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祭りの日の記憶18.09.16

2018年9月16日(日)

 

 今日は、毎年秋に開かれる「中野氷川神社例大祭」の日…

 

 サロン ド シルフィーユはお休みにして、オフィスの大家で20年来の親友でもあるS君と一緒に、地元の御神輿を担ぎに行きました。

 

 この中野の秋祭りは、たまに、S君と参加すのですけど、こ御神輿が半端なく重いんです!!

 

 もちろん、大勢で肩の上に乗せて担ぐのですが、御神輿が肩にぶつかる度に、ものすごく痛い…

 

 S君は毎年、御神輿をかついでいるので、かつぎ方のコツをすっかりマスターしているのですが、僕は今回、50mも持たないまま、ダウンしてしまいました。

 

 前に担いだ時は、何とか踏ん張って、一区間、通して担いだのですが、体力が落ちているせいか、今日は、すぐ息が上がってしまいました(笑)

 

 僕は昔から、こんな風に祭好きだったかと言うと、小さな頃は、こういうお祭りが本当に大嫌いでしたね。

 

 特に御神輿は、死ぬほど嫌いで、子供の頃、親に町内会の子供御神輿に連れていかれると、その度に必ず泣き出していました。

 

 いつから、あれほど大嫌いな祭りが、好きになったのだろう…

 

 多分、祭りの本当の意味を、理解出来るようになってからのような気がします。

 

 今日の朝は、プライベートの生活で、いろいろとあって、かなり調子が悪かったんです。

 

 ここ最近では珍しく、夕方まで何も食べてないのに、全然食欲もわいてこないし、胸はムカつくしで、体調も絶不調だったのですが、不思議に御神輿を持って、汗をダクダクかきながら、「わっしょい、わっしょい」って言っていたら、いつの間にか体調も良くなっていました。

 

 「祭り」とは元来、神を祀るという言葉から来ていて、神様に祈ったり、神様と対話するという意味から来ています。

 

 そして、「祭り」は「間釣り」でもあり、人が神様に感謝を捧げ、神様の御心を人が伺ったりしながら、神と人の間を釣り合わせるように交流をする… という意味もあります。

 

 神様と言っても、「人間は、神様に絶対服従しなければならない」などと、軍隊のように神様と人間を考えるのではなく(本物の神様は、大体、そんな事は望んでいないと思う…)、かと言って、人間の望みを一方的にお願いするのでもなく(これでは、神様と交流している事にならない…)、神様と人間が、調和して一体化しながら、みんなが幸せになるように盛り上がっていく…

 

 だから、祭りは楽しいし、パワーをもらえるし、そこに何とも言えない懐かしい風情や、心の幸福感を感じるも、そんな所から来ている気がします。

 

 人は、辛い事や悲しい事があると、気持ちが塞ぎこんで、そこから出られなくなってしまう事があります。

 

 そんな時、どんなにたくさんの人に周りを囲まれていても、人は孤独で独りぼっちですし、そういう状態の時には、誰かからの励ましの声も、耳に届かなかったりします。

 

 誰の人生でも、こういう試練の時期というのが、あるものですが、こういう時の乗り越え方で、その後の人生が決まってきてしまうような気がします。

 

 そんな時、心を開く事ができる誰かに相談する… というのも、一つの方法でしょう。

 

 ただし、鑑定を受けるのでもない限り、相談を持ち掛けた人に迷惑を掛けているかも知れない… という事は自覚はして、あまり相手に甘え過ぎたり、しつこく愚痴を言うような事はしない事です。

 

 でも、中には、相談できるような人が誰もいない… という人も、いるかも知れません。

 

 特に、いつも自分が相談を受ける側で、頼られる立場の人は、どうしても、そういう事になってしまいがちです。

 

 あと、孤独で悲しくて、たまらない時、解決策として、ありがちなのが、気晴らしの気分転換をする方法です。

 中でも、スポーツを始めとした、体をうんと動かす気分転換は、かなり効果的だと思います。

 

 男性の場合には、その気晴らしの方法が、時に、キャバクラだったりとか、風俗だったりとかする人もいるかも知れません。

 気持ちは、わからなくはないのですが、それだと、問題の本質に目をそらしてしまう事になる気がするんですね。

 

 そういう刺激的な体験をする事で、一時的にしろ、目の前の孤独や悲しみを一瞬、忘れられるかも知れませんが、今度は、毎回そういう強い刺激がないと、悲しみがあふれ出てくるような事になると思うし、悲しみの乗り越え方としては、一番マズい方法のような気がするんです。

    不幸な事がきっかけで、そこから真っ逆さまに運気が落ちていく典型的なパターンだと思う

 

 ちなみに僕は、そういう辛い事や悲しい事にあった時、人に相談する事は、あまり、ありません。

 

 その代わり、そういう時には、特に意識して、いつも自分の事を守ってくれているエネルギーの存在を、強く感じるようにしています。

 

 一見、特殊な事を言っているようですけど、これは誰でもできる方法です。

 誰でも、そういう自分を守ってくれるエネルギーの存在は、ありますから…

 

 すると、僕の場合、なぜか咳が出て、肩の上にのしかかっている重いものが外れていくのが、分かるんです。

 

 そして不思議な事に、あれほど悲しくて死にたいぐらいにまで思っていた感情が消えて、一瞬で元気になったりします。

 

 その経験をする度に、「自分が感じていると思った悲しい気持ちや孤独感は、本当の自分じゃなかったんだな…」なんて、気づかされたりします。

 

 目に見えないエネルギーとのつながりを感じられれば、人は決して独りぼっちではないし、役割を持たされて生きている事に気づくと、うんと強くなれる…

 

 それにしても、祭りというのは、本当にいいですね。

 

 思い切り体力の限界まで盛り上がって、何もかも忘れて、神様と間釣り合わせをしてみる…

 

 祭りの日の記憶…

 

 毎回、祭りの日は楽しいのですが、今日は、また一段と良い体験をさせて頂きました。

 

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