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天の流れに身をゆだねれば、必ず幸せにたどり着く19.01.28

2019年1月28日(月)

 

 早いもので、お正月もいつしか過ぎて、もう間もなく1月も終わり…

 そして、いよいよ一年で一番寒い2月がやって来ます。

    寒いの嫌い…

 

 どちらにしても、あと一週間ほどで、干支の切り替わりですね。

 まあ、これは来週のブログのネタにするとしまして(笑)

 

 先日ふらっと、世田谷代田にある「白髭のシュークリーム工房」に行ってきたんです。

 

 

 お世話になっている人へのおみやげと、僕自身も、甘いものが欲しいのもかねて、トトロのシュークリームをたくさん買い込みました(^^)

 

 ちなみに、トトロの頭にくっついているチョコレートのアクセサリーは、シュークリームの味を表しています。

 

 

 緑の葉っぱがカスタードで、桜の花がストロベリー、青の帽子がチョコレートで、黄色の帽子がキャラメル味…

 

 食べる時は、トトロの頭からガブリつくのですが、どのシュークリームもクリームたっぷりで、すごく美味しいです。

 

 

 それにしても、最近、人との出会いというものは、つくづく不思議なものだなあ… と思います。

 結局の所、それによって、人生が決まってしまうようにも感じます。

 

 これは、誰の人生でも言える事だと思うのですが、自分自身が大した才能が無くても、すごい才能を持っている人が自分のサポートをしてくれたら、一人では叶えられそうにない夢だって、叶ってしまいます。

 

 例えば、漫画家さんでも、元々すごい実力を持った漫画家さんもいれば、自分自身は大した事ないのに、すごい才能のある担当がついて、その助言を受けながら漫画を描いて、成功する例だってあります。

 

 こういった事は、どういう分野の職業でも、多少なりとも、ありえる事ですし、職業だけに限らず、人生そのものがそういうものだとも言えます。

 

 素敵な人が自分の味方についてくれれば、それだけで人生は素晴らしいものになる…

 もちろん、その為には、ある程度は自分も立派になっていないといけないのですが…

 

 僕の場合、ここ最近特に、これまでになく、すごい実力を持った人とのご縁がつながっていって、本当にありがたい事に、そういうすごい方からの協力が得られたりします。

 

 これまでの僕は、本当に甘え下手で、何でも自分一人でやろうとして空回りしてきたのですが、これからは甘えられる所は甘えて、その分、自分でできる事を精いっぱい頑張って、恩返ししていこうと、考えられるようになりました。

 

 思い起こせば、去年の後半に、京都と奈良への旅、そして、伊勢神宮と白山比咩神社に参拝して、あと、捨てられなかったある一つの執着を手放したら、あっという間に、周りの環境がガラッと変わってしまいました。

 

 昔から僕は、(とはいってもおそらく、この性格は20代後半ぐらいから身に着き始めたと思うのですが…)自分が「絶対にゆずれない」と思う事以外は、あまり自分の主張はしないで、流れに任せるような人間でした。

 

 くだらない話ですけど、例えば、回転ずしなんかでは、何一つ自分の食べたいものが回っていない時は別として、ほとんど自分からオーダーしないで、流れてくる皿の中で好みに合うものを取って、それで済ましてしまういう感じです。

 

 でも、これは悪く言うと、「自分の意志がない」とか「自分で決められない」というような所にも、つながっていて、昔はよく「もっと自分の意見を持ちなさい」とか、「ちゃんと言うべき事は言いなさい」と、目上の人から注意される事も多かったですね。

 

 でも僕は案外、主張するべき時には主張するし、一旦、ゆずれないと思ったら、テコでもゆずらなかったりするんですけど、案外、周りからはそんな風には見えないみたいです(笑)

 

 う~ん、やっぱり、自分の主張を貫き通さなくてはいけない時というのは、あると思います。

 

 でも、自分の意見を強く主張してしまいたくなる時って、たいがいは自分の感情やプライドで譲れなくなってしまうような場合が、ほとんどのような気がします。

 

 だいたいは、どっちの意見も大して違いはなかったりするし、自分の意見を引っ込める事で、みんなが穏やかにまとまるのなら、僕はあえて意見を言わない事も多いですね。

 

 相手の意見の方が正しいという可能性だって、あるかも知れない訳で、あえて成り行きに任せるというのも、僕は一つの立派な選択だと思うんです。

 

 でも、その意見が、自分達に都合ばっかり考えて、周りの人に迷惑を掛けるものだったりとか、とにかく、絶対に良くない事だと思ったら、僕は、迷う事なくそれに反対します。

 

 まあ、そういうおかしな事を考える人は、もう僕の周りにはいないので、今では、自分の主張をする事はほとんど無く、流れに従って生きていますが…

 

 人生には、時に、ずっとそこにあると思っていたものが、スッと消えてなくなってしまうような事もあります。

 

 それは、ずっとそばに寄り添ってくれた人かも知れないし、これまで当たり前に思っていた自分の立場やポジションかも知れないし、いつも思い描いていた未来の可能性かも知れませんし…

 

 それが何であったとしても、自分の予想に反して、大切なものが消えてしまう事は、やっぱり悲しいものです。

 

 でも、これは、仕方がない事だとも思うんです。

 それによって、また新たなものが生まれてくるのだとも思うし…

 

 そんな時、僕は冷静に、そうなった原因が、自分の落ち度によるものなのか、そうではなく、ある意味、何かの大きな流れなのかを見極める事にしています。

 

 もしも、自分に落ち度がないとすれば、それは天の計らいである可能性だってあります。

 

 もしも、自分に落ち度があって、そういう結果に結びついたのなら、その時はしっかりと反省して、最大限、その失敗を取り返す努力をすべきでしょう。

 

 でも、自分に落ち度があったというよりは、何かしらの流れでそうなってしまった時は、無理やりそこにしがみつくのではなく、それは一旦捨てて、次の手段を冷静に考えられる人が、人生の道が開ける人だと思うんですね。

 

 目の前に起こったその変化は、もしかしたら、天の計らいかも知れませんから…

 

 例えそれが一見すると思わしくない事でも、あくまでも現状を維持させる事だけにしがみついてしまうと、せっかくの天がくれた大きな運の流れを、つかみ損ねてしまう事になります。

 

 そんな時は、天を信じて、その変化に身を任せながら、冷静に次の手段を講じるのが良いでしょう。

 

 ただし、天の流れに身を委ねて、自分自身も幸せにたどり着きたいと思うならば、人が見ていても人が見ていなくても、ちゃんと、天が味方してくれるような日頃の行いをしている事が必要でしょう。

 

 これは、立派だと言われる生き方を、堅苦しく自分に強いなければいけないという意味ではなく、自分で自分の心をきちんと直視した上で、自分にやましいと感じる部分がなければ、とりあえずはそれでいいと思います。

 

 あとは、自分の目の前に立ちはだかった問題に目をそらす事なく、全力で取り組んでいくだけです。

 

 例えば、そうですね…

 

 戦国時代で言えば、六文銭の旗印で有名な猛将・真田幸村の兄に、真田信幸(信之)という人がいて、この人は、すごく地味なんですけど、戦国時代の大名としては最高齢の92才まで生きた人です。

 

 信幸は、徳川家康の配下の名将、本多忠勝の娘(小松姫)を嫁にしていた事もあり、常に徳川方の旗印の下で、戦国時代を戦ってきました。

 

 関ケ原の合戦の時、弟・真田幸村は、石田三成の盟友で、西軍についた大谷刑部吉継(2014/1/5パリブログ 「カッコよく恩に応えたい」参照)の娘を嫁に迎えていた事もあり、父・昌幸と共に西軍についてしまうのですが、信幸は、本多忠勝との義理を大切にして、父や弟と袂を分かち、徳川方の東軍として戦う事になります。

 

 信幸としては、苦渋の選択だったと思います。

 

 でも、この時代の価値観においては、おろらく信幸も幸村もこの選択しかなかったでしょう。

 

 真田一家が東軍・西軍どっちかでまとまろうとすれば、片方に不義理になってしまいますから…

 

 まあ、東軍・西軍どっちが勝っても、真田家が生き延びられるようにという目論見もあったかも知れませんが、その結果、心が通った肉親同士で戦わなければいけなくなってしまいました。

 

 でも、結果は、これで良かったのかも知れません。

 

 兄の信幸が、自分の恩賞と引き換えに、父と弟の助命嘆願をし、その結果、死罪が流罪となって、三人とも無事に生きながらえる事となったんです。(幸村は、のちの大坂夏の陣で討死)

 

 結局の所、ちゃんとした生き方をしていれば、最後はなるようになっていくんですね。

 

 天の流れに身をゆだねれば、必ず幸せにたどり着く…

 

 例えどんな事が起ころうと、自分勝手な思惑や私心を捨て、目の前の事にベストを尽くしていれば、最後は必ず、幸せな結果にたどり着くはずです。

 

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人生は可能性のるつぼ19.01.20

2019年1月20日(日)

 

 気がつけば、七草粥も、成人の日も、どんと焼きも終わり…

 1月もいつの間にか、3分の2が終わってしまいました。

 

 年を取れば取るほどに、時間が速く進むと言いますが、こんなに時間が速く感じるのは、僕も年を取ったという事なのでしょうか…

 

 あんまり、認めたくはないのですが(笑)

 

 NHKの番組のチコちゃん(声:木村祐一さん)が「大人になると、あっという間に1年が過ぎるのは、人生にトキメキがなくなったから…」と、言っていました。

 

 あれは厳密には、心理学者の一川誠教授の説で、一川教授によると そのように感じるのは、加齢による身体機能の低下により動作や判断が緩慢になる事と、日常で心を動かされる事や楽しみな事が少なくなって「待ち遠しい」という時間が長く感じる機会が少なくなるから… というのが、原因なのだそうです。

 

 う~ん、僕は今年は特に、結構、楽しみで、待ち遠しい事だらけなのですけど…

 

 まあ、僕の場合は、人と比べて体力がある方ではないので、それによる身体機能の低下が、原因なのかも知れません(笑)

 

 でも、何かこれ以外にも、時間が速く感じられる原因がある気がするんですよね。

 

 これは、手相家の西谷泰人先生の「年を取るほど時間は速く進む」という本にも書いてあるのですが、手相の流年法を見ていく場合、若い頃の一年の長さは、幅を広く、年齢が進めば進むほど、幅をせまく取っていきます。

 

 どちらにしても、年を取れば取るほど、時間というものが短く感じられる事だけは、間違いないようです。

 

 それはともかく、人生には時折、大きな選択を迫られる事があって、生まれた時には、無限の選択肢が用意されているけれど、年を取るにしたがって、その選択肢が減っていき、最後の最後には、生きるか死ぬかの選択しかできなくなる… などと言います。

 

 なるほど、確かに、人生の選択をしていくごとに、可能性の選択肢はどんどんと削ぎ落されていって、結局、最後は何もなくなっていくんだね~… なんて、妙に達観した気持ちになれる言葉です。

 

 フランスの哲学者・サルトルは、「人間は、自由という刑に処せられている」と言っていたし、選択肢がなくなれば、悩みも減って、諦観の悟りに近づいて行くかも知れませんし…

 (2013/12/20パリブログ 「悩みの原因は、選択の自由にある」 参照)

 

 確かに、人生の一面において、これは見事に言い当てているでしょう。

 

 でも、僕は、別の一面を見れば、人生はいくつになっても、無限の選択肢と可能性に満ちているように思います。

 

 さっきの「可能性の選択肢をどんどん削ぎ落していく」というのは、あくまでも、生まれ持った自分の性格や考え方のスタンスが、あまり変わらなかった時の場合だけです。

 

 まあ普通、生まれ持った性格は、そうたやすく変えられませんから、ほとんどの人はそうなっていくでしょうし、命理学を宿命論的にとらえた場合の考え方も、これに当てはまります。

 

 でも、生まれ持った性格や考え方だって、絶対に変えられない事はないと思うんですね。

 むしろ、人生はそれを変える為にあるような気がします。

 

 そしてこれは、年を取れば取るほど、いろいろな経験を積んでいる訳ですから、変えやすくなります。

 

 いや、年を取れば取るほど、頑固に凝り固まってくるんだから、性格は変えにくくなるんだ… と言われそうですけど、それは、自分を変える事をあきらめた人と、最初から変える気がない人だけに言える事です(笑)

 

 僕も、自分以外の人、特に自分が影響を及ぼす事ができない人に関しては、性格を変えるなんて、とっくにあきらめていますけど、こと自分自身に関しては、性格も考え方も、いくらでも変えられると思っています。

 

 かと言って、急に無理やり、自分の考え方を変えようとか、気持ちが乗らない事を、あえて性格を変える為にやろうとか… 最近は、そういう事はやらなくなりました。

 

 どうせ、後から反動が押しよせて、無理が来る事は経験済みですから…

 

 「自分を変えよう、変えよう」と、いくら頑張ったって、自分の想念の堂々巡りの渦の中から抜け出せないのですが、例えば、誰かの為に、自分の中の何かのこだわりを捨てる必要性に迫られたりした時に、ふっと自分が軽くなって、何かが変わるような気がするんですね。

 

 とはいっても、不平不満を抱えながら、義務感だけで、無理やり何かを捨てた時はダメです。

 この場合は、やっぱり後で反動が来ますね(笑)

 

 どちらにしても、性格や考え方と言うのは、そのこだわりや執着を「捨てる」事でしか、変えられないのではないかという気がします。

 

 人生というのは、捨てる事によって、その空いたスペースに宝物が入ってくるものです。(言いかえると、捨てた分だけ天とつながりやすくなる… と言えます)

 

 その捨てるコツさえつかめれば、焦って「この性格を変えなければ…」などと力まなくても、自然に性格や考え方は変わってきます。

 

 その為にきっと、人との出会いというものが、あると思うんですね。

 

 余談ですが、僕は去年、白山比咩神社に行ってから、信じられないくらいに次々と、新たな不思議な出会いにたぐり寄せられています。

 (2018/12/8ブログ 「白山菊理姫に会いに ~北陸への旅<1>「白山比咩神社へ」~」 参照)

 

 性格や考え方が、自然に良い方向へ変わっていくと、今までだったら、怒りや恐れといったネガティブな感情に囚われてしまう場面を、ものすごく冷静にクールな目で分析できるようになるし、今までの自分よりも高い視点で、長期的なビジョンで、物事を考えられるようになります。

 

 こうなってくると、当然、自分を運命も変わってしまいます。

 

 だから、人生というのは、いつだってたくさんの選択肢と可能性が存在していると思うんですね。

 

 この場合の選択肢というのは、目の前に決断を迫られている選択肢だけではなく、自分が変って視界が広がる事によって、新たに見えてくる選択肢を含めています。

 

 いつだって、人生は可能性のるつぼ…

 

 一見、目の前の状況が完全に閉ざされてしまったように見えても、あきらめる事さえなければ、必ず道が開けていくはずです。

 

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夢を叶える為の作業は、いたってシンプル19.01.13

2019年1月13日(日)

 

 ここの所、寒い毎日が続いています。

 

 ふと、気がつくと、もう1月も半ば…

 いつの間にか、今年も24分の1が過ぎてしまっているのですね。

 

 この分だと、来年のお正月だって、あっという間にやってくるかも知れません。

     そんな訳ない…

 

 昨日は、四柱推命講座・初級編 第14期の最終講座を終えて、次は3日後に予定されている「朝日カルチャーセンター立川教室/かんたんタロット占い」に向けて、鑑定の合間の時間を使って、準備を始めています。

 

 それにしても、パリから帰ってきて3年余りの間は、毎日ブログを更新していましたが、最近は本当、更新のペースが落ちました。

 

 あの頃は、自分で言うのも何ですが、人並外れたパワーがありました。

 

 おそらくそれは、自分の理想も夢も叶っていなくて、何につけても必死だったからだと思います。

 (2013/12/17パリブログ 「生意気でもいい… 大志を抱いて」 参照)

 

 あっ、決して、今の僕がパワーが無くなったという意味ではありませんよ(笑)

 

 今は、自分の夢や理想も、ある程度まで叶って、落ち着いたというか、いろいろな事を客観的に冷静に見られるようになったという感じです。

 

 夢や目標に向かって、いつも前のめりになっていた頃は、気合いは半端なかったし、勢いもすごかったですけど、常に暴走気味で、間違いや人とのトラブルも多かったですね。

 

 とはいえ、若い頃というのは それでいいと思います。

 

 そんな時に必要なのは、「人生の悟りを得て、達観する事で、夢や目標がどうでも良くなってしまう方法」…とかではなくて、やっぱり、その夢を叶える為に、あらゆる挑戦をする事だと思うんですよ。

 

 もちろん、夢が必ず叶うなんて、保障はどこにもありませんけど、それに向かって頑張る事で得られる経験や学びは一生の宝物です。

 

 それで、この時に、自分の夢や理想が比較的すんなり叶う人と、いつまで経っても夢が叶わない人の差が出てきます。

 

 僕の場合、「ミュージシャンになりたい」という東京に出てきてからの第一の夢は、見事に叶いませんでした。

 今では、その原因がハッキリと分かるので、こんなお話ができるのですけど(笑)

 

 夢や理想が叶う人と言うのは、純粋に一直線に行動します。

 そして、当たり前のように、それが叶います。

 

 分かりやすく例えを出せば、ある時、どういう訳か無性にショートケーキが食べたくなったとしましょう。

 そしたら、近所のスーパーにショートケーキを買いに行って、食べればいい…

 

 当たり前の話ですけど、本当そんな風に、夢を叶える為の作業は、とてもシンプルです。

 

 いや、近所のスーパーのショートケーキではなくて、銀座千疋屋(せんびきや)のショートケーキでなければ嫌だ… という人は、ちょっと時間は掛かっても、千疋屋までケーキを買いに行くしかありません。

 でも、そうすれば、ちゃんと千疋屋のケーキが食べられます。

 

 いや、オレは伝説のパティシエである、ピエール・エルメが直接作ったショートケーキが食べたいんだ… という人は(笑)

 

 そうですね… この夢は、ちょっと厄介ですけど、フランスのパリまで行って、ピエール・エルメに自分のショートケーキを作ってくれるように、頼み込むしかありません。

 

 まあ、すんなり作ってもらえるかどうかは分かりませんが、シンプルに考えれば、そういう事になります。

 

 そうやって直線的に考えてみた上で、「とはいえ、見ず知らずの自分が直接会いに行っても、ショートケーキを作ってもらえる確率は低いし、住所を調べて待ち構えていても、ストーカーとして警察に捕まるだけかも知れないな… じゃあ、どうしよう」と、自分の頭で考えるのが、すごく大切になってくる気がします。

 

 こうやって、自分の頭で、目的を叶えるにはどうしたら良いかを考えられる人は、時間は掛かっても、やがてその目的を叶える事になります。

 

 ところが、自分でこの作業をしない人は、何かのハウツー本を読みあさって、そこから答えを探したり、どうしたら良いかを、周りの人に聞きまくったりするようになります。

 

 まあ、そこまでは構わないのですが、そうやって目的を叶える為の手段を簡単に手に入れると、その手段を実践する事だけで満足して、当初の目的がどこかに追いやられてしまいます。

 

 こうなると、夢は叶いにくくなります。

 

 例えば、誰かから「そんなに、ピエール・エルメに会いたかったら、ピエール・エルメの日本のお店で働いたらいいんだよ」などとアドバイスされたとしたら、自分では意識しない内に、そのお店で働けさえすれば、目的が叶うような錯覚に陥ります。

 

 もちろん、その方法自体は悪くないのですが、例えうまく、どこかの百貨店のピエール・エルメのスイート・ショップで働けたとしても、そこにピエール・エルメが直接やって来る確率はかなり低いですし、幸運の女神のいたずらで、ピエール・エルメに運良く会えたとしても、普通に考えて、ショップの従業員が「自分の為にケーキを作ってほしい」なんて頼めないし、頼んだとしても断られるのがオチです。

 

 つまり、ピエール・エルメのお店で働くだけでは、絶対にこの目的は達成できません。

 

 自分の頭で、この作戦を考えついたのなら、最初からこの事は分かると思います。

 その後に次々と、新たな手段を講じない限り、ピエール・エルメが直々作ったショートケーキを食べるのは無理です。

 

 まあ、そこまでして、そんな夢を叶えたい人はいないと思いますし、普通の人だったら、そこまで考えて、その夢は潔くあきらめますが…

 

 ところが、手段に囚われてしまうと、ピエール・エルメのお店で働いているだけで、もっとひどい時には、ピエール・エルメの店舗のアルバイト募集を探しているだけで、自分としては、あたかも夢に向かって走り出しているような気分になってしまうんですね。

 

 そして、数年後、もしくはもっと長い年月が過ぎた後で「こんなはずじゃなかった」と嘆く…

 

 はい。お恥ずかしい話、ミュージシャンを目指していた頃の僕は、いつもこんな感じでした(笑)

 

 なんで、あの頃はそんなだったんだろう…

 

 多分、本当に夢を叶える為に何をしなければいけないか… を現実を直視して考えた時、そのハードルの高さに心がまいってしまうのを、自分が恐れていたのだと思います。

 

 かと言って、その夢は、根底にある劣等感やコンプレックスによって成り立っているから、そこまでして、ミュージシャンになりたい訳でもないのに、それを撤回する訳にもいかなかった…

 

 振り返れば、あの頃は辛い思い出しかないけれど、それでも本当に貴重な経験をしました。

 

 世の中には、「夢を叶えるにはどうしたらいいか」みたいなハウツー本や、その夢を支援する為の専門学校や養成所が、山のようにあります。

 

 僕の20代の頃は、ほぼ毎日、ミュージックスクールや俳優養成所に通いづめでした。

 そこに通い続ける事によって、いつしか自分の夢が叶うような錯覚に陥っていたから…

 

 あと、自作の曲のデモテープも一生懸命時間を掛けて作成して、定期的にレコード会社やオーディションに送っていました。

 何かの本に「しっかりしたデモテープを作成して、売り込みに行きましょう」と書いてあったから…

 

 いつも手段に囚われて、何一つ、自分の頭で、どうしたら良いかを考えてこなかったですね。

 

 これと同じように、片っぱしからコンパに出まくったからと言って、理想の恋人ができるとは限らないし、営業で玄関先に訪れた証券マンの言うままに投資を始めた所で、手持ちのお金が増えるとは限りません。

 むしろ、損失になる場合の方が多いでしょう。

 

 本気でその夢を叶えるにはどうしたらいいかを、ちゃんと自分の頭で考えると、自分が本気でそれをやりたいかどうかも、分かるようになります。

 

 そして、本当に大切な事は、「その夢が叶うかどうか」ではなくて、「その夢が叶った後に、自分は何をしたいのか」である、という事に気づいたりする…

 

 夢を叶える為の作業は、いたってシンプル…

 

 本当の自分の心に目を背けないで、シンプルに考えた時、今の人生の全ての意味が、明確になっていくかも知れません。

 

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おみくじよもや話19.01.06

2019年1月6日(日)

 

 お正月も、気がつけばもう一週間が過ぎて、本当に慌ただしいというか、時が過ぎていく早さを感じます。

 

 元旦は明治神宮に参拝、2日は靖国神社に参拝、そして三が日最後の3日の日は、サロン ド シルフィーユの最寄り駅の中野坂上の産土様である、中野氷川神社に参拝に行ってきました。

 

 そして、4日に仕事始めをして、昨日は今年初の四柱推命講座・初級編、そして今日6日も、たくさんのお客様を、サロン ド シルフィーユで鑑定をさせて頂きました。

   明日7日はメルマガだ~

 

 

 3日の日、中野氷川神社を参拝した後、新年初のおみくじを引いてみました(元日の明治神宮でも、2日の靖国神社でも、おみくじは引かなかった…)

 

 何となくですが、今年は引く前から、大吉が出るような予感がしていました。

 

 去年の11月ぐらいから、もやもやした霧が晴れたような澄み切って、俄然運気が良くなっている感覚なのです。

 逆に、忙しくなり過ぎて、自分のプライベートの事は、どんどん後回しにされていくのですが(笑)

 

 おみくじは、「二十四番 大吉」でした!!

 

 

 ほぼ、完全無欠な大吉です。

 ほとんど全ての項目が「叶う」になっていました(^^)

 

 でも、こうやって大吉が出た時こそ、絶対に調子に乗ってはいけないんですね。

 

 ちなみに、四柱推命講座・初級編も受講してくださったTさんから、「浅草寺のおみくじを引いたら、2年連続で大吉でした」というメールを頂きました。

 

 これも、かなりすごい事です!!

 というのは、浅草寺のおみくじというのは、凶が出る確率がかなり高いですから…

 

 僕も、3年前に浅草寺のおみくじを引いていますが、その時は、かろうじて「吉」でした。

 (2016/1/3ブログ 「浅草の観音様とパチンコとおみくじ」 参照)

 

 歴史的に言うと、日本のおみくじの元になったのは、大津の延暦寺の僧・元三大師の「観音みくじ」というおみくじで、これは「凶」が出る確率がかなり高くて、なんと、100本ある内の30本が凶なんです。

 

 そして、このおみくじを全国的に広げたのが、晩年の徳川家康の名参謀である天海僧正でした。

 

 ある時、敬愛する元三大師が、天海の夢枕に立って「生前、自分が使っていた信州戸隠山におさめてある観音みくじをもって、人々の苦しみを救え」とお告げをされたそうで、実際に戸隠に人を遣わした所、その「観音みくじ」が見つかり、そこからどんどん広まっていったとの事です。

 

 実は浅草寺では、この古来からの「観音みくじ」をそのまま使っているんです。

 

 ちなみに、成田山や川崎大師、深大寺でも、この「観音みくじ」が使われています。

 このおみくじは、五言四句の干支が書かれているのが、その特徴なんですね。

 

 また、天海僧正が祭られている川越大使・喜多院のおみくじも、当然ながら、この観音みくじです。

 この喜多院の事は、村野大衡先生も、昔ブログで書かれています。

(村野先生ブログ「ほのぼの占い師“村野大衡”小江戸川越へGo!」 参照)

 

 おみくじというのは、気持ちを込めて引かなければ、何の意味もないし、本当に“ただのおみくじ“なんですけど、素質のある人がこれを真剣に扱って、文脈の中にあるものを捉えつつも、そこから何かをキャッチできれば、神の真意のようなものを引き出すツールにもなりえます。

 

 占いで言うならば、タロットや易のような、偶然性で見ていく卜(ボク)占(雑占)が、ちょうどこれに当たります。

 

 この種の占いは、扱う占い師の裁量によって、本当にピンキリであり、もちろん実力がある占い師が扱う卜占は、とても、おみくじと一緒くたにはできません。

 卜占は、占う質問によって占い方を自在に変えられますし、そこそこ100のパターンしかないおみくじと違って、結果のバリエーションの数は比べ物になりません。

 

 とはいえ、原理原則は同じなんですね。

 

 僕は、この卜占の事を「二次元」の占いだと思っているんです。

 それで、手相とか、人相とか、実際に存在しているものの形で占う相術が「三次元」の占いで、そこに時間軸が加わる命理の占いが「四次元」の占いではないかと思うんですね。

 

 まあ、三次元の次のベクトル軸を時間軸にするべきかどうかは、論考の余地ありですけど…

 (2014/9/18パリブログ 「4次元空間を制したら…」 参照)

 

 ここで言っている「次元」というものと占いの価値とは関係なくて、四次元だから良いとか、二次元だから悪いとかいう意味ではありません。

 

 一体、何が言いたいのかというと、例えば「相術」というのは、今現実にあるのものを、ありのままに捉えて、そこから事象を推察しようとしている意味で「三次元」ですが、生年月日時などで細かく見ていく「命理」は、人生を事細かく時間軸を加えて占う事ができるので「四次元」という意味合いです。

 

 卜占(雑占)というのは、実体のない(三次元でない)偶然性の何かを頼って、そこから象意を読み解いていくので「二次元」…

 

 とはいえ、二次元がダメなのではなくて、卜占は例えるなら、長~い金太郎あめのような人生をスパッと輪切りにして、そこにある模様を顕微鏡で事細かく見ていくのに、似ています。

 

 だから、今現在における具体的な事柄や解決策を知る為には、この卜占が、一番適していると言えます。

 相術や命理だと、この分野はボンヤリした感じになったり、占い師の主観が入りやすかったりしますから…

 

 そういう意味で、僕は「おみくじ」というものの価値は認めていますし、自分自身もタロットをやるし、そこに出てくる結果というより、何かしらのメッセージに一定の信頼を置いています。

 

 その割には、本やブログの中で「おみくじ式四柱推命」に対して言っている事が、厳しすぎるんじゃないの… と思われそうですが、あれは本来、4次元で見ていかなければいけない四柱推命に対して、2次元で見ようとしているから、問題だと思うんですよ。

 

 卜占の場合、「今の状況はこうですよ」と現在の状況をピンポイントで捉えて、そこから解決策を出そうとするのですが、おみくじ式四柱推命は、その人の性格や、1年間、ひどい時は10年間という長いスパンの人生を、卜占のように平面的に捉えて決めつけるから、ちょっと僕的には許せないんです(笑)

 

 本来の四柱推命は、そこに存在したり巡っている五行の状況を多角的と捉えて、幾通りかの解決策を導き出していくものなのに、おみくじ式だとその一番重要な部分が全部削り取られてしまっているし、四柱推命そのものが、あまりにも軽く扱われているような気がしてならないんですね。

 

 ちなみに、「おみくじ式四柱推命」という名前を最初に使ったのは、僕ではありません。

 

 もう20年以上のつきあいのある僕の尊敬するある先生が、最初にそう呼んだのです。(名前を出しても怒るような先生ではないのですが、知名度も影響力も大きくなっているし、記事を読んだ人が、必ずしも好意的に受け取るとも限らないので、あえてお名前は伏せておきます…)

 

 僕がまだ28歳ぐらいで、当時の僕はまだミュージシャンを目指していたのですが、その先生はすでに、僕が占い師の方が向いている事を見切っていたのですね。

 

 「浅野君、四柱推命で占いやればいいじゃない」

 

 「いえいえ、占い師なんて僕にはとても無理ですよ。ところで、ここのお店、○○先生が四柱推命する事になったんですよね」

 

 「ああ、“おみくじ四柱推命”でしょ。ホラ、表で簡単に星出して、決めつけるヤツ」

 

 この絶妙なネーミングに、思わず吹き出しそうになってしまいました。

 

 あの日から、もう20年近くになるんですね。

 

 その先生は、当時もすごい実力を持っていましたが、今や押しも押されぬ占いの権威ですし、まさか、僕までも、この占いのお仕事にこうして携われるとは、夢にも思っていませんでした。

 

 そんな過去を思い出す度に、感謝の気持ちがこみ上げてきます。

 

 それにしても、今年は良い年になりそうです。

 

 もちろん、だからと言って調子に乗らないように、ちゃんと周りを見ながら、精一杯の力で頑張ります!!

 

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