのバスステーションまでは、かなり距離があった事が分かります。

 

 もちろん、この時は地図なんて持ち合わせていませんから、歩きながら、その辺にいる誰かをつかまえて、道を聞いて、進んでいくしかありませんでした。

“Where is the Grand Hotel?” (グランドホテルは、どこですか?)を繰り返して、何人もの道行く人のお世話になりました。

 

 もちろん、中には「そんな場所は、知らない」という人もいましたし、「ずいぶん、ここから遠いよ」みたいに教えてくれた人がいましたが、指で示してくれている方向へ向かって、ただ、ひたすら歩きました。

 

「レフト」は左、「ライト」は右、そして真っすぐは「ダルビッ」…

 そのあたりの言葉も、だんだんわかってきました(笑)

 

 途中、間違った道に歩いていってしまった事もありましたが、1時間ぐらい歩き続けて、無事にグランドホテルに到着…

 

 

 さっきまで降っていた雨は、いつの間にか、晴れ渡っていました。

 

 ホテルの中に入って、ラウンジの人に、バスステーションの場所を聞くと、またしても、出口の自動ドアの外を指さされ、真っすぐに行くように言われました。

 

 プラハの駅でも、このパターンはあったので、「またか」と思いながら、今度は素直にそれに従って、出口を出て真っすぐに歩いていくと…

 

 

 ついに、目的地の「REGIOJETのバス・ステーション」に到着…(涙)

 

 さあ、勇気を出して、受付の人に聞いてみます。

 

「アクチュアリー アイ ロスト マイ モバイル…(Actually I lost my mobile…)」と言うと…

 明らかに、「何?」みたいなニュアンスで、チェコ語で聞き返されました。

 

 僕の英語は、全然通じていないようです。

 

「ホエア イズ アデラ?(Where is Adela? = アデラさんは、どこですか?)」と聞いてみても、通じません。

 

 僕は、顔が真っ青になりました。

 僕の英語の発音が、余程にまずいのか… それとも、この受付の女性は、英語を理解できないのか…

 

 もうこうなったら、最後の手段しかないと思い、草さんに書いてもらった紙のメモを、そのまま受付の人に渡して、さらに「マイネーム イズ フトシ アサノ(My name ie  Futoshi Asano.)」を、繰り返しました。

 

 受付の人は、どこかに電話をして、草さんの書いてくれたメモの単語や、一文字一文字のスペルを伝えていました。

 

 およそ、10分ぐらい…

 受付の人は、机の引き出しをゴソゴソと探し、何かを取り出しました。

 

 それは、紛れもなく、僕の緑色の携帯電話!!

 

 

 しかしながら、何か良く分かっていないような感じで、「本当に、外にいる怪しげな外国人に、この携帯を渡していいの?」みたいな顔で、こちらをチラチラ見ながら、ずっと電話で話しています。

 

 僕は、パスポートを広げて見せて、「イッツ マイン(It’s mine.)」を繰り返しました。

 

 その5分後、パスポートをコピーする事と引き換えに、ずっと探し求めていた携帯電話を、再び手にする事ができました。

 

「サンキュー ベリーマッチ!!(Thank you very much)」

 

 携帯の電池の残量は、本当に残りわずか…

 まずは、高天麗舟先生に、携帯を無事に取り戻した事を一報しました。

 

 高天麗舟先生からは、おめでとうの言葉とともに、「みんなでプラハ駅まで迎えに行くので、プラハ駅の喫茶店で待ち合わせしましょう!!」と、メッセージが入っていました。

 

 携帯の電源は、いつ切れてもおかしくないくらい、バッテリーが消耗していたので、「省エネモード」にして、一番確実にプラハに戻る方法を、考えました。

 

 鉄道を使うには、1時間近くかけて、“Brno dolní nádraží(ブルノ下駅)”まで、さっきの道を戻らなくてはいけませんが、また、今度も無事に、あそこまでたどり着ける保証はありません。

 

 ふと、後ろのREGIOJETの看板を見ると、「JÍZDNÍ ŘÁD Brno – Praha」と書いてあります。

 

 このバスで、プラハまで戻れるかも知れない…

 

 僕は、さっきの受付の女性に「I want to go to Praha.(私は、プラハに行きたい)」と言いました。

 

 受付の女性は、「ウ ハンドレッド コルナ」と答えました。

 

 よく分からないけれど、多分、「100(hundred)」と「コルナ(Koruna)」と言っているから、100コルナという事だろう… と、おそるおそる100コルナ札を差し出すと…

 

 「ツゥー ハンドレッド コルナ(Two hundred Koruna)」と、思い切り強く言われました。

 

 あわてて、もう1枚100コルナ札を差し出すと、今度は…

 

 「ワノクロック!!」と、強く言われました。

 

 どうして良いかわからずに、もう1枚100コルナ札を差し出したら、「ノー!(No!)」と、叱られてしまいました…

 

 困ったなあ… と思っていたら、受付の人はバスの切符に、マーカーで線を引っ張ってくれて、渡してくれました。

 

 

 見ると、13:00の所に、緑のマーカーで線が引っ張ってありました。

 

 そうか、ワノクロックは「one o’clock」の事だったんだ。

 

 13:00まで、30分ぐらい…

 歩き疲れて、甘いものが無性にほしくなったので、コンビニでコカコーラを買って飲みました。

 

 

 しばらくすると、そのバスはやってきました。

 

 長かったな… でも、これでやっとみんなの元に帰れる…

 

 バスに乗ると、バスガイドさんから、運転手さんのすぐ後ろの広くて見晴らしの良い席に案内されました。

 

「サンキュー ソー マッチ!!(Thank you so much)

 

 全ての事が、結果的には上手くいったけれど、どこを一つ間違っていても、戻ってこれなかったな…

 広々とした席で、ゆったりと目を閉じて、ただただ、天に感謝しました。

 

 <旅の教訓34>

 一見困難に思える事も、あきらめなければ、うまくいく。ただし、油断はしない事… そして、うまくいった時には、絶対に感謝を忘れない事。

 

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