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人生は、目前の選択というよりは、志で決まる18.04.25

2018年4月24日(火)

 

 また、前にも増して、毎日のブログのインターバルが広がってしまいました…

 

 今日の21:00からの真藤先生との対談「浅野太志×真藤昌瑳熙 四柱推命vs五行六令運命学 どっちが当たる?!」の打ち合わせや準備、それに伴うメルマガの号外の発行、そして、お客様からのメールの返信も、今週は半端ない量があって、本当に慌ただしい一週間でした。

 

 そして、僕もいつしか47歳になりました。(4月17日が誕生日でした)

 

 あっという間に、月日が流れていきます。

 

 よく、年を取れば取るほど、時間のたち方が速く感じるとか、楽しければ楽しいほど、時間がたつのが速いとか言いますけど、まさに今の僕にとっては、リニアモーターカー並みに時間のスピードが速くて(汗)

 

 元々僕は、仕事をこなすのが人よりも遅いのもあって、ちょっとだけ、アップアップしています。

 

 でも、これからもずっと、目の前の事に全力投球のスタイルで、行きたいと思います!!

 

 よく、人生というのは常に分岐点があって、目の前にある選択肢のどちらを選ぶかによって、全く違ったものになってしまう… と言います。

 

 僕も、占い師という職業柄、タロットカードの結果や、四柱推命の命式でその人の性格の傾向をみたりして、お客様がどちらの選択をしたらよいかを占うという機会も多いです。

 

 まあ、お客様の中には、すでに自分で選択をしていて、その確認の為にいらっしゃっているというパターンも多いのですが…

 

 僕の人生にも、これまでに人生の分岐点はいくつもあったし、もしも、過去のある一つの分岐点において、今の選択ではなく、もう一方の選択肢を選んでいたなら、確かにこの人生はなかったと思います。

 

 その偶然の選択の連続によって、今の人生があると思うと、何とも感慨深いです。

 

 自分の周囲を見渡してみれば、優しくて素敵な人たちに囲まれているし、セレブな人生とまではいきませんが、それでも、そこそこ自分のやりたい事もできているし、改めて、この選択をして正解だったと思っています。

 

 もちろん、過去にしてきた選択よりも、よりベターな選択というのはあったと思いますし、それによって、周りの人に迷惑をかけずにすんだかも知れないし、もっと周りの人を幸せにできたかも知れません。

 

 そう思うと、全く後悔していないというのはうそになりますが…

 

 どちらにしても、その選択肢によって、人生は全く別のものになってしまうから、人は、分岐点を目の前にした時、動揺したり、うろたえたりもするのでしょう。

 

 でも、僕が思うに、人生において、目の前にあるどっちの道を選ぶかという事以上に、より大きな影響を与えるものがあるような気がするんです。

 

 それは、その人の志とか、心意気とか、自分の内側にあるものだと思う。

 

 確かに、目の前の選択肢のどちらを選ぶかによって、一見、人生は全く別のものになってしまうかのように見えますが、最終的には、人生はその人の志や心意気にそった場所にたどり着く…

 

 大体考えてみれば、そもそも目の前の選択肢というものも、その人の心が生み出しているものに過ぎません。

 

 結局の所、どんなにベストなチャンスをつかみやすい選択をしていたとしても、その人の実力がなければ、結局の所、そのチャンスを活かす事ができないのと同じで、もしも、志や心意気といったものが希薄であれば、幸せをつかむ事が難しくなってきます。

 

 そういった要素が、分かりやすい所で言えば、人徳ともろに連結しているし、もっと微妙な所で言えば、天運とも連動しているからです。

 

 もっと言えば、人徳や天運があれば、どんなでたらめな選択をして、ピンチにあったとしても、うまく切り抜けられるし、逆にそのピンチをチャンスにする事だって可能と言えます。

 

 大体において、そういったものは、その人がさりげなく発している言葉に、表れています。

 

 これは、史記に登場する淮陰侯韓信(わいいんこう かんしん)という人のお話ですが、韓信は、項羽の軍から鞍替えして、劉邦の軍に移ってきた人ですが、その時も最初は、雑用係しかやらせてもらえず、しかも、13人の同僚と罪を犯して、斬刑に処されそうになったんです。

 

 もう少しで首を切られそうになる寸前で、韓信は、劉邦の重臣である夏侯嬰(かこうえい)に向かって、「漢王(劉邦の事)は天下に大業を成す事を望まれているのでしょう。どうして、壮士を殺すような真似をするのだ」と訴え、この言葉を頼もしく思った夏侯嬰は、韓信を劉邦に推薦する事になりました。

 

 韓信のお話は、以前パリブログで、4日間にわたって連載しましたが…

 

 (2013/4/8ブログ 「目指しているものがあるから妥協しない」 参照)

 

 罪を犯して捕まるという、最悪の選択をしても、結果的にピンチを切り抜けるという、良い例だと思います。

 

 かの徳川家康の場合も、盟友の織田信長が本能寺の変によって不慮の死を遂げた時、少人数で境に取り残され、敗軍の将の命を狙う野武士が多い山の道を通って逃げる、危険極まりない、「伊賀越え」(伊賀を越えて、領地の三河へ帰る)という危険極まりない選択肢を選ばざるを得なかったのですが、途中何度も殺されそうになりながらも、無事に三河にたどり着きました。

 

 途中、多羅尾一族に宿を提供されて、従者50人と甲賀武士200人に警護をつけてもらったり、本多忠勝の智恵や、服部半蔵のつてや、茶屋四郎次郎の財力によって、危機を脱したと言えましょう。

 

 それは、家康の人徳と天運がなせる業ですし、同じように境遇で、別ルートで伊賀越えをした穴山梅雪(武田氏を見限り、武田の親戚筋でありながら、織田・徳川連合軍に寝返って、結果的に武田勝頼を自陣に追い込んだ人物)は、やっぱり野武士によって、命を絶たれています。

 

 同じような事は、明智光秀にも言えるでしょう。

 

 織田信長を打ち取るという事は成し遂げたものの、中国を大返ししてきた羽柴秀吉に破れ、結果的に野武士の落ち武者狩りによって、殺されてしまいました。

 

 よく、明智光秀は謀反を起こすという選択をしたのが間違いだったように言われますが、結局の所、光秀の人徳や天運に問題があったと思うんですね。

 

 厳しい事を言えば、人徳や天運を呼び込む、光秀の志や心意気というのが、せいぜいその程度のものでしかなかったという事なのかも知れません。

 

 織田信長は、確かに頭のキレはものすごい人でしたが、人に対する優しさも情けもないし、例え、光秀が手を下さなくても、どの道ああいう末路になったのではないかなと思うんです。

 

 明智光秀も頭の良い人だし、信長とは比べものにならないくらい温厚な人物である事は確かですが、天下を取って万人を幸せにしようと願う志や心意気は、秀吉や家康のそれには、遠く及ばなかったような気がします。

 

 光秀は悪い人ではないのですが、ちょっと、自分のプライドにこだわりすぎたり、保身に過ぎているような所がある気がするんですね。

 

 まあ、今度NHKの大河ドラマの主役になる人ですから、そんなに悪く言ってはいけませんが(笑)

 

 現在は、多種多様な時代で、戦乱の世に比べれば、人生の選択肢にはかなりの自由がありますが、いつの時代も、その部分は変わらないような気がします。

 

 目の前のどの選択肢を選んだとしても、その人の志によって、人生はそれに見合った場所に行きつく…

 

 だからこそ、自分自身の志や心意気をどんどん高めていく事が、より人生を豊かにする為の鍵になるし、この現代の世界を、より幸せに満ちた素晴らしいものにしていく鍵にもなるような気がします。

 

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