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こうすれば、どん底の状態の時期が大開運期になる19.04.30

2019年4月30日(火)

 

 もう間もなく、平成の時代も終わって、令和がやってくるのですね!!

 何か、まるで実感がわかないです。

 

 ブログの更新が、いつにも増して遅くなってしまいまして、本当に申し訳ありません。

 

 初夏だというのに、東京は雨続きでやたら寒くて、今も毛布にくるまりながら、仕事をしています。

 

 前回のブログで、誕生日を迎えた事を発表してからというもの、たて続けに次々と、お祝いのプレゼントやメールを頂いてしまい、すごく驚いています。

 

 中級編9期のYさん、中級編10期のKさん、中級編12期のMさん、初級編12期のTさん、Aさん、Mさん、Sさん、本当にありがとうございました。

 

 それにしても、僕の誕生日は、回を重ねるごとに、幸せなものになっている気がします。

 

 20代の頃なんて、誰一人、僕の誕生日なんて覚えてくれてなかったし、いつも誕生日は、本当に一人寂しく過ごしていましたから…

 それを思い起こすと、今は、なんて幸せなんだろう… と思う。

 

 当時はいつも、自分を人と比べながら生きていたので、年を取るという事がすごく恐ろしかったのですけど、今では、年を取るというのは素晴らしい事だと感じるようになりました。

 

 なんだか、不思議なものです。

 

先日、山口県から、僕の四柱推命講座を中級編まで受講してくださった、水木杏香先生が鑑定を受けにいらしてくださいました。

 

 先日と言っても、それは4月15日の事だから、このブログの記事、かなり遅れてしまっています。

 

 最近、あまりにも忙し過ぎて、ちっともブログを更新できなかったので、もう2週間前の事になってしまうのですが、前回の誕生日の記事を書く前から、このお話を必ずブログに上げなくては… と思っていました。

 

 なぜなら、今からお話しする方法を知っていれば、どんなに、どん底の運気の悪い状態であっても、大きく運を開かせる事が可能だからです。

 

 つまり、僕は思いがけず、この日、水木先生から、その具体的な方法を聞いてしまったという訳です。

 

 水木先生は、山口県を中心に活躍されていて、占いだけではなく、薬膳や中医学の知識も豊富にお持ちですので、僕は、上級編のカリキュラムにある「健康運の見方」を内容をさらに改良する為に、今年の11月、山口に行って、水木先生に薬膳理論の教えを請おうと考えています。

 

 水木先生のブログは、僕のこのブログと違って、かなり濃い内容の記事を、ちゃんと毎日更新されていますので、よかったら、ぜひご覧になってみてください。

 

 https://gokicyousei.com/news/

  ちなみに、このブログの4月16日の記事には、浅野太志の事が書かれています(^^)

 

 さてさて、このブログで、命式を出してもいい… という許可を頂いたので、ここに水木先生の八字を書いておきたいと思います。

 

 時 日 月 年

 丁 癸 辛 丙

 巳 酉 卯 午

 

 ここから、少しマニアックな内容になってしまうので、四柱推命に関心がない人は、数行の間、スルーしてください。

 

 この水木先生の命式は、「身弱の命式」と呼ばれるものです。

 僕の命式とは、まるで対照的ですね。

 

 ちなみに、去年の時点の大運干支は「丙戌」、去年(2018年)の年運干支は「戊戌」です。

 

 水木先生がおっしゃるには、去年は、精神面においても、体調面においても、本当に最悪で、試練だらけの大変な年だったそうです。

 

 おみくじ式の安易な四柱推命で見れば、「丙」と「戊」は、「正財」と「正官」という、とっても良さげな名前の星の組み合わせです(笑)

 

 しかしながら、五行の流れで、きちんと本格的に干支を読み解けば、「カラカラに乾き切った雨の水(癸)が、火の五行と土の五行によって、乾ききってしまう象意」となります。

 

 精神面に関しても、肉体面に関しても、バランスを崩しやすい干支の巡りである事は、確かでしょう。

 惜しむらくも、去年、他界されてしまった人気漫画家さんは、この命式とよく似た五行バランスの命式で、偶然にも、巡っていた大運干支までもが同じでした。

 

 僕が提唱している「スタイル論」による開運法は、五行バランスが崩れた時に、大きく運を開かせるという離れ業ですが、残念ながら、肉体面の負担においてはリスクが高く、本人が体調を崩しているような時は使えませんし、そういう状態の時に活用すると、かなり危険を伴います。

 

 水木先生の2018年の状態を具合的にいうと、とにかく、やらなければいけない事が山のようにできて、あまりに忙し過ぎて、全てが空回りしていたような年(財旺身弱の象意)だったそうです。

 

 次から次へと面倒な事が起きるので、「なんで私ばっかり…」と、いつしか心の中に文句がわいてきて、ついに、そのストレスが体に出て、帯状疱疹になってしまったそうです。

 

 まさしく、四柱推命の象意通り「雨水の癸の星が、ひからびてしまった」ような状態だったとの事…

 

 水木先生は、すっかり弱気になって、自分に自信を失くしてしまったそうです。

 

 そんな大ピンチの状態の中、水木先生は、四柱推命の開運法や、中医学の知識などを元に、この状況を乗り切る方法を、冷静に考えました。

 

 まずは、何もかもが空回りしてしまう事で、すごく辛く感じるのは、心が思いを巡らせているのが原因だと、気がついたんですね。

 

 そこで、どんなに目の前に、仕事が山積みになっていようが、心を思いめぐらせたりしないで、ただ「目の前の事だけを、ただ淡々とやる…」 と決めたそうです。

 

 それから、この自分の命式にとって、金の五行を取り入れる事が、開運につながると知っている水木先生は、金の五行の治療法である針の治療を、信頼している鍼灸の先生に受けに行ったそうです。

 

 その先生は、「帯状疱疹は、ストレスが生み出した悪いものが、体の外側に出てきた事で起きている。でも、もしその悪いものが内側に行っていたなら、癌になっていた。今回は、帯状疱疹で済んで、むしろ良かった」と教えてくれたそうです。

 

 帯状疱疹になってしまった事を嘆いていた水木先生でしたが、逆に、「癌にならないように、守られていたのだ」という事を知り、それからは、心の中で愚痴をこぼすのを、やめました。

 

 そしたら自然と、感謝の気持ちが湧いてくるようになって、忙しすぎる状況は、あまり変わらないものの、奇跡的にうまく仕事がはかどったりして、運気の流れがうんと良くなっていったそうです。

 そして、針治療の効果も出て、帯状疱疹の方も、みるみる治っていきました。

 

 思えば、その2018年は、水木先生が、僕の「四柱推命講座・中級編」に参加する為に、毎回、山口から飛行機に乗って東京まで受けに来てくださっていたのですが、いつもの僕の悪い癖で、講座の終了時間が、大幅に遅くなってしまった回があったんです。

 

 その時に、水木先生が搭乗する予定だった飛行機は、18:50発の便だったのですが、講座に最後まで参加した水木先生が飛行場に着いた時には、なんと18:40になっていたそうです。

 

 普通なら、絶対に飛行機に乗せてもらえません。

 

 ところが、偶然にも、水木先生が乗る予定のその飛行機だけが、なぜか40分も出発時間が遅れていて、奇跡的に乗れたそうです。

  僕も、パターンは違いますが、すごくハラハラしながら飛行機に間に合った経験があります…

 

 そんなこんなで、水木先生にとって2018年の最初こそは、ものすごく苦しい状態だったのですが、気がつくと、慌ただしく時間を過ごしている内に、念願だった四柱推命の塾である五気調整術協会を創設したり、自分の占いの仕事の基盤もできたりと、結果的に、ものすごく大きく開運した年になっていました。

 

 巡ってくる干支は変えられなくても、心の持ち方の工夫と悟りで、ここまで違ってしまうんですね。

 

 もしも、水木先生が、全てが空回りするツイていない自分の運命を呪って、ずっと不平不満を募らせたままだったら、おそらく物事は滞ったままだったでしょうし、病気も治らなかったかも知れません。

 

 僕が思うに、何をやってもダメな時期などというものは、人生の中に存在しません。

 

 だいたい、天の神様は、人を苦しむ顔が見たくて、苦しみを与えるような事は絶対にしません。

 

 だから、どん底の状態の時期だって、大開運期になったりもする…

 

 きっと、我々に何かを気づいて欲しいから、天の神様は、苦しみを与えているのだと思うし、その事に気づいて、心の持ち方が変わったなら、運命だって変わってしまうと思うんですね。

 

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新たなステージへは、それにふさわしい装いで19.04.19

2019年4月19日(金)

 

 2日前の4月17日に、僕は誕生日を迎え、ついに48歳になりました。

 

 こんな僕の誕生日を覚えていてくださった皆さま、本当にありがとうございました!!

 

 村野大衡先生、小田原の朱紅先生、福岡のソフィさん、愛知の物理学者I博士、自衛官のNさん、素敵なプレゼントを頂きまして、本当にありがとうございました!!

 

 それから、バースデーケーキを用意してくれていた高天麗舟先生生、すごく嬉しかったです。初級編第15期のSさん、ゆうやけLinda先生、素敵なバースデープレゼントをありがとうございます!!

 

 そして、木下順介先生真藤昌瑳熙先生、中級編11期のYさん、初級編12期のKさん、中級編10期のKさん、浅草とんぼ玉工房の黒澤忍さん、心のこもったお誕生日メール、本当に感謝です。

 

 それから、「あっ、今日は浅野の誕生日だ」と気がつきつつも、「コイツ、お礼の返信メールとかに気を遣うから、そっとしておいてやろう…」と考えて、遠くから見守っていてくださっている皆様、その気持ち、ちゃんと受け取っていますよ(^^)

 

 というのは僕も、そういうタイプで「明日の4月20日は受講生のHさん(男性)の誕生日だったな…」みたいに、結構、知り合いの誕生日が浮かんでくるんです。

 

 20代の頃とかは、アルバイト先なんかで、誰かの誕生日を聞くと、それがずっと記憶に残ってしまって、その職場で誰かの誕生日が来るたびに、みんなでサプライズで、ケーキを買ってお祝いをするような事が大好きでした。

 

 僕は人を仕切ったり、まとめたりするのが、大の苦手なのですが、その時だけはいつも、みんなのまとめ役になっていました。

 

 そのバイト先には、結構な人数がいたから、結果的にひと月に1回ぐらいの割で、誕生日パーティーをやるような事になってしまうのですが…

 

 さすがに、今では、そこまでの記憶力は衰えてしまいましたが、僕は子供の頃から、電話番号のような何の脈絡もないような数字の羅列なんかを、一瞬で暗記してしまうような事がすごく得意だったんです。

 「それが、どうした」と言われれば、それまでですが(笑)

 

 記憶力が良いというのは、良い事ばかりではなくて、例えば日常生活で、ちょっとした嫌な事が起こったら、いつまで経っても気になって、忘れられなくなってしまうという短所もあります。

 

 嫌な事が起こると、それを忘れようと思えば思うほどに、余計にそれが頭にこびりついて、離れなくなってしまう感じでした。

 

 「忘却は宝なり」とは、良く使われる言葉ですが、まさに真実だと思います。

 だから、若い頃は、何をやるにも本当に苦しかったですね。

 

 忘れようとしても忘れられない事というのは、誰の人生でも、一つや二つはあると思うのですが、そういう時には、無理やり忘れようとするのではなく、結局の所、それを乗り越えて、その事がいかに取るに足らないほどに小さくて、重要ではないという事に、気づく事が大切なのかも知れません。

 

 今、その過去を振り返ってみると、そういった辛い思い出も、こびりついて離れなかった出来事も、僕にとっては全部宝物です。

 

 その事に気づいたら、次々に記憶からこぼれ落ちていって、今ではもう、何が起こったのか、良く思い出せなくなってしまいました(笑)

 

 時間のスピードは、年を取るぼとにどんどん速くなって来るし、未来は向こうから押しよせてくるから、過去の出来事に囚われているような時間は、我々には残されていない…

 

 毎日を時間に終われるように忙しく過ごしていると、計画したのにやれなかった事も、いっぱい出てきます。

 ちなみに、このブログ、書き忘れていた事を思い出したり、内容を追加したくなった時には、後から加筆していたりします。

 

 最近、僕が心掛けているのは、今までの経験や結果だけで、限界を決めてしまわないようにするという事です。

 

 今回、僕は2回目の出張講座である「四柱推命講座・初級編 京都第1期」を京都の地で開く事にしたのですが、第1回目の出張講座は、今から3年前の2016年に名古屋で開催したのです。

 

 その名古屋講座についてきた妻は「もっと良い会場にしていたら、もっと多くの受講生が集まっていたのかも知れない」と、僕がその講座会場を選んだ事に反対しました。

 

 講座会場の場所は、名古屋駅から歩いてすぐの所にあって、部屋の設備も何一つ問題はないのですが、よくありがちな地元の公民館のように、作りは少し安っぽくて、あと、椅子の座り心地が今一つでした。

 それでも利便性はいいし、その割にかなりリーズナブルだったので、僕としては、かなり気に入っていたのですが…。

 

 当時、講座の為に捻出できた僕の資金は、ほんのわずかでしたから、高い費用の掛かる講座会場を予約して、もしも、受講生の方の集まりが悪かったら、売り上げよりも、経費の方が上回ってしまいます。

 

 だから当時は、一切、妻の意見を聞き入れる事はありませんでした。

 

 別に講座会場の雰囲気がどうだろうと、僕がやる講座内容は全く変わらない訳ですし、講座会場の居心地で参加するかどうかを決める人なんていません。

 だいたい、実際に講座が始まるまで、主催者の僕だって、現地の会場の居心地を知るすべはないのですから…

 

 前回、名古屋に集まってくださった受講生は、2名のみでしたので、その時はギリギリ、講座会場の経費と、東京と名古屋間の交通費とホテルの宿泊代を捻出できました。

 

 妻の言う通りに、もっと高級感があって、座り心地の良い椅子の会場にしていたら、間違いなく赤字になっていました。

 

 この時の経験と結果を踏まえた上で考えると、東京から離れた場所で講座を実施をするのなら、極力、低予算の講座会場を選ぶべきだし、いっそ、見送った方が良いという事になります。

 

 2年前の初夢で、京都に行く夢を見て、その後、たまたま京都にお住まいの方から、講座の依頼が来るという偶然が重ならなかったら、僕も、サロン ド シルフィーユ以外の場所で講座をやる事はなかったと思います。

 

 そして当然ながら、講座を実施すると決めてからも、とにかくリーズナブルで、なるべく費用が抑えられる講座会場を探していました。

 でないと、その方以外に誰も応募がなかった場合、目も当てられないくらいの赤字になってしまいますから…

 

 そして、僕の思惑通りの講座会場は、すぐに見つかりました。

 その会場は、使った人のレビューも悪くないし、何よりも低予算で借りられました。でも、会場の写真を見ると、設置されている椅子が丸椅子で、どうも高級感というものには欠ける感じだったんです。

 

 その時、妻が言った言葉を思い出しました。

 

 講座会場のグレードを良くしたら参加者が増えるなんて事は、まるで荒唐無稽ですけど、それでも赤字を覚悟で、もっと高級感のある講座会場にしてみようと、ふとそんな考えが浮かびました。

 

 僕は、どちらかというと、何でも地味に質素にやるのが好きなタイプです。

 

 質素倹約を常にした徳川家康を尊敬しているからという理由だけではありませんが、一人で旅行に行くなら、必ず飛行機はエコノミーにするし、宿泊先は極力リーズナブルな所にします。

 常日頃あんまり、お金のかかる遊びもしないです。

 

 ただ、講座の会場を決まるという事で言えば、自分の事以上に、参加される受講生の事を考えるのが、本当のいたわりなのかな… と、前回の出張講座から3年の時を経て、やっと考えられるようになりました。

 

 それに、僕自身、もうそろそろワンランク上に行くべき時期が来ているのかも知れない… というような気もしてきました。

 

 もちろん、自分一人でする食事とか、日常の生活の事に関しては、これまで通り変わらないと思います。

 

 でも、それに人が何らかの形で関わるのであれば、その人達が喜んでくれる為にも、質の良いものを選んだ方が良いのかも知れないと、考えるようになりました。

 必要以上に、見栄を張る事もありませんが、自分ができる範囲で、縁ができた人へのおもてなしとして…

 

 と、考えるようになったら、いつの間にか、初級編の京都の初講座のお申込みは、3名になっていましたし、東京での上級編の講座は満席になっていました。

 

 これで、何の不安もなく京都に長期出張できそうです。

 

 新たなステージへは、それにふさわしい装いで…

 

 48歳を迎えて、新たな気持ちに切り替えて、これからはよりもっと質の良いものを、周りの人に与えて行こうと、心に決めました。

 

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ピンチは、大きな幸せをつかむためのチャンス19.04.10

2019年4月10日(水)

 

 今、僕の周りでは、いろいろな事が慌ただしく過ぎていって、異様なくらい、時間が過ぎるのが速く感じます。

 気がついたら、いつしか4月の新年度に入って、もう10日が過ぎているのですね。

 

 自分の中で、ある程度予定を立てていても、急にやらなくてはならない所用ができたりして、全く予定に追いついていないです(汗)

 

 正直、ゆっくりとする時間はほとんど取れない状態…

 

 それでも、ありがたい事に、ものすごく充実しています。

 

 僕は季節の中では、春という季節が一番好きです。

 花粉症に掛かった今でも、それは変わらないですね。

 

 日常生活の中では、いろいろな事が起こりますが、深呼吸して我に返ると、春というのは、冬とは違ってポカポカと暖かくて心地よい…

 

 お薬をサボると、くしゃみがでたり、目が痛くなったりしますけど、それでも十分に幸せです。

 

そこそこ人生を生きていたかいもあって、最近では僕も、多少の事が起こっても、常に気持ちをノーマルな状態に戻す事ができるようになりました。

 

 別に、そんなに贅沢な暮らしをしている訳でもありませんが、自分の身の回りの事だけで言えば、いつも感謝の気持ちがこみ上げてきます。

 

 僕も、去年から今年の春先まで、色々な事が起きたし、人生には時々、悲しい事だってありますけど、昔と違って、流れ出る涙はサラサラとしていますね。

 

 20代の頃は、同じ流す涙でも、悔し涙というか、今よりもずっとドロドロした涙だった気がします。

 

 その頃に流した涙は、いつも自分のプライドが壊されるような悔しさにあふれていたのですが、ここ最近の涙は、そういうドロドロしたものはなくなっていて、心が震える時に流れるような涙です。

 

 悲しい事が起これば、当然悲しいのですが、昔みたいに、そこに自分のエゴが入っていないので、名画を観て感動した時の涙に近い感じです。

 

 もちろん、男が泣くなんて、あまり格好良いものではありませんし、僕も滅多に泣くなんて事はありませんよ(笑)

 だいたい、目の前に大変な事が起きたら、泣いているような余裕なんてありませんし…

 

 人生には、時々、ハラハラするような大変なピンチがやってくる事があります。

 人は、大きなものを背負えば、背負った分だけ、ピンチも大きくなるでしょう。

  ここ10年間で、一番ハラハラしたピンチと言ったら、やっぱり アレ かな(笑)

 

 それが、人の生死や一生の事が掛かったような事であれば、猛烈にプレッシャーが掛かります。

 

 占い師という職業は、そういうピンチの人が相談にお越しになる機会が多いですから、常にプレッシャーがつきものです。

 

 まあ、それとは関係なく、人生というのは誰でも平等に、度合いの大きい小さいはあれど、ピンチというのはやってきます。

 そして、多くの場合、そのピンチを上手くかわす手段や、そこから上手く逃げる手段も残されているものです。

  日主「壬」の人は特に、そこで立ち向かうか逃げるかで、その後の人生が大きく変わります(^^)

 

 10代20代の頃の僕は、そんな時にはいつも、「逃げる選択」をする事が多かったですね。

 

 ミュージシャンを目指している事を言い訳にして、「夢に関係ない、どうでも良い事には、一切かかわりたくない」とか言いながら、自分の目の前に起こる事柄から、逃避していました。

 

 今思えば、あれだけ懸命に努力していたのに、夢が叶わなかったのは、そういう姿勢に、問題があったせいだったように思います。

 

 最近わかったのは、ピンチの正体というのは、実は大きな幸せをつかむチャンスだという事…

 

 ピンチが目の前にやってきた時、それに正面から立ち向かっていけば、そこでさらに大きな困難と苦しみに出くわす事になります。

 

 だから、うまく逃げた方が楽ですし、絶対的に得です(笑)

 

 でも、この逃げるという選択をした人は、その時に、自分を成長させるチャンスを、永遠に放棄してしまった事にもなるんですね。

 

 あと、人が取る行動や対応というのは、常に周りの人に見られています。

 

 見られているから… というのを理由にするのは、ちょっと本質から外れるのですが、やっぱり、こういう時にピンチに立ち向かっていく人の方が、人から頼りにされますし、信頼だってされるでしょう。

 

 そう考えると、ピンチに立ち向かっていかないというのは、ものすごく勿体ない事なのかも知れません。

 

 もちろん、まるで自分の手に負えない事や、全く自分と関係ないようなピンチにまで、首を突っ込む必要なんてありません。

 

 ただ、「どう見ても、この問題を処理するのは自分だよね」みたいなシチュエーションで、自分に起こった事に関しては、やっぱり立ち向かっていった方が、良い気がするんですね。

 

 神様は、その人が絶対に乗り越えられない試練は与えないと言います。

 

 それに、そのピンチの正体は、幸せをつかむ為のチャンスでもあります。

 

 覚悟を決めて、ピンチに立ち向かっていくと、意外に難なく乗り越えられる事もあるし、それを通して積む経験と、乗り越えた時の爽快感は、かけがえのない人生の宝物になるはずです。

 

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